第9話 ☆ メリメリ・クリスマス ☆
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12月24日の晩──。
窓の外は純白の粉雪が静かに降っている。
ホワイト・クリスマスイブ。
天使達が舞う夜。
今日の昼下がりに、 J と一緒に飾り付けをした緑のクリスマスツリーが桟に掛けられた。
窓ガラスに、はあっと息を吹きかけて。
指でトムの似顔絵を描いていると。
「エイミー、今夜は街中に繰り出して、買い物にでも行こうか?」
暖炉の前に座って本を読んでいた J が、読みかけの本をパタンと閉じてすくっと立ち上がり、明るくそう言った。
「わ──い☆」
エイミー、立ち上がって。
顔中、満開のひまわりのような笑顔で。
J の背中をぎゅっと抱きしめる。
よしよし。
J がエイミーのくせっ毛を、愛おしそうに優しく撫でてくれる。
「そんなにボロい服ばっかり着てるの、もう飽きただろう?」
大きな黒い瞳をパチリとウィンクして。
J は金色に輝くほうきに跨る。
「今夜は、一緒に行こう」
J が大きく手を広げて。
切なさと優しさの入り混じった、少し哀しげな瞳をして。
エイミーを迎え入れてくれる。
どうして、そんな瞳をするのかな、 J ?
J のそんな顔を見て、戸惑うエイミーを。
J は迷わず温かい腕の中へ。
力強く抱きすくめてくれた。
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エイミーの小さな背中を、 J は強く強く。
ぎゅっと抱きしめて。
二人を乗せた金のほうきは凄い勢いで。
高く高く、空に舞い上がった。
背中越しに J の温もりと、高まる鼓動が。
ドキン・ドキンと伝わってくる。
高い所を飛んでも。
J と一緒なら全然平気だよ。
空は暗くて、星もあまりない殺風景な光景だけど。
後ろに J が付いてくれているから。
全然、怖くない。
ゆっくり、ゆっくり J の優しさが。
ほうきをしっかり握りしめる腕と、密着した胸から伝わってきて。
暖かいふかふかの毛布に包まれて目覚める、
よく晴れた日曜日の朝のように幸せな気分になるよ。
ごめんね、 J 。迷惑ばかりかけて。
こんなワガママな女の子の言うことなんか聞いてくれて。
別に買い物なんかに連れて行ってくれなくていいんだよ。
J がただ一緒にいてくれるだけで。
それだけで幸せなんだよ。
J とエイミーの乗ったほうきは、暗黒の夜の中。
ただ真っ直ぐ下へ下へと猛スピードで急降下して行き、この辺りで一番賑やかな繁華街の真ん中へと降り立った。
もう街は真夜中。
暗闇の中、蛍光灯の電飾の光りがピカピカと光っているだけで、昼間の華やかで脳天気な喧噪の空気をほんの少しだけ残してひっそりと静まり返っている。
格子模様の石畳の上に、ぽつんと一人立って。
周りをキョロキョロ見回すエイミー。
こんな真夜中に、街中に出て来たの初めてで、とても不思議な感じ。
── 怖がらなくてもいいよ ──
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J が、優しくエイミーの手を引いて。
街で一番大きなデパートの中へとエイミーを導いてくれる。
J とエイミーが、一歩足を踏み入れると。
一斉に大きなデパートの明かりが灯った。
明かりが全部灯ったデパートの中は、クリスマス前夜の色とりどりの綺麗な可愛らしいプレゼント用品が所狭しと並べられていた。
こんなに綺麗なもの見るの初めてで……。
うわ──い!!
……って、思わず、真夜中なのに。
幸せな歓声を上げちゃった。
デパートのフロントは、1階から屋上まで吹き抜けで。
そこには巨大なクリスマスツリーが堂々とそびえ立っていた。
ツリーには、上から下までキラキラ光る金、銀、水色、ピンクのモールが縦横に架かっていて、小さなサンタさんやトナカイさん。
可愛い包装紙で出来たプレゼントの包みがあちこちにぶら下がっている。
そして、ツリーの一番上には。
大きな金色のお星さま燦然と輝いていた。
「ねえ、 J 。このツリーのてっぺんまで飛んでみようよ」
「OK」
J とエイミーを乗せたほうきは、軽やかに螺旋形を描きながらツリーの上へ上へと飛んでいく。
ツリーの一番上のお星さまの飾りは、エイミーの頭ぐらいある大きな大きな金のお星さまで。
そのお星さまにエイミーの明るく紅潮した顔が、はっきりと映っている。
♪♪ ジングルベル~ ジングルベル~ ♪♪
その時、澄んだ高いベルの音色が鳴り響き、大きなお星さまが七色のプリズムの光りを反射しながらゆっくりと回り始めた。
続いて、ツリー全体が賑やかな音を立てて回転し始めた。
「綺麗だね、 J 。何だか夢を見てるみたい」
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J も眩しそうに、少し目を細めて回転するツリーに見とれていた。
赤、緑、オレンジ、青の電飾が時間差で。
チカチカと瞬いて、一瞬全部消えたり。
いっぺんに灯ったり……。
二人共、しばらく時間の経つのを忘れて。
ツリーに見とれていた。
「ね、 J そろそろ買い物にいこうよ」
ちょっぴり甘えた声を出して。
J の耳元に囁いてみた。
クリスマス・イブだもん。
今夜ぐらい夢を見てもいいよね。
まずは、最初に目に付いた高級子供服のブティックに入ってみることにした。
「お嬢様、何かお探しでしょうか」
J がデパートの店員さん真似て。
揉み手ををしながら、礼儀正しく上半身を15度前に傾けてそう言う。
J がそうくるんだったら。
こっちも負けず、お嬢様気取りで。
「そうね、全部素敵で、すぐには決められないわ。試着してみていいかしら」
「どうぞお嬢様」
う──ん。いい気持ち。
エイミーが中でも一番気に入ったのが。
水色の可愛いドレス。
フリルがいっぱい付いていて、とっても素敵。
それと、その側に置いてある黒いエナメルの小さな銀の金具の付いた小さな靴。
大きな真っ白なサテンのリボン。
「 J 、ちょっと待ってて、着替えてくる」
お店の奧の試着室に、ドレスと靴とリボンを抱えて大急ぎで走った。
何だか全部夢みたいで。
小さい頃、読み聞かせてもらったシンデレラの物語みたいに。
12時を過ぎたら魔法が解けて、元の孤児院生活に引き戻されるんじゃないだろうか?
