Killing探偵

川詩夕

Let's Killing

 文化祭で演劇を披露する生徒二十数名が学校に泊まり込みで教室での練習にパコパコはげんでいる最中、廊下の向こう側から女子生徒の悲鳴が遠雷のように響き渡った。

 教室に居たおおむねの生徒達は互いに無言で顔を見合わせた。

 練習は一時中断され、何が起きたのか様子を伺う為、教室の窓から廊下側へと身を乗り出して畑に埋まり収穫を待つ瑞々みずみずしい野菜みたく若い首を連ねた。

 薄暗い鼻穴のような曇り空が学校を覆い、小娘の初潮が輝くが如く月明かりが差し込む廊下の向こう側から、女子生徒二名が泣きながら教室へ駆け込んできた。

「先生を呼んで!」

「どうしたんだよ?」

「トイレで誰かが倒れてるの!」

「文化祭の準備に疲れて寝ちゃったんじゃねーの?」

「違うの! 首が無いの!」

「え……」

 学校の3階女子トイレの一番奥の個室に男子生徒の制服を着た首無し死体が転がっていた。

 死体を発見したのは、yes‼︎タカショー、大阪ゆに春、二人とも170センチを越える3年Bチクきっての高身長で容姿端麗の女子生徒だった。

 二人はトイレで盛大に用を足した後、洗面台で手を洗う最中に鏡越しでトイレの個室から血が漏れ出ている事に気付き死体を発見した。

「先生達はとっくの前に帰ったよ」

「救急に連絡して!」

「もう死んでるんだろ?」

「じゃあ警察に連絡して!」

「待て待て待てよ」

「早く警察に連絡してよ!」

「一旦落ち着け」

「ゆに春、私が連絡するよ!」

「落ち着けって言ってるだろ! タカショーも少しは冷静になれよ!」

「なに言ってるの!? 人が死んでるんだよ!? 落ち着いてられる訳ないじゃん!?」

「高校最後の文化祭をこれで終わりにしたいのか? いま警察を呼べば練習もできなくなるし明日の文化祭は間違いなく中止だぞ?」

「それは……嫌だけど……」

「だろ?」

「でもさすがに……」

 困り果てたゆに春の肩にタカショーが優しく手を乗せた。

「タカショー、私どうしたら良いの?」

「誰か死んでるのは只事じゃないけど、文化祭が中止になるのは嫌、本当に嫌、マジで嫌」

「分かったよ……」

「みんなもそう思うよな? 人が一人死ぬより文化祭の方が大事だよな?」

 しばし沈黙の後、付き合って二ヶ月が経過した恋人同士が初めて彼氏の家を訪れて家デートを楽しむ最中に彼女が放屁ほうひした時みたいな気まずい空気が流れた。

「満場一致で決まりだな? で、女子トイレの中で一体誰が死んでたんだ?」

「首が無いから分からない……」

「それもそうだな、俺が確認してくるから少し待ってろ」

「満を持して僕の登場って訳だ」

「おまえ誰だよ」

「死体転がる場所に物語り有り。遠藤時えんどうとき、通称ジ・エンド、もちろん名探偵さ」

「早くしろ、置いてくぞ」

「ま、待って」

「おまえ死体見た事あんのかよ?」

「ネットでよく見る。あとは街中でたまにお葬式やってるじゃん、〇〇家何時からみたいな自由に入れるの。フリーお葬式って言うのかな? それを見かけたら参列するようにしてる」

