第8話 天使の合唱団 ~ Angel chorus ~
-48-
今日は天使の合唱団の手伝いの日。
今朝は今までで、一番早く目が覚めた。
イチ・ニ・サン・シ──。
準備体操を始めると、さあっと朝の光が白いカーテンの隙間から差し込んできて。
まっぶしーい!!☆
シャキッとした頭で階段を下りていくと、
J がレタスとトマトをザクザクッと小気味よく切っていた。
「おはようさん♪」
「おはよう。 J 」
J の背中に少し甘えたように手を回すと、 J は優しく頭を撫でてくれる。
「今日はスペシャルサラダだぞ」
J が白い陶器の器にレタスとトマトを大盛り盛りつけ、その上から J 特製のドレッシングを山盛り掛ける。
「うわあ、おいしそう☆」
トースターからパンを取り出しながら言うと、
J が「あーん」と大きな口を開けながらトマトの大きな一切れを指で摘んで。
エイミーの口元にぐっと近づけてくる。
「あーん」
J に食べさせてもらっちゃった☆
ふふっ……おいしい♪
「どうだ今日も頑張れそうか」
「心配してくれてありがとう J 。きっと大丈夫だよ」
「エイミーのいいところはその笑顔」
J がくりくりっと人差し指でエイミーのほっぺたを押す。
「黄色のバラ。ゴールド・バニーのようだよ」
「 J 、くすぐったいよ」
「エイミー。今日の天使の合唱団の子達は、うるさいしすぐ調子に乗るし、集中力がないから面倒見るの大変だぞ」
「分かった J 。気を引き締めていかなきゃね」
「そう言うこと☆」
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置き時計をちらっと見たら時間が刻々と迫ってきている。
「それじゃあ行って来るね、 J 」
「気を付けてな、エイミー」
急いでほうきに跨り、急上昇!!
天使の子供達が待つ「平和の広場」まで、一直線★
そらそら、見えてきた見えてきた!
天使の子供達は三列に並んで、指揮者のテオドールさんの振る指揮棒に合わせて歌を歌っていた。
エイミー、邪魔しないように。
そおっとテオドールさんの横に舞い降りた。
「おはようございます」
「おはよう」
テオドールさんの指揮棒はぴゅっと風を切って止まった。
その途端、天使の声も止んで周りがしんと静かになる。
天使の子供達が全員──。
好奇の色に目を輝かせてこっちを見てる。
「みんな、エイミーさんに朝の挨拶をしようね」
「はーい」
天使達が口々におはようございますと言う。
うわーっ☆かっわいい──★
目を細めて見てると。
「こらこら、みんな揃って」
テオドールさんが、指揮棒をもう一度ぴゅっと鳴らすと、天使達は一同に姿勢を正した。
「おはようございます。今日も一日よろしくお願いします」
さすが合唱団らしく、みんな揃ってる☆揃ってる☆
「こちらこそよろしくお願いします」
ぴょこんと頭を下げる。
「そうだな今日は何を手伝ってもらおうかな?」
燕尾服を着た指揮者のテオドールさんが、
周辺をぐるっと見渡しながら言う。
うわーっ。緊張、緊張!★
テンパるぅ☆
-50-
「そうだ! 一週間後のコンサートに向けて、君にピアノのアシスタントをしてもらおうか」
「ピアノだって?エイミー弾けるの?」
肩の上のトムが心配そうに聞く。
「そんな……ピアノなんか弾けません」
「大丈夫、大丈夫」
テオドールさんが、側に置いてあるピアノの蓋をギギギッと音を立てて開けた。
「そこに座って、エイミー」
言われたとおりにちょこんと腰掛ける。
「そらいくよ」
テオドールさんがエイミーの肩越しにゆっくりと鍵盤を弾き始める。
「最初はゆっくりでいいんだ。片手づつ練習してみたらいい」
テオドールさんの低いテノールの声が何だか頼もしく思えてくるのが不思議。
「はいっ」
午前中はずっとピアノの練習だった。
テオドールさんは付きっきりで教えてくれて。
エイミー、感激。
最初は右手と左手が一緒に動いたり、指がもつれたりしたけど。
だんだん上手に弾けるようになってきた。
「タンタタターンタターン」
テオドールさんがリズムをとってくれる。
「その調子、その調子、エイミー」
天使の男の子達はエイミーがテオドールさんにピアノを習っている間、天使の輪っかを投げ合ったりとんぼ返りをしたりめいめい好きずきに遊んでいる。
「午後から練習を再開するからな。それまで遊んでいてよろしい」
「はーい」
天使の男の子達はみんな元気に答える。
やんちゃ盛りだね。飛んだり跳ねたりみんな元気いっぱいだ。
なんだか保母さんの気持ちが分かるなあ。
真っ白な透き通った肌にピンクの頬。
みんな頬ずりしたいくらい可愛い。
「エイミーも一緒に遊ぼうよ」
「そうだよ一緒に遊ぼうよ」
数人の男の子達がピアノの周りにまとわりついて離れない。
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「先生、遊んできても良いですか?」
「よしそれなら30分休憩にしよう」
「わーいっ。先生、大好き☆」
天使の男の子達に混じって、ドッチボールをしたり輪っかの投げ合いをしたり。
エイミー、あっちこっちに引っ張られて大忙し☆
たまに輪っかが逸れてエイミー、ほうきに飛び乗り大急ぎで追っかけるの。
「エイミー、早く早く」
天使の子供達が遠くから叫ぶ。
