第5話

「なぁ、お前可愛いな、俺らとちょっと遊ぼうぜ。」

 こういうのはナンパの常套句なのだろうか、ちょっと遊ぼうのちょっとは絶対に言葉通りではないだろうな。ボンは怖いのか震えて小動物みたいになってる。まぁ怖いよなぁこんなのに話しかけられたら。

「嫌です。彼氏とデート中なので。邪魔しないでください。」

 大きな声で周りに聞こえるように叫ぶ、その声はかなり震えていた。周りがざわつき出した。ようやく彼らは面倒なことになったと舌打ちをして帰ってくれた。大事にならなくてよかった。俺は安堵したが。腕に伝わる震えが彼女が今どんな心境かを教えてくれた。

「少しあっちのベンチで休もうか。歩き過ぎたせいか俺足痛くてさ。もっと体力つけないとなぁ。」

 これが苦笑いをしながらそう言うと、彼女はこくりと頷きベンチへ二人で向かう。よっぽど怖かったのか座っても俺から離れようとせず、何なら力が増していた。

「ごめんね。前におんなじ事があったんだけどね。その時は周りの人が警察呼んでくれて、でも相手の人が凄く怖い人ですんごく怒鳴られたの。」

 なるほどそれであんなにも警戒してたのか。大きな声も俺とのラブラブアピールも全てこれか、まぁ、そんな事があったら怖いよなぁ。本当にすごい度胸だな。俺は彼女の強さに尊敬しながら落ち着くのを待った。

「ねぇマー君、ハグしてくれないかな。」

 とんでもないことを言い出した。何を言ってるんだこの小悪魔は。そんなことしたら俺の心臓が爆発してしまう。死ねと言うのか。

「私達一応恋人なんだよね。彼女がハグを求めてるのにしてくれない酷い彼氏は誰かなぁ。」

 また上目遣いで言ってきた。しかも涙目でさっきの出来事と相まってしないといけないと思ってしまった。しないという選択肢が俺の中にはない。俺の中には強くするか優しくするかの二択。つまりする一択なのだ。

 人前でしかも自分から初めて行うスキンシップがハグか、ハードルかなり高いな。でもするしかないしな。俺は腹お括り彼女が引っ付いてるのを振り解き、両手をボンの背中にまわす。柔らかい。はじめの感想はそれだ、そして次にいい匂いがする。最後に温かい。彼女にハグをすると俺はもの凄くいい気分になれた。

 なるほど世のカップルは所構わずハグをするがその理由もわかる。俺もしたくなってきた。最高だ。あれだけうるさかったモールが一切の音を無くしてここに居るのは俺と彼女の二人だけだった。

「ふえ、本当にしてくれるの。」

 彼女の驚いた声が聞こえるがそれどころではなく何と言ったか分からない。聞き返す余裕もないので、後で聞こう。俺の背中に何かが巻き付く。彼女の腕だ。お互いに抱きつき合ってとても幸せな時を過ごす。

 どれ程の時が流れたか分からないが俺は少し力を抜いた。すると彼女はまだしていたいのか、力をこめて顔を俺の胸に埋めんーと声を上げる。どうやらまだしときたいらしい。しかしあまり遅くなるわけにもいかない。

 ジンが夕飯を作ってまってるし。なので俺もまだやってたいのだが、心を殺して肩を掴み無理やり離す。

「もうそろそろ買い物して帰らないと、遅くなるよ。」

 ムーとまだ不満そうだが確かにと納得してくれた。彼女の案内のもと水着売り場に到着し各々の選んでいく、自分の水着ではなく折角二人しかも恋人同士できてるのだお互いのを選ぶに決まってる。

 お互いに決めた約束はどんなものでも着ること。そして最低限の常識的に考えてわかるアウトなやつは選ばないこと。まぁ、どんなの着せられるか分からないし、ルールはいるだろう。

 しかしながら男が女物の水着を選んでると周りの目が痛いな、まぁボンが大きな声で「お互いの水着を選び合おう。」と言ってくれたので店員さんが俺のそばで黙って見てくれてるわけだが。