「なんだよフリー葬式って、葬式がフリーな訳ねーだろ」

 ジ・エンドとモブキャラAは首無し死体が誰なのかを確認する為、3年Bチクの教室を後にした。

 ※

 ジ・エンドとモブキャラAの検分により首無し死体の正体が判明した。

 現役高校生ながらパリコレクションに出演を果たしたモデルの不倫沼ふりんぬまズブ郎だった。

 ズブ郎と判明したのは180センチを越える高身長と制服の内ポケットに入っていた顔写真入りの生徒手帳が示していた。

 無論、首無しの状態では高身長とは言い難い。

「犯人はこの中にいる」

「薮から棒にどうした」

「あんちゃんまちねぇ、するってぇとクラスメートの誰かを疑ってるってぇのかい?」

「ピポパピポパピパピポッポポ」

「しゃらくせぇ宇宙人役は黙ってろい!」

「パピポ……」

「だったらこの教室に留まってて大丈夫なのか? 俺たちまで殺されるかもしれないぜ?」

「やだ怖い……」

「ありえないね」

 席に座っていたジ・エンドが声高に立ち上がり周囲の会話を遮った。

「ズブ郎を殺害したのは外部からの侵入者じゃない」

「その心は?」

「3階の女子トイレを検分した際、一番奥の個室を含めトイレは全体的に綺麗な状態だった。何故だか分からないけど二つの個室内の四方の壁や床に水分がビッチャビチャに散らばってたけど」

「ジ・エンド、あれは間違いなくおしっこだぜ」

「どうしておしっこだと断言できる?」

「おしっこの臭いってのは独特なんだよ、それに一応舐めといたからな。あれほど盛大におしっこするなんて勿体無い、余ってるおしっこがあるなら水筒かペットボトルにれて俺にくれたらいいのに」

「…………」

「…………」

「…………」

 ゴホンと咳払いを二回繰り返したジ・エンドは推理を再開する。

「外は台風で大雨が降っている、廊下には血痕や雨の水滴さえも落ちていなかった。ズブ郎の身長は180センチを優に越える巨体、女子がズブ郎の死体を運ぶのには無理がある、運動部に属している男子でも困難だろう。よってズブ郎は別の場所で殺害されて運ばれてきたとは到底考えれない。ズブ郎は女子トイレの個室の中で殺害されたんだ。3年Bチクの教室から女子トイレまでは距離にしておよそ40メートル、首を切断されたにも関わらず誰一人としてズブ郎の悲鳴を聞いていない」

「予め学校の外部からイカれ変態野郎が侵入して、3階の女子トイレの中に潜んでいたかもしれないぜ?」

 Aはジ・エンドの推理の穴を指摘する。

「あわわ……あわわわ……あわわわわ」

「するってぇと……」

「犯人は……」

 ジ・エンドは半ばパニックにおちいりながらも頭をフル回転させ慌ててパチンと指を鳴らした。

「そ、そうさタカショー! ゆ、ゆに春も気付いたみたいだね! これは顔見知りの犯行! プレイボーイのズブ郎の事だ、恐らく女子トイレで逢瀬おうせを楽しむつもりが何らかのトラブルに発展してしまった!」

「そして殺害された」

「yes!!タカショー、その通り!」

「もう犯人探しはいいから劇の練習しようよ」

 鶴羽つるぱイコはうんざりした表情で声を上げた。

「君、あやしいね!」

「えっ!? なんでだよ!?」

「僕の推理を邪魔するなんてあやしい度100%」

「ざけんじねぇ! どうして私がズブ郎を殺す必要があるんだよ?」

「ジ・エンド、それはないぜ、イコは犯人じゃねぇ」

「ほう、Aの意見を聞こうじゃないか」

「こいつブスだから」

「なんだって?」

「こいつ凄ぇブスだから!」

「あんだってぇ?」

「だってこいつは凄ぇブスだから!!」

「よく聞こえないねぇ!?」

「だからこいつは……」

「ブスブスうるせぇ! 貴様ら沈めちまうぞコノヤロー!」

「ついに凶暴な本性を表したな! イコ! やはり君がズブ郎を殺害した犯人だ!」

 イコは晩ご飯に食べたカップ焼きそばにふりかけた青のりが着いた歯を剥き出しにしてジ・エンドに勢いよく殴り掛かろうとしたが、すんでのところでAに羽交い締めにされた。

「落ち着けって、お前は犯人じゃねぇ事は明白だ。ジ・エンド、お前分かってんのか? ズブ郎は学校きってのプレイボーイなんだぜ? タカショーやゆに春級のスタイル抜群のフェイスパワーAランクならまだしも、こんなチビでまな板の顔面アワビビン底メガネに手を出すなんてたとえ天地がひっくり返ったとしても起きない事なんだぜ?」

