幻の大地についての記述
敷知遠江守
歴史書に記された幻の島
大昔の歴史学者がその歴史書に数々の謎の記述を残している。
例えば女性だけの国。
その国は年寄りから赤子まで全て女性で、男性は一人も住んでいない。男性の国と異なり対外戦争をするという事が無く、男性の国と異なり清潔で、男性の国と異なり汚職なども無い。男性の国と異なり皆着飾って美しく、男性の国と異なり争いもない。
例えば身分というものが存在しない国。
その国には王がいない。もちろん貴族もいない。奴隷もいない。住んでいるのは全員市民である。だから税を取り立てる者も無く、王の悪口を言ったといって逮捕され処刑されるという事も無い。戦争に駆り出される事もない。
例えば黄金の湧く国。
その国では誰も働かない。なぜなら黄金が湯水のように湧くから、それを海外に少し売るだけで大量の富と交換できる。だから国民一人一人が裕福で、家事も召使が全て行っている。皆が裕福だから争いも起こらない。
他にも数多くの突飛な国が紹介されているのだが、これらは後に、全てがその歴史学者の与太話だという事がわかっている。
最初から少し考えてみればすぐにわかる事である。女性だけの国でどうやって子供ができるのか。戦争に市民が駆り出されなくてどうやって周辺国からの武力侵攻を防ぐのか。黄金が高価なのはその希少性である。それが湯水のように世に流れたら価値は簡単に暴落してしまう。
恐らくは、こんな国があったらこんな事になってしまうという議論の為に空想された存在を、歴史学者が実際にある国として記載してしまったのではないかというのが研究者たちの出した答えだ。
だが、その与太話の中にもいくつかは本当の国があった。
例えば巨大な氷の塊の上にできた国。
その国は巨大な氷の塊に城が建っている。人々は氷の上に田畑を作ってそこで育つ作物を食べて生活している。住居も氷の塊である。人々は獣の皮を身にまとい、獣の骨を研いで武器としている。
歴史書の記載では氷の塊であったが、実際には凍土という万年凍てついた土地という違いはあった。だが生活様式はほぼそれであった。
そんな歴史書の中に今でも議論になる国が存在している。
どこかの孤島にある理想的な国。
その国には国境が無い。王はいるが代々民を慈しむ名君ばかりが君臨している。人々は勤勉で朝早くに起きて畑を耕し、昼には読書をし、陽が暮れると一日を神に感謝する。神はそれに答え、大きな穴から水を噴き出し食べ物を家々に恵む。時には財宝を恵む。神の恩恵によってその国は建国以来一度も戦を行った事がない。
そんな奇妙な国が存在するわけがない。研究者たちは口を揃えて言う。
実際にそんな国があるなら財宝を分けてもらいたい。そう考えて捜索隊を出した国もあるが、結局は痕跡すら見つかっていない。
一見すると議論の余地などないように思うだろう。どう考えても与太話じゃないかと感じるだろう。
だが、その国は何件か目撃例があるのだ。そのどれもが漁師によるものである。そしてその証言は毎回同じである。
遠洋漁業に出かけ酷い嵐に遭った。船は滅茶苦茶に破損し、船乗りは全員海に放り
出された。そんな状況で船の残骸を抱き抱え荒れた海原で揉みくちゃにされた。
次第に嵐は収まり、波も静かになる。雲が切れ、夜空には星々が瞬いてる。
だが前後左右どこを見ても水平線しか見えない。このまま自分も死んでしまうのだろうか。そんな事を考えていると徐々に意識が遠くなった。
朝を迎えたのだろう。だが
そんな時であった。背中に何かが当たった。振り向くと自分はどこかの島に流れ着いていたのだ。
その島というのが、まさに歴史学者が歴史書に書き残したそれだった。
最初はもしかしたら自分はもう死んでしまったのかと思っていた。それくらいその島は、理想郷ともいうべき、ほのぼのとしたところだったのだ。
水を飲ませてもらい、食べ物を貰い、しばらくその島で過ごさせてもらった。夜になると全員で大地の神にお祈りを捧げる。自分も同じように見よう見まねで祈りを捧げていた。
すると何日かしてあの奇跡を見る事になった。
島には神域とされる巨大な穴があった。その奇跡の前に大地が数回揺れた。人々はそれが奇跡の前触れだと言っていた。だから祈りを捧げるのだと。自分も見よう見まねで祈りを捧げた。