「決まったよ。」

 ボンが俺に話しかけてきたその手にはかなり普通の真っ黒い海パンを持ってきた、まぁピンクの文字で左下に彼女命とまあまあわかりやすく書かれてなければの話だが。

「ええっと俺にそれ起きろと。」

 俺が困惑しながら聞くと一切の迷いなく頷く彼女を見て冗談を期待したが、どうやら本気ら

 しい。なぜかというともう袋を持ってるからだ、俺と別れる前は持ってなかった。つまりもうアレを買ったのだろう。俺はアレで決定か。今から将来の恥ずかしい姿に絶望しながら俺も彼女の水着を選ぶ。

 少し見て回るといいのを見つけた。白色で胸に彼氏と書かれていて、お尻の方には大好きとある。そして前には愛の一文字がデカデカと書いてある。これはかなり恥ずかしいな。

 まぁ俺が着るわけじゃないし、これがあれば彼女が大きな声を出さなくても済むだろう。そうこれは彼女の為だ。消して仕返しというわけではない。

「ちょっと待とうよ、マー君もしかしてだけどあの白の字が書いてるやつを選ぶ気なのかな。」

 苦笑いをしながら当たり前のことを聞くボン。人に嫌がらせをしたら返ってくると思い知るがいい。俺は彼女の声も聞かずに水着をとりレジで会計を済ませる。ボンはその間ずっとごめん選び直すからと言ってたが、もう遅い。

「はいボンこれ着てね当日は。」

 俺は自然と満面の笑みを浮かべて袋を渡す。ボンはかなりげんなりした表情で受け取り、俺用に選んだ海パンを渡してくれた。これでお互いバカップルを見せつけ合うことになるのだろうな。それに胸とかを見たても言い訳できるしな、字を見てたと。最高の水着だな。

 その後も談笑しながら歩く俺たちの後ろから機会を伺う怪しい影が三つ。モールを出た俺達は各々の家に帰る、まぁ帰り道が少しだけ被っているのでそこまでは一緒だ。少し歩くともう人が少なくなり今では俺達だけだ。

「ようやく周りに人が居なくなったな。さっきの借りを返しにきたぜ。」

 そんな律儀に変なものを返さなくても、さっきモールでナンパしてきた三人組だ。ボンが怖いのか震えながら俺の後ろに隠れる。仕方ないなるしかないか。俺は覚悟を決めて髪を上げる。俺がオールバックにすると三人のうちの一人が俺を指差して言った。

「バーサーカーだ、やべ、あいつ見たことあると思ったら西校のバーサーカーだ。」

 どうやら俺は有名人らしい。ジンが中学の時にちょっとしつこい奴らに絡まれて俺がそいつらと喧嘩したらそう呼ばれるようになったってだけ。まぁその後も少し喧嘩したが。俺はアウトローとか嫌いだし突っ張る気もグレる気もない。

「な、何でバーサーカーが白山以外といんだよ。」

 この辺では有名人なジン、まぁアレだけ可愛ければ噂になるよなぁ。まぁ半分は俺のせいだがな、俺が喧嘩をした原因がジンだから彼女に安易に近づくと俺にボコられると言う噂がたったそれで、ジンも俺も有名人だこの辺りではの話だが。あとはそっち系の界隈だな。

「俺が誰もいようと関係ないだろ。で、やるの俺と。」

 少し睨みつけて一歩前に出る。こういうのは強気が一番だ。だから喧嘩の時はずっとオールバックだったしな。俺が相手と知ってビビったのか三人ともへっぴりごしだ。ああ、多分喧嘩を売ってしまったので取り返しがつかないんだろう。メンツというやつだ。