「そう……」

「うわぁぁああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁ……」

 3年Bチクの教室から校舎全体へと悲壮オペラのような泣き声が響き渡る。

 イコはクラスメートに慰められながら教室から退出した。

「イコが犯人じゃないとすれば一体誰がなんの為に……」

「探偵ごっこは一旦止めにしよう、文化祭に間に合わなくなるぜ」

「犯人は校舎の中にまだいる、次の事件が起きるかもしれない」

「また事件が起きた時に考えれば良いだろ」

「そんなの恐ろしすぎる」

「ラスト文化祭で時間に間に合わず中止になる方が恐ろしいぜ。ジ・エンドもまだ小道具完成してないだろ? つべこべ言わずにさっさと作っちまえよ? もし間に合わなかったら全部お前のせいだからな」

「なんで僕のせいなの……」

「お前が探偵ごっこなんか始めるからだろ、イコは教室から出て行っちまったんだぜ? イコはたしかお前と同じ小道具班だよな? イコの穴埋めしろよ? それと、ズブ郎の死体は文化祭が終わるまでどこかに隠しておけよ? 教師や他のクラスの奴らに見られたりでもしたらそれこそ本当にジ・エンドだぜ」

「え、待って」

「演劇班も気を取り直して練習再開といこうぜ!」

 ※

 深夜0時を過ぎた頃、男子と女子が別々の教室に別れて眠りへ着いた。

 但し小道具班はイコとジ・エンドが教室から出て行ったまま帰って来なかった為、徹夜で作業する羽目となっていた。

 3年Aケツに小道具班。

 3年Bチクに女子生徒。

 3年Cッコに男子生徒。

 三つの教室は順番に横並びとなっている。

「Bチクの教室の方から声が聞こえてるのは私だけ?」

「喘ぎ声っぽい」

「クラスのみんなが寝てる中でさすがにエッチはしないでしょ」

「クラスのみんなが隣で寝てるからこそ燃えるんエッチなんじゃない?」

「アオハルかよ」

「覗きに行く?」

「いくいくいっちゃう」

 未だ未開拓のダブルブスは3年Aケツの教室から、抜きあし挿しあし忍びあしで隣の3年Bチクの教室の前までやって来た。

 ダブルブスは死亡した幼い子供が入ったひつぎを開ける葬式屋よろしくそっと扉を開けた。

 アプリを使用し配信状態にしたスマホを教室の中へと差し込み、3年Aケツで小道具を作成しているクラスメート数人へ向けて映像を届ける。

「ブスのおまんちょみたいに真っ黒じゃん何も見えない」

「そうそう私のおまんちょは未来と共にお先真っ暗だよってなんでやねん」

「ぐぽぐぽ音が聞こえる」

「きっとバキュームフェラね、毛繕けづくろいをするアヒルのように口をすぼめてこうやって吸うのがコツ、弟と一緒にアイスキャンディーでよく練習してママに褒められたものよ」

「弟と練習すんな」

「早く作業終わらせようよ」

「ですよね」

「お〜いブス!」

 小道具班から戻って来いと告げられたシンプルブスの二人は、3年Bチクの教室の天井へと舞い上がる夏祭りのラストを彩る打ち上げ花火のような潮吹きを目にしてから3年Aケツの教室へと地獄を見た勇者の面持ちで帰還した。