すると、その巨大な穴から天まで届かん巨大な水柱が立った。水柱は大粒の雨となって家々に降り注いだ。だが、降り注いだのはそれだけでは無かったのだ。大量の魚やエビ、貝と共に何か光る物が降り注いだ。自分がお邪魔していた家に降り注いだのは瓶に入った金貨であった。
人々はその神の奇跡を町の供物殿に収めた。そして神のおすそ分けとしてその中からほんの少しだけわけてもらった。
何と愚かな奴らだと感じた。何故財宝を供物殿に収めるのか。貰っておけば良いではないか。供物殿とやらに行き、その膨大な財宝の数々を目にしてしまった事で、欲というものが湧いて来た。その神の奇跡を独り占めしてやろうと夜中に進入した。だが簡単にバレてしまった。裁判の結果、下された刑罰は最も重い『島追放』であった。
新月の夜が明けた朝、小さな小舟に乗せられ朝靄の中追放となった。
それから何日か海原を彷徨い続け、辿り着いたのは故郷の漁村だった。
これまで幾人かの者がその国に辿り着いて、故郷に帰って来ている。
これが実に不思議な事に全員証言が一致している。供物殿から宝を盗もうとして見つかったという下りまで一致している。最初の証言から最新の証言まで千年近くの時を経ているのにである。
単に夢をみたのだろうという研究者も多い。だがそれが夢では無いというのは時代錯誤の服を着て帰って来たという事から否定されている。
さらにその島の民と恋に落ち、島流しになる際に自分だと思って欲しいと言って持たされた物というのが残っている。それは大昔に作られた女性の顔が描かれたカメオである――
海洋大学の教授はその「孤島にある理想的な国」の論文の書かれた雑誌をぱたりと閉じた。
最後にその国に辿り着いた者の証言をもとに、GPSを駆使して調査船はその海域に向かっている。
目的はただ一つ。その伝説の国を探す事である。何度も上空から探しているが見つからない。衛星写真を元に探してもいるが、どこにあるのかわからない。どういう理屈かはわからないが船でしか辿り着けないらしい。
もちろん本当にそんな国があるのならだが。
「実に馬鹿げているとは思うが、まずは見つける事が最優先だからな。もし辿り着けたら、物々交換を働きかけようと思うんだよ」
そう言って教授はいくつかの商品を船員たちに見せた。向こうは骨董品、こちらは最新の科学を駆使した商品。十分取引が成り立つはず。
だが教授が用意したものは、電気シェーバー、型落ちの携帯電話、ラジオ、懐中電灯と、どれも充電や電池が切れたら使えなくなるものばかり。しかもどれも安物。
「でも教授、本当にあるのかどうかもわからないんですよね。それにその島に辿り着いた人は全員船が難破したんですよね。うちら大丈夫なんでしょうか?」
船員たちは一様に不安な顔をしていた。もしかしたら島に辿り着く前に
そんな船員たちを教授は鼻で笑った。大昔の木造船と今の船を混同するなと言って。
船は目的の海域に差し掛かった。
それから数日。ついにその日はやってきた。嵐になったのである。船は風に舞う木の葉の如く前に後にと揺れに揺れた。時には船室の反対側の壁がとんでもない下方に見える事もあった。
嵐が収まり新月の夜を迎えた。
すっかり波も静まり、ちゃぷちゃぷという船に波が当たる音だけが小気味よく響く。その音に誘われ教授はデッキに出て真っ暗な夜空を眺めた。
あれだけの嵐にも関わらず、船は一切損傷を受けてはいない。やはり、あの話は木造船時代の与太話に過ぎなかった。そんな風に思いながら教授は星々を右から左へと眺めていた。
はて?
なぜここから向こうには星が見えないのだろう?
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
とてつもなく巨大な何かが来る!
教授は絶望的な光景を目にし思わず絶叫を発した。その巨大な何かに自分たちの船が吸い込まれようとしているのだ。
その絶望の中で教授は論文の一文を思い出した。
――島追放にされる時に執行官に声をかけられた。
「さようなら、客人。あなたの心が清くなったらまた来ると良い。私たちはいつでもこの生ける島で客人が来るのを待っているから」
幻の大地についての記述 敷知遠江守 @Fuchi_Ensyu
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