第32話 二度あることは三度ある

「君のお姉さんも来たのかい」

「……ええ」

 姉のことが気になって、せっかくのクラウスとの食事の席でも浮かない顔をしてしまっていた。ノーラから報告がいくだろうしと、ルーチェは姉が来たことを話したのだ。

「カサンドラ・オルローブらしいね」

「あなたは、姉のことを知っているのよね」

「ああ。教会のボランティアに来ていて、スープを配っていただろう。それから、教会の催し物で必ず舞台の上に上がって注目を集めていた。派手なことが好きな印象だね」


 それからと、クラウスは言葉を続ける。


「社交界でも有名人だ。結婚前に参加したパーティなどでは、顔を合わせたことはなかったけれど、噂には聞いたよ」

 その噂がどのようなものか、聞くのが恐ろしい。それに姉の噂があるのならば、ルーチェの噂だってあったはずだ。


「あなたの姉と妹だから、できるだけ穏便に対応しているけれど。もしあなたが望むのなら、二度と無礼が働けないように、穏便ではない対応をしようか?」


 気落ちするルーチェに、クラウスは気遣うように声をかけてきた。けれども言っている内容が不穏すぎて、ルーチェは思わず間抜けな声を上げてしまった。

「穏便ではない対応って……」

「ははっ、言葉の通りだよ」

 にこにこと笑うクラウスは、いつもルーチェに向けてくるような、甘く蕩けるような笑顔だった。けれどもなんだか、とても怖い気がする。ここで頷けば、きっと本当に姉と妹に煩わされることは、なくなるだろう。

「えっと、その、もう少し自分で対応してみるわ」

「そう? 気持ちが変わったらいつでも言ってね、ルーチェ」

「え、ええ」

 そんな話をしていたからだろうか。




「お前、こんなところで何をしているんだ?」




 今日に限ってどうしてと、ルーチェは思い切り眉を寄せた。

「……兄さん」

 そこには兄のイデオン・オルローブが立っていた。

 長兄はどちらかといえば母に顔立ちが似ている。スラリとした長身に柄の入ったジャケットを着こなしている姿は、身内贔屓を抜いても美男子だと思う。男女ともに評判は良いと噂で聞いた。ルーチェにだけは、横暴であるが。

「この店はお前が来ていい場所じゃないぞ。とっとと出ていけ」

「兄さんに、一体何の権限があるっていうの」

 ルーチェが言い返すと、イデオンは不愉快さを隠すことなく、うるさいと言った。

「口答えするな。お前がいると食事が不味くなる。いいか、お前みたいなのと、家族だと思われたくないんだ。早く出ていってくれ」


(だったら声なんてかけずに、無視をすればいいだけじゃないの)


 わざわざ声をかけてくる必要などない。


「失礼、あなたがイデオン・オルローブか? 初めまして、ルーチェの夫のクラウス・バルトです。ご挨拶が遅れまして……」


 クラウスは立ち上がり、にっこりと笑ってイデオンに手を差し出した。間抜けな声を上げたイデオンは、ルーチェに嘘だろうと言ってきた。


「お前の夫だと? ミレーラが、デブで脂ぎった成金だって言っていたぞ? まさかお前、結婚して早々に浮気でもしているのか?」


「妹さんが訪ねて来た時、ちょうど商会の主人が、食料品の納品に訪れてたのですよ。もしかしたら見間違えたのかもしれませんね」

 失礼なイデオンの物言いに対し、クラウスが笑顔で対応する。手は差し出されたままで、イデオンは握手をする気はないようだった。

「兄さん、挨拶くらいしてちょうだい」

「あんたがルーチェの夫ならちょうどいい。二人で店から出ていってくれないか。迷惑なんだ」

「おや、どうして?」

「こいつと血縁だと思われるのは、恥なんだよ。わかるだろう。あんたが金でこいつを買ったのだって、そこら中で噂になってる。バルト卿はまともじゃないから、金を積んでもまともじゃない嫁しか来ないってな」

「兄さん!」

 あんまりな言葉に、ルーチェが声を荒げた。イデオンはまったく引く様子はなかった。クラウスは肩をすくめると、手を引っ込めて言った。

「なるほど、そうですか。ルーチェ、行こう」

「クラウス、ごめんなさい。兄が本当に失礼を……」

「いいんだ、気にしないでくれ」


「この店は選ばれた人間しか使えないんだろう。あんたらは場違いだ。俺からオーナーに進言しておいてやる」

 

 尚も暴言を吐き続けるイデオンに、ルーチェはいい加減にしてと言い返そうとした。だがクラウスはルーチェを促すと、そのまま外へと出て行こうとする。

 必死に謝罪するが、クラウスは気にしなくて良いと笑顔を浮かべていた。


 そして。


「ウェイター、閉店しろ。今すぐにな」

「はい、クラウス様」

「今いる客、予約客は別の店に案内を」

「承知しました」


 出口でクラウスが店員に指示を出していた。まさかとは思うけれども、この店もクラウスが経営しているのだろうか。


「経営しているホテルの伝手でね、レストランも何店舗か持っているんだよ」


 つまり、この店のオーナーは、クラウスということになる。


 兄のイデオンは、店のオーナーに喧嘩をふっかけたというわけだ。

 実の兄でありながら、情けなくなってしまう。身内でいるのが恥ずかしいと思ってしまったルーチェは、ふと気が付いた。


(もしかして、兄達は私にずっと思ってきたのかしら)


 ルーチェの考えが、当たっていたら。


(話し合って和解なんで、できるわけがないわね)


「……兄が酷いことを言ったわ。謝っても許されないような言葉よ。本当に失礼な態度を……。ごめんなさい」

「私は別になんとも思わないから、気にしなくてよいよ。と言っても、あなたは気にするだろうな」

 クラウスは指先を自身の唇に当てて、考えるような仕草をした。


「まあひとつ、彼にとっては不幸だったかもしれないが、オルローブ家には幸運だったかもしれない。さっき、店の前に集まっている連中を見かけたが、君のお兄さんが付き合っているのは、どうにも胡散臭い」


「えっ?」


 ルーチェ達はすでに店を出て馬車に乗り込んでいる。

 窓から視線を向けると、ウェイターに詰め寄るイデオンの後ろには、人が集まっていた。

 中高年の身なりの良い男性が数人と、イデオンのような若者が数人。


「最近、若い実業家の卵を集めて、勉強会を開くことが流行っているらしい。君は選ばれた、特別な存在だと言ってね、金を取って事業のノウハウを教えてくれるというが」


(なんだかもう、嫌な予感がするわ)


 家族の贔屓目を差し引いても、兄のイデオンは優秀じゃない。だってから直々に経営を教えられているのだ。父の振る舞いを真似て、父のようにお金を使っている。

 ミレーラを溺愛して、彼女の願いを最優先で叶えようとしてルーチェをこき使うのだ。彼女がお友達を呼んでお茶会を開いた時だって、予算すべてをドレスに注ぎ込んでしまったから、お菓子なんて買うことができなかった。

 ルーチェがお金がないと言うと、イデオンは頭が悪いと馬鹿にして、出来が悪い妹だと嘆いたのだ。


(きっと、兄さんは騙されているのね。……でも)


 いい気味だとしか、ルーチェは思えなかった。

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