「アオハルエッチどうだった?」

「乳首コリコリに勃っちゃった?」

「どうって言われても、真っ暗でなにも見えなかったけど」

「ま?」

「ま」

「乳首をいじってやろうか?」

「は?」

「お前を乳首人形にしてやろうか!」

「明日の本番に備えて早く作業を終わらせて寝よう」

「ういっす」

 ※

 翌日、3年Bチク生徒一同は高校生活最後の文化祭を迎えた。

 体育館で一回限りの公演、タイトルは名探偵の事件勃じけんぼ

 窓は一日に煙草を100本以上吸うヘビースモーカーの汚い肺色のカーテンで覆われている。

 ヘビースモーカーの口は臭いし歯茎は水死体のような色だと校歌の歌詞にあった。

 舞台上の巨大なロールスクリーンは首吊り状態。

 3年Bチクの演劇は奇しくも学校内で起きた殺人事件をテーマとし、高校生探偵が名推理で事件を解決するものだった。

 開演して二十分が経過した頃、出演者たちが舞台上に勢揃いし、物語りはクライマックスを迎えようとしていた。

「事件の謎を解明した」

「本当か!」

「犯人はこの中にいる」

「クラスメートを疑うったぁいってぇどういった了見でい!」

「落ち着いてくださいEDGUYさん、クラスメートを疑いたくない気持ちは分かります」

「犯人はいったい誰なんだ! 教えてくれよ探偵さん!」

「この事件の犯人は……」

 舞台上は沈黙に包まれた。

 その沈黙の間に、舞台袖から高速回転するベースボールバットがすっ飛んできた。

「満を持して僕の登場って訳だ」

「お前誰だよ」

「死体転がる場所に物語り有り。遠藤時、通称ジ・エンド、もちろん名探偵さ。これ二回目なんだけど?」

 舞台の袖から制服姿のジ・エンドが登場してきた。

「死体転がるってお前が投げたバットが原因だろうが」

「てめぇふざけんな昨日からどこほっつき歩いてたんだよ」

「もちろん捜査だ、昨日起きた3階女子トイレズブ郎殺害事件のね」

「ねぇ、台本と違くない?」

「なんだか面白そうだから良いじゃん」

「それな」

 ジ・エンドはキザにパチンと指を鳴らした。

 舞台袖から女子生徒が一人ぎこちなく舞台上の真ん中へと歩いてきた。

「イコ!」

「お前もどこに行ってたんだよ」

 その女子生徒はイコだった。

「イコは犯人じゃなかった」

「じゃあ犯人は誰なんだよ?」

「ズブ郎を殺害した真犯人は……」

 ジ・エンドの視線は一人の男子生徒へと向けられていた。

「モブキャラA、お前だ!」

「お前殺すぞ」

「イコから聞いたよ、Aはタカショーに何度も告白してたそうじゃないか」

「それがどうした?」

「告白した回数は千回を越えている」

「告白する事が悪いのかよ?」

「君の行いはストーカー行為だ」

「好きだからな」

「君はタカショーがズブ郎が交際している事を知っていた。それでも諦めきれない君はタカショーが用を足しに行く際は必ず覗き見をしようと決意する」

「おしっこを覗き見することが悪いのかよ?」

「気持ち悪い」

 ジ・エンドはポケットの中から個包装の切れ端を取り出した。

「諸君、これは何に見える?」

 ジ・エンドは個包装の切れ端を高々と掲げた。

「何って、飴玉を包んでいる個包装の切れ端でしょ?」

「ズブ郎の死体が発見されて、Aと3階女子トイレを検分した時にこの個包装の切れ端を見つけたんだ、僕はただのゴミだと思い込んでいた」

「はぁ?」

「ズブ郎は常日頃この飴玉を持ち歩いていた」

「で?」

「で? ズブ郎がトイレの個室で飴玉を食べたという証拠、自らの口臭を隠す為に飴玉を食べたんだ。君はタカショーのトイレを覗き見する際、偶然にもズブ郎とタカショーの逢瀬を目撃してしまいズブ郎の殺害を決意する。何か上手い事を言ってズブ郎を3階女子トイレの個室へと誘い込んで殺害した」

「お前殺すぞ」

「ひぃ」

「のぼせてんじゃねぇぞクソ探偵」

「僕は名探偵だ」

「ズブ郎は昨日の昼休み以降に殺されたんだぜ? 3年Bチクの教室に居た大半が昼休みの時間にズブ郎の姿を目撃してるんだよ、俺は昼休み以降この教室から一歩も出ていない、何時いつズブ郎を殺したって言うんだよ? 切断した首はどこに隠したんだ? 首を切断してるんだぜ? 返り血を浴びてないとおかしいだろボケカス」