なんて、内心おびえながら。
着替え終わって。
試着室の大きな鏡の前でドレスの裾をつまんでニッコリと笑ってみる。
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「似合う、似合う」
まるで、どこかのお姫様みたい。
こうして見ると、エイミー。
結構、可愛いじゃん♪
すっかりご機嫌になって、 J の元へと。
スキップしながら掛けて行く。
「どう、 J 、似合うでしょう?」
J の前で、くるっとプリマドンナみたいに一回転してみせる。
「可愛いよ。エイミー」
J は、幸せそうに笑ってくれた。
「思ってた以上だよ、エイミー。このドレスを着て、みんなが集まるダンスパーティーに出たら絶対OKだよ。軽くステップの練習をしてみようか」
J がエイミーの小さな手をとって、ゆっくりとステップを踏み始める。
それにつれてワルツの曲が、デパートのスピーカーから静かに流れ出して。
J が gentleman のようにゆっくりと礼儀正しくお辞儀をしてくれるの☆
「それでは、お姫様ご一緒に。右斜めに2ステップ。クルッと回って横に、2ステップ。今度は左斜めに2ステップ……」
最初は J の足を踏まないように足ばかり見ていたけど、だんだん、慣れてくるにつれて。
ちゃんと J の顔を見ながらステップが踏めるようになってきたの。
やったね☆エイミー、やれば出来るじゃん★
「そしたら、今度はもっと軽やかに。みんなエイミーに夢中、と自己暗示をかけてみてごらん。
エイミーは世界一のプリマドンナで、周りはエイミーを一目見に駆けつけたお客様でいっぱい。
そして僕は、ダンスのペアを正確にこなすトップダンサー」
エイミー、そう言われて。
ちょっと立ち止まってみた。
水色のドレスはさっき着た時よりも更に、一段と光り輝いているように見えた。
── 想像の中で ──
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エイミーと J は、大きな大きなダンスホールの真ん中に立っている。
ギャラリーはそれぞれにお洒落をした観客で一杯で、みんな割れんばかりの拍手をエイミー達に注いでくれている。
「それじゃあ、エイミー踊ろうか」
J の黒い瞳はキラキラと魅惑的に光っていた。
その瞳と同じ黒のタキシードは、いつもより更にぴっちりと体にフィットしていて。
くるっとターンを正確に決めると、やや短めのベストの上着の下から真っ白のシャツが少しのぞいた。
エイミーと J は、手と手を取り合って大きなホールで何時間もターンとステップの練習を重ねた☆
最初の方は自分でも驚くぐらい上達して。
もっと難しいステップも踏めるようになっていた。
「こんな感じでいい、 J ?」
汗の滴を真っ白なハンカチで拭いながら。
ちょっと上目づかいで見上げてみると。
「ブラボー!」
J が大声で叫んで、エイミーをぎゅっと抱きしめて。
大勢の観客の前でエイミーを軽々と上に持ち上げて、くるくると大きく回って見せた。
ホール中、拍手喝采!!
エイミーと J は深々とお辞儀をしてダンスホールを後にした。
「最後の試験まで、あとちょっとだね」
デパートからの帰り道、 J のほうきの後ろで小さな手帳をぱらぱらとめくりながらそう話しかける。
「もうここまできたら、あとは度胸かな。とにかく自信を持って落ち着いて」
「はーい☆」
可愛い洋服と靴を身に付けて、ちっちゃなポーチの中にお気に入りのアクセサリーとかキャンディー、小物を詰めて。
すっかりご機嫌のエイミー。
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「気分転換になったか?」
「もちろん。こっちに来てから、今夜が一番楽しかったよ、 J 」
「こらこら、エイミー。ところでそれは全部、オレからのクリスマスプレゼントだからな。しっかり頑張れよチビ」
「うん」
「……ったく、試験に落ちてでも見ろ。何のために寒い中連れ出したのか?」
また一段と雪が激しく降ってきて、 J のシルクハットの上にも積もり、 J は大きなくしゃみをした。
「ついてねえな。こんだけ雪降ってたらあんまり練習しない方がいいな風邪ひくしな?」
「大丈夫、昼間にしっかり練習するよ、 J 」
嬉しくって、嬉しくって。
思いっきり J の大きな背中に抱きついた☆
やっぱり、世界で一番大好き、 J 。
そのうえ、ますます好きになるよ。
もう J がいない世界なんて想像出来ない。
幸せいっぱいのエイミーを乗せて。
J は口笛で「ホワイトクリスマス」のメロディーを奏でながら。
吹雪の中、暖炉がパチパチと赤く燃えている J の家へと帰って行った。
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