第31話 再びの訪問者

 赤くなって何も言えなくなったルーチェの横で、船舶会社の買い占めが行われようとしていたのをノーラが制止したことで、その場は一旦落ち着いた。

 クラウスとの仲を誰もが祝福してくれていることに、ルーチェは気恥ずかしくも温かい気持ちになった。だからこの前よりも、クラウスとの結婚式に乗り気になっていた。

 二人で話し合い、春先に海辺の街から先代伯爵を招いて行おうと決めた。貴族の結婚式にしては、かなり小規模であるものの、ルーチェには貴族令嬢の知り合いはいない。参列して欲しい人もいない。

 クラウスが親しくしているのは、せいぜいチャドくらいだという。なら先代伯爵の気に入っているあのレストランを貸し切るのも良いかもと提案すると、クラウスは新しい着眼点だと感心してくれた。


「顔繋ぎということも含めて、結婚式を行うからね。心から祝福してくれる人は稀だよ。貴族が全員そういう連中ではないとは思うけれど」


 少なくともクラウスが関わった同年代は、そういう方々だったらしい。

「一応私の出自は、お祖父様の愛人の子供の子供というものだから。血筋に誇りのある連中からしたら、目障りだろうね」

 平民が紛れ込んでいると、面と向かって言われたこともあるらしい。実際クラウスは、貧民街の住人であるのでなんとも思わなかったそうだけど。

「今現在は、成金って言われている。不思議だね、金があってもなくても、罵倒してくる連中はしてくるものだ」

「……ひどい話だわ」

「気にする必要もない雑音だよ」

 笑うクラウスは、本当に何も感じていないようだ。ルーチェはクラウスのこういった部分が凄いと思う。すぐに人からの言葉を気にする自分とは、大違いだった。


「クラウスって、本当にすごいのね」

「そ、そうかな」

「ええ、そう思うわ」


 ルーチェはクラウスを見習って、努めて思ったことを言うことにした。するとクラウスは耳まで赤くして、照れたように笑う。その姿が本当に可愛らしくて、最近のルーチェのお気に入りだった。


「旦那様、奥様! 魔導コンロの売上について、書類持ってきたから確認してくれー」

「奥様、新しい厨房の使い心地はどうだ!?」

「奥様、奥様! グーラムに旅行行くのか?」


 騒がしくも乱入してきたドワーフ達が、二人を見て言った。


「なんだ、邪魔したか」

「新婚だもんな」

「仲良くていいな」

「あの旦那が照れてるなんて、今日は面白えもん見れたな」


 バルト邸には、温かな笑い声が響いていた。



 しかしながら、そんな楽しい時間を脅かす存在がやってきた。今度は姉のカサンドラが、連絡もなしに来訪したのだ。



 カサンドラは、派手な色の羽とリボンがついた鍔の広い帽子をかぶっており、それに合わせた色合いの、胸元がレースで透けている扇状的なドレスを着こなしている。真っ赤な口紅が印象的な美しい顔に、勝気な笑みを浮かべて言った。


「ルーチェ、様子を見に来てあげたわ」


「……姉さん。ここは私だけの家ではないの。最低限のマナーを守って、来る前に連絡をしてちょうだい」

「相変わらず冷たい子ね。家族だから良いじゃない」


 どうして姉のカサンドラも、妹のミレーラも、ルーチェの予定なんてお構いなしなのだろう。オルローブ家の中でだけならまだしも、今のルーチェは結婚してバルト伯爵夫人となっているのに。


「家族ならなおのこと、礼儀を通して」


 引き下がらないルーチェに、カサンドラは気を悪くしたようだ。思い切り顔を歪ませて、ルーチェを睨んでいる。


「まるでお祖母様みたいな言い方。結婚相手は成金で有名な伯爵じゃない。あなたが偉くなったわけじゃないのだから、弁えなさいよ。私はあなたの姉よ」

「……そうね、でも姉さんらしいことなんて、してれたかしら」

「こうして心配して気にかけてあげてるのに?」

「もう私に構わないで」


 どうして今日に限って来てしまったのだろうかと、ルーチェは焦っていた。ちょうど出掛けようとしていた時に、カサンドラは現れたのだ。


「用事でもあるの? だったら屋敷の中で待たせてもらおうかしら」

「お断りするわ、姉さん。今日のところは帰ってちょうだい」

「お茶も出さずに帰す気? ミレーラも言っていたけど、もう少し人に優しくなれないの」

 相変わらずの物言いに、ルーチェは唇を噛んだ。


(ここで言い返したりしたら、またごねられる……)


 ルーチェは一般的なマナーの話をしているだけだというのに、この言われよう。

 家を訪ねるときは、先触れや伺いを立てるのが普通であるはずなのに。

 これが他の人間にもやっているというのなら、横暴だとかマナーをマナーと思っていたいとか、そういう人なのだと諦めもつく。


(付き合いたくない人種だけど。でも、姉さんやミレーラは、こういうことを私にしかやらない)



 だから余計に嫌だった。



 他の人間にはできる最低限のことを、ルーチェにはやらないということが、とても嫌だったのだ。



(……屋敷に入れるのはいやだわ。ここがクラウスと私の家だから、きっと友人の家で過ごすように行儀良くはしないわ)


 出掛けて帰ってきたら、屋敷の中が酷いことになっているのは明白だった。しかし外出をやめるという選択はしたくない。


 今日はクラウスと夕食の約束をしているのだ。


 クラウスが買ってくれたお店の服で、精一杯のおしゃれをして、待ち合わせの場所へ向かおうとしたのに。


「姉さん、私のことはどうぞ好きなだけ罵って構わないわ。でもね、何の連絡もなしに訪ねてこられても、お相手はできないの。……お帰りになられるわ」


 使用人に声をかけて、ルーチェはカサンドラに毅然とした態度で対応する。カサンドラは秀麗な顔を歪ませて、苛立たしげに言った。


「……覚えてなさいよ。あとで謝っても、許してあげないんだから」

(謝らなきゃいけないことは、何もしていないのに)


 使用人が外に出るように促すと、カサンドラは触らないでとヒステリックに声を荒げた。そして足音を立てながら外へと出て去っていく。


「……奥様、今後は取次などはしない方が、よろしいでしょうか?」


 ノーラの問いに、ルーチェはそうしてくれると助かるわと答えた。カサンドラやミレーラは、きっとルーチェだから横暴な態度をとるのだ。ルーチェでなければ、相応の態度を取り繕うはずである。


(……私にだけ、特別な態度なのだもの)


 でもその特別は、ちっとも嬉しいものではない。


 嫌な気分を拭い去るようにして、ルーチェは馬車に乗り込んだのだった。

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