「ち、血はトイレの水道で洗い流したんでしょ……」

 ジ・エンドは死に損ないのジジイの如くぼそぼそと独り言のように呟いた。

「とっとと失せろクソ探偵」

「犯人、教えてあげよっか?」

 舞台袖から声が聞こえ、一人の女子生徒が姿を現した。

「お前誰だよ?」

栗鳥煤姫くりとりすすき、凡人さ」

「マジで誰だよ?」

 煤姫はAを無視して話し始めた。

「結論から話すとAは犯人じゃない」

「当たり前だろ」

 煤姫はキューティクルが輝く艶やかななロングストレートの髪をわしゃわしゃとこねくり回しながら大欠伸おおあくびをした。

「イコは昼休みにトイレで用を足している時、別の個室から色気たっぷりの吐息を聞いている、それは紛れもないスクールファック。吐息はやがて喘ぎ声へと変化するけれど、イコは喘ぎ声が誰の声なのかまでは分からなかった、普段喋っている声とファック中の喘ぎ声は全然違うから仕方ないね。次第に個室の扉がガタガタと激しく揺れ動き出す、その音に耐え切れなくなったイコはトイレを後にした。個室の扉が揺れ動いていた時こそ、ズブ郎は正に首を切断されている最中だった。何故、ズブ郎が助けを呼ぶ声や断末魔が聞こえてこなかったのか。その答えはね……」

 煤姫は指先に摘んだ物を目線の高さまで持ち上げた。

「これは飴玉を包んでいる個包装の切れ端なんかじゃない、これはズブ郎が使用したコンドーム特大Lサイズの個包装の切れ端だよ」

 舞台上の一同は言葉を失い、煤姫に見入っていた。

「ズブ郎はこれを頭から被り、タカショーのおまんちょに突っ込んでいた、正に原点回帰だね」

「言ってる事に理解が追いつけねぇ……頭が爆発しそうだぜ……」

「おまんちょに頭をズッポリと突っ込んだ状態で刃物で首を切断された、ズブ郎の断末魔はタカショーのおまんちょの中で掻き消されたんだよ。裂けた首筋から溢れ出る大量の血は便所の水洗で流しながらね。大方、ズブ郎は背後で手錠を嵌められ両手を拘束されてたんだと思う。ズブ郎の首無し死体を調べた時、両手首の皮が剥けていたからね。タカショーは便器に座り快楽に浸りながらズブ郎の首を切断し、もう一人の共犯者がズブ郎の背後から身動きを取れないように押さえ付けていた」

「共犯者がいるのか……」

「人殺しの片棒を担ぐなんて余程の関係性じゃないとできない。あなたタカショーの親友だよね、ゆに春」

「そんな……親友だなんて……」

「タカショーにガチ恋してる事はクラスメートの大半が知ってるよ」

「ガチ恋なんて……してない……」

「タカショーの彼氏ズブ郎がこの世からいなくなれば自分にもワンチャンあるかもしれない、あなたはそう思ってズブ郎の殺害に加担したんじゃないの?」

「ち……違う……」

 ゆに春は顔面蒼白となり額からは冷や汗が流れ出ていた。

「タカショーとゆに春の犯行、見せてあげる」

「見せる? どうやって?」

「ぴぽぱ?」

「ピッポパピッポ」

 惑星ぴぽぱが舞台袖から床を滑るように現れ、手にはサニタリーボックスを持っていた。

「パピポ」

 煤姫はぴぽぱからサニタリーボックスを受け取ると即座に床へと叩き付けて解体した。

「何か出てきたぜ!」

 煤姫は膝を曲げず前屈姿勢でそれを拾い上げた。

「これは使用済み生理用ナプキン」

「それが一体どういう証拠になるんだ!?」

「ただのしぼりたての使用済み生理用ナプキンだよ」

「えぇ……」

 煤姫はもう一度前屈姿勢になり何かを広い上げた。

「これはサニタリーボックスの中に仕掛けられた超小型カメラ。仕掛けた人物はA、あなたに間違いないね?」

 Aは適当なロボトミー手術を受けた患者のような表情を浮かべていて、あまりピンときていないようだった。

「あぁ? 随分と前に仕掛けたもんだからすっかりその事を忘れてたぜ? 自室でその映像を観ながら飯食ったりしててよ? 俺のライフワークだったっつうのかな? その隠しカメラがどうかしたのか?」