「俺は今、彼女とデート中で忙しいから喧嘩なら後でしてやるよ。」

 こういうと大体のやつはなら後でやろうと言って、日時を決めるがどうせ来ない。ジンの時もそうだったしな。

「いや、あんたと戦うなって言われてんだ。やめとくよ。」

 何と自分から引いてくれた。これはありがたいな。あ、ならこいつに頼み事をするか。

「これから彼女に手を出してみろ、俺が黙っちゃいねぇからな。あと今彼女三人だから一人でも手を出せばそいつ叩き潰すと仲間に伝えとけ。」

 少しだけ可愛い子の前なのでカッコつける。それとさりげなくジンとハニーも俺のだと言っとく。これでまたジンに群がられても困るしな。

 あれ、ジンはこいつら知ってるだろうし、街中で見られただけで逃げてったと本人から聞いた。人と話すの好きじゃないからありがたいとまで言われたな。あとボンは今一緒に居るからわかるか、しかしハニーはどうしたものか。

 そうだ、こいつらに俺のインスー教えよう。三人と付き合った日からちょくちょく上げてるし三人との写真だけ。他のは特にない。ただのカップル垢だ。始めたきっかけも学校の奴らに言われて信じられないと言われたので初めた。

 本当にあいつらはここまでして初めて信じるとかどれだけ疑い深いんだ。こいつらに俺のインスーを教えてフォローさせた、これに載ってるの俺の彼女だから手を出したら殺す。とまで言っといたので大事だろう。

「すごいね。バーサーカー君はあんな怖そうな人達に怖がられてるってなにしたのかなぁ。」

 悪戯っぽい一面がまた出てきたようだ。おっと、肩が少し震えてる。寒いわけではないだろう。もう夏だし七月だよ。つまりまだ怖いのか。

 俺は黙って彼女を抱きしめた。やさしく、雛鳥を温めるように。え、っと驚いた声が聞こえたが、すぐに抱きしめ返してきた。それもかなり強く。

「もう、さっきはいきなり強引に離した癖に。」

 おっと怒るとこかここ。どうやら強引に引き離したことを根に持っているらしい。震えが少し収まったか。どうやら強がっているらしい。俺はただ黙って彼女をしっかりとしかし優しく抱きしめた。今度は彼女が震えを落ち着かせるまで。

 少しして彼女は力を込めていた手を緩める。もう良いらしい。俺も力をむ抜くとどちらからともなく離れる。

「今度は強引に離さずに、私の気が済むまでやってくれるんだね。さっきと今は何が違うのかな。今後の為に教えて欲しいなぁ。」

 違いか、そんなの沢山ある。人に見られてるかどうかや、時間が確認できる状況かどうか。あの時は時間が分からなかったが、今はちょうど時計が見える。まぁ何でこんな街中に時計が置いてあるのかは分からないが。確か五時になるとここから音楽が流れるんだっけ。

 普通こう言うのは公園とかにあるものでは。と思うが実際にここにあるのでまぁ今はラッキーとばかりにありがたい時計となった。七時を超えるようなら引き離したがそれまでは待つつもりだったのだ。

「まぁ時計があるかないかだな。」

「ふぅんよくわかんないけど、時計があれば強引に引き離されずに済むんだね。」

 かなりの棘がある気がする。気のせいだろうか。心なしかすこし睨まれてる気もするし。何か気に触ることでもやらかしてしまったのだろうか。本当に女心はわからないな。読心術でも使えたならどんなに楽か。

「ねえ、カップルで色んなことするよね。ハグしたり、キスしたり、頭撫でたり、私それしてみたいな。マー君ならキスも初めてだけどあげていいよ。」

 え、キス。俺は何でいきなりそんなことを言い出したのか分からない彼女に目をぱちくりさせる。

「本気で言ってるの私。本気だよ。」

 いつになく真剣な眼差しを向けてくる。何かあったのだろうか。切羽詰まった感じが伝わってくる。

「どうしたのいきなり。変だよ普段そんなこと言わないじゃんか。」

 様子が変なのでなぜか聞くが答えてくれるだろうか。何となく今まで触れならなかった深い部分に今触れている気がする。

 彼女は語ってくれた。自分のことを自分の思いを赤裸々に、

「私の家は多分他の子とは違うのかなって、小さい頃は気づかなかったけど、最近薄々思ってたの。でもね、他の子が楽しそうにお父さんやお母さんと遊んでる時、私は使用人の人と遊んでた。それも仕事だから仕方なく私の面倒をみてくれてたの。