ナイス・キャッチ☆
エイミーの手の中の天使の輪っかはキラキラと虹色に光る。
天使の子供達との時間は、あっと言う間に過ぎた。
「それじゃあ合唱を再開するぞ」
テオドールさんの一言で、蜘蛛の子を散らしたように散らばっていた天使の子供達が。
一斉にテオドールさんの元に集まってきた。
「それではいくぞ」
指揮棒が振られると、天使の高いソプラノの声でうっとりするような曲が流れ出した。
よく天使のような声って言うけど本当に声が良いんだ。
「エイミーは午前中練習したとこまでピアノ弾いて」
「はいっ」
大慌てでピアノの前に座る。
タンタタターンタターン。
上手く弾けた。天使の合唱団の声と絶妙に混じり合って何とも言えない。
いい感じ☆
「よしよしエイミーいいぞ」
「この調子だったら一週間後に控えたコンサート。大丈夫ですか?」
「頼むよ、エイミー」
テオドールさんが口髭を撫でたその手をピアノの上にそっと置く。
「このピアノ弾いてくれる人が居ないでずっとここに置いてあったんだ……君が来てくれてちょうど良かった」
素直に喜んで良いんだね☆
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エイミー。今まで自分の居場所が分からないまま。
泣きそうな気持を抱えて生きてきたけど。
テオドールさんもエイミーがピアノを弾いてくれたらいいと言ってくれているし……。
エイミー。何もかもこの国にずっと末永くいられるための試験だと思って。
思い切って強気で臨むことにするね。
「ピアノ……もうちょっと頑張らせて下さい。一週間後のコンサートに向けて」
「そう? なんならピアノ持って帰っても良いよ」
えっ……?!
テオドールさんの一言でピアノを持って帰って練習することにした。
重いピアノを抱えてるから、ほうきさんは左へ右になかなか危なっかしくて。
トムが何度か悲鳴を上げたけど、何とか家に無事辿り着いた☆
「 J 、 J 。開けてよ、ピアノだよ」
「なんだよエイミー」
J はちょうど花瓶のお花に水をやりに庭に出ていたところだった。
「それ……中に入れるわけ?」
「一週間でいいの。うん、一週間だけ」
「しょうがないなあ」
J も手伝ってくれピアノは無事部屋の中に収まった。
「他の物、何も置けないなあ」
なんて J が言うけど、もう無視、無視。
「さあて、ピアノが来たところで」
J が言うより先に☆
「一週間後のコンサートでピアノを弾くことになったの。あの天使の合唱団の子達と一緒に」
「それは良かったな、エイミー」
J がピアノの黒鍵をぽんと指先で叩いた。
「一曲、弾いて聞かせてくれよ」
そう言う J の瞳が悪戯坊主みたいにキラキラ輝いている。
「まかしといてよ」
早速、鍵盤の前に向かい大きく息を吸い込んだ。
タンタタターンタターン。
うん順調な滑り出し、
タンタタターンタンタタターン。
トムがピアノの上で踊り出した。
テオドールさんに教わった通りに弾き終わると、 J が惜しみない拍手をくれた。
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「少しの間の練習で、本当に上達したぞ、エイミー」
「なんだかお嬢さんになったみたいだね、エイミー」
へへへっ……なんだか褒められると照れくさいや。
暇になった時にトムと一緒に連弾も楽しんだ。
「トム、なかなかやるね」
「エイミーが出来るんだったら、トムにも出来るさ」
「こらあ。言ったなあ」
何やかんやで時間が過ぎ、ついにコンサートの日がやって来た。
パンパカパーン☆
ラッパの音があちこちに鳴り響き、平和の広場中が白い薔薇で埋め尽くされている。
この国の人はみんなお祭り事が大好きみたい。色んな衣装を着た人種の人が天使の合唱団の声を聞きにやって来る。
「エイミー、頑張れよ」
J が励ましてくれる。
「はいっ!!」
何だか周りのお祭りムードに、こっちまでうきうきしてくるね♪
「それでは本日のビッグイベント。天使の合唱団によるバッハの「メサイヤ」をどうぞ、お聞き下さい」
指揮者のテオドールさんの挨拶と共に、黒い垂れ幕が一斉に上がった。
エイミーのピアノの音に合わせて、天使の合唱団が声を張り上げて歌う。
聴衆はその響きに耳を傾けて。
皆、それぞれに感銘を受けたようだ。
パチパチパチパチ。
割れるような拍手が鳴り止まない。
一つも間違いなく弾けたし。
何だかいい感じ☆
「エイミー、今日のコンサート、凄く良かったぞ。何だか、久しぶりに心が洗われるような清々しい感覚だな?」
J に褒められながら、テオドールさんにもらったばかりの合格のサインを見つめたら、何だか涙が目の縁ギリギリまで溢れ出てきた。
頑張ってなにか一つやり遂げて良かった──。
ふと顔を上げると、流れ星が一つ。
すーっとエイミーの涙で曇った視界を横切って過ぎ去った。
-54-
──試験が全部合格してめでたくこの国の一員になれますように──
流れ星に向かって、想いのたけを込めてそう祈った。
隣を見上げると、 J が同じ瞳で流れ星を目で追っていた。
冬がどんどんと近づいてくる。
そんな一日の出来事だった。
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