「私は以前から3階女子トイレの一番奥の個室に仕掛けられた超小型カメラの存在に気付いていたの。でも、まぁ撮られても減るものじゃないし別に良いかなと思ってそのままにしてた」

「それはなによりだ」

「このカメラに収められた映像を舞台上のロールスクリーンで流せば犯行現場が映し出される」

「善は急げだ、さっそく流そうぜ」

「え、待って、ちょっと待ってよ!」

「どうしたの?」

「女子がトイレで用を足す映像を全校生徒の前で流すなんてプライバシーの侵害よ!」

「もう再生はじまってるよ」

「え?」

 ぴぽぱが既に舞台上のロールスクリーンに映像を流していた。

 犯行の現場が映るまで早送りをしていると、3年の女子生徒が変わる変わる排尿快便をする映像が流れるかと思いきやそうではなかった。

 隠し撮りされた女子生徒は全員オナニーしかしていなかった。

 そしてその後、ズブ郎殺害の犯行現場がロールスクリーンに映し出された。

 ※

「揺るぎない証拠だね」

 映像を観た全校生徒は絶句し、やがて体育館はどよめきに溢れかえる。

「そんな……サニタリーボックスの中に隠しカメラがあったなんて……」

 ゆに春が舞台上で膝をついて項垂うなだれた。

「するってぇと行方知れずのズブ郎の首は……」

「タカショーは切断したズブ郎の首を隠し持っている」

「嘘だろ……」

「ご想像通り、おまんちょにね」

「ひぇ……」

「クククッ……クハハッ!」

 タカショーは気でも狂ったかのように高笑いをはじめた。

「浮気したズブ郎が悪いのよ、私は一切合切悪くないわ、ズブ郎を殺した夜は興奮して眠れなかった、我慢できなくてゆに春と一緒におまんちょの中に隠していたズブ郎の首を取り出して何度も何度も生首オナニーしちゃった」

「べらんめえ! 人を殺しておいて何言ってやがんでえ!」

「浮気した人間なんてくずでしょ? 死んで当然のゴミでしょ? 殺されて当然のカスでしょ? どうして下衆げすを殺しちゃいけないの? お前はバカなの? お前の首も切断してやろうか?」

