私の結婚は何かおかしい〜お金で買われた妻なのに、夫の溺愛がとまりません!?〜

豆啓太

第1話 お金で買われた私

「私はあなたを、金で買ったようなものだ」


 ルーチェの夫であるクラウスは、初夜にそう言った。

 確かにその通りで、実家の借金を肩代わりするから花嫁がほしいと、指名されたのがルーチェだった。

 結婚式も上げず、書類を提出しただけの婚姻。

 借金の肩代わりの申し出から、わずか三日しか経っていないのに、すでにルーチェはクラウスの住む屋敷へと連れてこられ、妻として初夜を迎えている。


 クラウス・バルト伯爵。それがルーチェの夫となった男だった。


(婚約期間もなく、たった三日で結婚だなんて……。一体どんな無理難題を言われるのかしら)


 明らかに常識はずれの行動なのだ。何かしら、理由があるに違いない。

 偽装結婚か、子供だけが必要なだけか、それとも。まさかとは思うが、妻を虐げるような趣味の持ち主でないことをルーチェは祈った。

 クラウスはルーチェより年上らしいが、年齢は聞いていないから知らない。

 金色の髪に青い瞳の男性で、整った顔立ちは一見冷たそうに見えるのに、笑った時には目尻が下がってとても優しそう。目元のほくろが、笑った時の甘い顔立ちを引き立てた。

 そんなクラウスは、緊張するルーチェの前に跪くと、その手をとって真剣な声色で語りかけた。


「ルーチェ、私があなたに惜しげもなく金を使うことを、どうか許してほしい」


「……はい?」


 クラウスの言葉が予想外すぎて、ルーチェは間抜けな声をあげてしまった。



***




 ルーチェの人生は、いつだって誰かのしわ寄せで貧乏くじばかり。


 最初は、なんだったのだろう。もう思い出せないくらい、前のこと。


 妹が花瓶を壊したと言って泣いた時は、一緒に母へ謝った。

 妹の面倒をちゃんと見なかったルーチェが悪いと、母は泣いている妹をあやしながら言った。もっと姉らしくなさいと叱られたのだ。妹はあとでごめんなさいと謝ったけれど、何かあるとルーチェに相談するようになった。そして結局、最後に怒られるのはルーチェになってしまった。


 姉がボランティア活動に熱を上げていた時、大量の繕い物を屋敷に持ってきた。

 みんなでやりましょうと言うので手伝ったけれど。

 姉も妹もいつの間にかカウチに持たれて居眠りをしていて、ルーチェがほとんどを仕上げた。教会に持っていくのを手伝った時、姉は称賛を当然のように受け取っているのを見た。


 兄が父の仕事の手伝いをしている時、資料にすべき本がないと困っていた。

 だからルーチェはわざわざ本を探して町中の本屋を駆け回ったのだ。そして手に入れて兄に渡した時、父に見つかった。兄はルーチェに本を貸していて仕事ができなかったと言い訳をし、父は兄の仕事の邪魔をしてはいけないとルーチェを叱った。


 母や姉、それから妹が、ドレスや装飾品を買った時、気に入らないものがあったらルーチェの部屋に持ってくる。だからルーチェの部屋のクローゼットは、趣味ではないもので溢れている。でも父からは、散財のしすぎだと叱られた。


 父がろくに話も確認せず、ルーチェに縁談を持ってきた。

 先方がどうしてもと言っているのだ、良いお方なのだと勧められ、顔合わせの日。

 相手はルーチェの顔を見て、驚いていた。詳しく聞けば、姉に縁談を申し込みたかったようだ。父の勘違いだったにも関わらず、その場で父は、ルーチェがどうしてもと言って聞かなかったからと謝罪したのだ。

 ルーチェは恥をかいただけでなく、姉の縁談を自分のものにしようとした馬鹿な妹という噂が流れた。


 それから。


 それからルーチェは、父が失敗した事業の借金を払うため、見知らぬ男と、結婚しなければならなくなった。


「ルーチェ、お前がクラウス様の妻になりさえすれば、借金した分の金と、新たな融資をしてくれると約束してくれたのだ。これで爵位を返上しなくてすむ。あちらは裕福な家柄だ。お前もきっと幸せにしてもらえるよ」


 父の言葉が信じられなかった。

 会ったこともない男との結婚。先方はルーチェを指名しているといい、結婚も急いでいるという。そんなのきっと碌な話じゃないのに、父は承諾した。

 地道に借金を返すという道も、爵位を返上するという道もあったのに、ルーチェが犠牲になることを選んだのだ。

 あまりのことに言葉もないルーチェに、父はわかってくれたのだなと勝手に解釈して、部屋を出ていってしまった。とめなければ、父は結婚を了承してしまうだろう。

 父の後を追いかけた先で、ルーチェは見てしまった。ルーチェ以外の家族が、楽しそうに過ごしている姿をだ。

 母と姉は、パーティ用のドレスの話をしていて、兄と妹は、どこに出かけようかなんて話をしている。そこに父がくわわって、楽しい家族の団欒が始まっていた。ルーチェが結婚させられることなど、誰も気にしていない。

 まるで最初から、ルーチェなどいなかったかのような光景に、立ち尽くすことしかできなかった。


(……人は、本当に絶望した時、怒る気力もわかないのね)


 ルーチェは、馬車に揺られながらぼんやりと思った。

 家族だと思っていた人たちは見送りにも来なかった。わずかに残っていた家族への愛情はすべて砕け散り、ルーチェはひとりクラウス・バルトが寄越した馬車に乗り込んだ。

 怒りすら込み上げてこず、笑えてきたのだ。


(なんで私は、あんな人たちのために、人生を棒に振っているのかしら)


 逃げ出してしまおうかとも考えた。けれど家族から言われたことをするだけの、世間知らずなルーチェでは、一人で働いて生きていく方法を知らない。


 家から出たいと思うのなら、クラウス・バルトとの結婚が一番手っ取り早く、そして確実な方法でもあったのだ。


 クラウス・バルトがどのような人物かを知らない。父はルーチェに何も伝えなかったし、クラウスからも手紙などは一切届かなかった。結婚を了承した三日後に、この迎えの馬車が来たくらいである。


 ルーチェには名前の心当たりがまったくなかった。

 

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