 家には沢山お金があったし欲しい物は言ったらすぐに買ってもらえたけどね、でも本当はね、私はお父さん達と遊びたかったの。今日みたいに買い物したり、マー君と話してるみたいな団らんも、食事を一緒にとることも、何にもないの。私、誰に愛されてるのかな。私のこと好きな人この世に本当に居るのかな。

 そう思ったら皆の好意が嘘に見えて、だから私は今まで沢山の人に告白されたけど、今まで誰とも付き合わなかったの。こんな私のことが好きな人なんて居ないだろうし、どうせ私みたいなのは遊ばれるだけ遊ばれて捨てられるだけだと、本気で思ってたの。今日まではね。

 最近はマー君と一緒に入れて私の趣味にも共感してくれたし、毎週バスケも一緒にしてくれてとても嬉しかった。

 実は私ね、学校が初めは嫌いだったの。友達は沢山居るけど全部上部だけだし、男の子の視線なんかはかなりキツいしね。だからあんまり行きたくなかったの。まぁ部活の時は好きなバスケができるから楽しかったけどね。親にすら愛されてないのに他の人に、愛されるわけないって思って生きてきたの。

 マー君と過ごしてたらすごい真剣に私に向き合ってくれるし、オタク全開のトークにも嫌な顔せず聞いてくれるし。おすすめしたアニメもちゃんとみてくれるし。こんな私に対してここまで本気で見てくれてるんだって思うと、なんか胸の辺りが上手く言えないけどギュッてなるの。

 マー君を見るだけでドキドキするし、ずっとマー君のこと考えちゃって、そんな自分に気づいて凄く体温上がってるの感じるし、でもマー君には他にも可愛い彼女が二人もいるし、一人は幼馴染で今までアニメだと負けヒロインだけど最近は逆転するようなメインヒロインになること多いし。もう一人はすごい大人びた雰囲気あって男の子がいかにも好きそうな感じだし。

 私ね、結構ずるいんだ。今日だってナンパされた時は怖かったけど私小さい頃アクションアニメにハマって格闘技やってるからアレくらいだったら倒せちゃうのに、か弱いフリしてマー君の気を引こうとしたし。

 マー君の心配してくれる気持ちを利用してハグまで、ごめん嫌だったよね、こんな醜い私となんて。周りの人に見られて恥ずかしかったよね。マー君は優しいから私の我儘に付き合ってくれて、ごめんね、迷惑だったよね。もうやめるから。二人にも私から、」

 彼女の痛々しい話を聞いて俺は溺れてしまったのかと思うほど息が上手くできない。彼女が最後何を言おうとしたのかは聞かなくてもわかった。そもそも検討はずれも良いとこだ。

 まったく俺を分かってない。まぁ、分かってなかったのは俺も同じだが。彼女にこの言い表せないドス黒い塊を投げつけるのは違うだろ。彼女は一生懸命なだけだ。自分を守る為に自分を傷つけている。全く不器用にも程がある。

 泣きそうな彼女に俺は口を塞ぐ。これ以上言葉を発せないように。続きを言わせないように。彼女だっての希望だ、俺の口でボンの口に蓋をする。

「それ以上言うならもうハグはしないから。」

 少しだけ怒気が入った声で俺は彼女にチュー告する。ボンは少しの間目をぱちくりさせ、状況をやっと飲み込めたのか顔が次第に赤くなっていく。

「い、いやだハグして欲しい。後モッカイキスしてよ。いきなりすぎてわかんなかった。」

 やはり彼女はこっちの方が良い。暗く泣きそうな陰に満ちた彼女の一面はもう見たくない。それなら悪戯好きな方がまだましだ。彼女には常に明るく元気で居て欲しいな。

 彼女のリクエスト通りに俺はもう一度誰も居ない静かな街で雲ひとつない紅い空をバックに誓いのキスをする。もう君を泣かせたりしない。君を泣かせる奴は俺が顔面ぶん殴ってやる。


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