 タカショーは手刀で自らの首をねて舌をだらり出す仕草をEDGUYに対して見せつける。

「な……何言ってやがんでえ……」

「その前に……お前を殺さなきゃね……イコ」

 タカショーの視線はEDGUYからイコへと移された。

「え!? は!? 私!? なんでなんでなんで!? どうして私が殺されなきゃいけないの!?」

「惚けてんじゃねえよ……お前がズブ郎の浮気相手だって事は知ってんだよ! 屑どチビがよ!」

「違う違う! 誤解だよ誤解! 私はズブ郎の浮気相手なんかじゃない! 浮気だなんて、そんな破廉恥はれんちな事する訳ないじゃない!」

「ズブ郎とお前が3階の女子トイレの個室でエッチしてたのを見たって奴がいるんだよ屑どチビが殺すぞ!」

「待ってよ! 個室なのに誰がどうやって見たって言うの! きちんと説明してよ!」

「黙れよ顔面アワビ!」

 タカショーはガニ股になりおまんちょに力を入れて「くわっ!」と一言ドスの効いた声を張り上げた。

 スカートの中からギトギトの粘液まみれのコンドームビックLサイズに包まれたズブ郎の生首がごちゅりと音を鳴らして転がり出てきた。

「死にさらせくずどチビ!」

 タカショーは渾身の力を込め、ズブ郎の生首をイコ目掛けてシュートを放つ。

 イコはシュート回転するズブ郎の生首から逃れようと身体を横へ思い切りに捻った際、足を滑らせて後ろ側へと仰け反る形で倒れ込みそうになった。

 ズブ郎の生首がイコの顔面へ激しく衝突し、骨が粉砕したような音が舞台上で鳴った。

「ぎゃっ!」

 イコが掛けていた瓶底メガネのレンズが砕けて涙袋をバックリと切り裂き、フレームがひしゃげて折れて両目尻を深く突き上げながら皮膚を貫通していった。

 ズブ郎の生首はぐるぐると高速回転しながらジ・エンドの方へとぶっ飛んでいく。

 ジ・エンドはわめきながら、先ほど遠くへブン投げていたベースボールバットを手に取りズブ郎の生首を打ち返した。

 舞台上から体育館全体へと肉を叩き打つ音が鳴り、気色悪い音が周囲へと伝播でんぱする。

 ズブ郎の生首は体育館の客席へ飛来し、熱狂のフェス中に盛り上がった際に起きるモッシュピットサークルダイブのように人々の頭の上を順番に流れていった。

「うぉぎゃあぁ!」

 悲鳴と同時に脳天をフライパンで一撃で叩き割るような音が舞台上で鳴った。

 ジ・エンドがズブ郎の生首を打ち返した際、ベースボールバットは放物線を描いて天井高く舞い上がり、やがてタカショーの頭頂部に突き刺さっていた。

 タカショーは両目から血の涙を流し鼻からゲロが飛び出て口から泡を吐き立ったままの状態で失神していた。

 後にジ・エンドはベースボールバット投げの天才、Killing探偵と皮肉を含んだ通称でクラスメートから陰口をささやかれる運命。

 体育館に飛び交う悲鳴と怒号が歓声へと変わった、その理由は体育館内の上空に未確認飛行物体が出現したから。

「UFO! UFO! UFO! UFO!」

 興奮冷めやらぬ体育館、舞台上で煤姫がぴぽぱに近付き耳元で何かを囁いた。

 体育館内に浮遊する未確認飛行物体は瞬間移動を二度繰り返し、タカショーとズブ郎の生首を瞬時に収容した。

「どうなってやがんでぇ?」

「パピッポポ」

「未来の医療技術でタカショーとズブ郎を治療してるの」

「あのUFOを呼んだってぇのか?」

「ピイポォ」

 舞台上に倒れていたイコがむくりと上体を起こした。

「どうせならイコも治療してやったら良かったのに」

「顔面アワビだしな」

「たしかに」

 イコはうめき声を上げながら両手で顔をおおっていた。

「その必要はないよ」

「なんでだよ?」

「イコの顔をよく見てみなよ」

「顔? あの顔面アワビを?」

 イコはその場で立ち上がり周囲の状況を確認していた。

「あっ……」

「おい……嘘だろ……」

 イコの鼻糞みたいな両目はぱっちりお目目で切長の二重となり鮮血のアイシャドウも似合って瞳は瞬く星のように輝き出している。豚鼻だった鼻は美しい造形を描いて高くなり、明後日の方向へひん曲がっていた唇は端正な形を形成し艶やかな潤いと純粋な色気を含んでいた。顎のたるんでいた皮膚はぎゅるるんとおっぱいへとブチ下がって乳度がマイナスAカップからAカップへと成長を遂げた。

無論、超絶美乳である。

 イコの醜くすぎた容姿は変貌へんぼうを遂げ、フェイスパワーは最高のSランクへと到達した。

 イコの乳度は元々超絶美乳でズブ郎だけが見抜いており、誰もその事実を知る由もない。

「う……嘘だろ……」

「めっちゃ可愛い」

「wow」

「生きてくのが嫌になるね、明日自殺しよ」

「女神様じゃん」

「ジ・エンド! 私にもバットをブン投げて顔面を破壊して!」

 照明のスポットライトが舞台上のイコに当てられる。

 イコはこの世で一番可愛い女の子になりましたとさ。

 でたし、でたし。

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