リナちゃんと一緒

硝水

「僕達、これから、死ぬまで一緒だよ。よろしくね」

 入院初日に隣のベッドからカーテン越しに話しかけてきた、彼女の最初のひとこと。その声は穏やかで、ほんとうにそうなるんだろうな、と思わせるものがあった、カーテンの隙間からぼろぼろの爪が見えなくたって。

「ずっとお友達がほしかったんだ」

 せっかくできたお友達も、退院したり、親が連れ戻しに来たり、転院したり、死んじゃったり(精神病棟ではどうやって死んだのかは教えてもらえないんだって)するから。

「リナは僕を、おいていったりしないよね」

 少しだけカーテンを開けて微笑む彼女はそのまま額に入れて飾ってもよいくらいで、看護士達が、よくない噂をしていたのが不思議と腑に落ちた。


 確かに彼女は死ぬまで一緒だと言った。死んでからも一緒とは言わなかったし、どちらかが死ねばどちらかは、後を追って死ぬかひとりで生きていくかの二択になるしかないのは私だってちゃんとわかっていたはずで。でも、頭でわかっていたってすぐに受け入れられるものでもない。毎日毎日事務的な応答だけで口が乾く。

 彼女の残していった楽譜を一頁一頁めくっていく。合唱曲は賛歌が多くて、私は彼女が歌っているところなんて一度も見たことはなくて、だから彼女がこんなぼろぼろの楽譜を拠り所にしていたとも思えなかった。彼女の親が、彼女が死んでから、おそらく興味本位に病室を覗いた時だって、別段この楽譜に関心を向けたようにも見えなかった。

「そうだった」

 これはたぶん復讐で、私は偶然その標的に選ばれただけで、彼女は今きっと満足しているんだろうと思う。依存しているように見せかけて巧みにこちらを依存させ、意味深な置き土産をして、裏切り、死人に口なし、死人に対しても誰もが口を噤みがちだということを彼女はよく知っていた。

 私がこの連鎖を続けたとて何も事態は好転しない。そんなことはわかっている。でも、狙いすましたようにこの病室には患者が入らない。もしかしたら彼女がいるのかもしれない、私と、死ぬまで一緒に。

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リナちゃんと一緒 硝水 @yata3desu

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