第4話
アニエスの母は驚いた後に、喜んでくれた。
ディルク家にも挨拶に行ったが、ラファエルの家族はラファエルが自分たちより爵位が上になることは、気に入らないようだった。
ジョルジュの婚約者に至っては、ひどくショックを受けていた。彼女のせいでこんな展開になったのだ。自業自得としか言いようがない。
たった一週間の間に結婚の手筈が整い、二人は夫婦になった。そしてラファエルは結婚と同時に騎士団を辞めた。
陰では外に出て働くアニエスと、家に入ったラファエルの結婚を夫婦あべこべでどっちが妻で夫かとか、揶揄する者はいた。
「ん、ラファエル」
式での誓いのキスが初めてだったが、その時にした口づけより、さらに深い口づけで、彼が迫ってくる。
彼の舌が唇を割って彼女の舌に絡みつく。生まれて初めての深い口づけに、アニエスは衝撃を受けた。
「今日のアニエスは、いつもと違いますね」
結婚にあたり、ラファエルは彼女のことを名前で呼ぶようになっていた。
最初は気恥ずかしかったが、夫婦になるのだからそれも当然だと思い直した。
「へ、変かな?」
アニエスには、何もかも初めてづくし。男性とこんな風に口づけするのも、寝室で二人きりになるのも、この日のためにと母が用意した薄い透き通った生地の夜着を着るのも、果たして意味があるのかわからない布地面積の少ない下着も。
着慣れない物に身を包んで、居心地の悪さにアニエスは腕で前を隠した。
「いいえ、変ではありません。素敵です」
「そ、それは良かった。あ、あなたも…その…いつもより、色気が…意外と筋肉が…」
彼の着ている袷が少し開けて胸板が見えている。着痩せするのだろう。意外に筋肉がついていた。まだ少し濡れた髪が首筋に張り付いていて、それがまた色っぽい。
「一応この前まで騎士団にいましたから」
「そ、そうだな…」
「アニエス」
耳元で囁かれ、それだけでアニエスの心臓の鼓動が速くなる。
「な、に?」
「初めては痛いかも知れませんが、後できっと気持ちよくなります。力を抜いて僕にすべてを委ねてください」
「う、わ、わかった。その…ご、ご指導よろしく」
つい普段の訓練での話し方になり、ラファエルがクスリと笑った。
それからの結婚後の生活は、思った以上に順調だった。
ラファエルは日々読書や屋敷内の業務に勤しみ、アニエスの母とも仲良くやっていた。
ベルフ家の実権はアニエスにあったが、細々したことはラファエルが処理をしてくれ、彼女は最終の決定を下すだけで良かった。
夫婦同伴で夜会に出るとき、アニエスに対する女性達の視線は厳しかったが、何とかうまくやれていた。
夜の生活は、それからも定期的に続いた。
暗黙のうちに、営むのはアニエスの休みの前日と決められ、普段二人は別々の寝室を使っていた。
その時になるとラファエルが彼女の寝室を訪れ、終わると自室へ引き上げる。
やがて結婚から一年半が経っていた。
アニエスに妊娠の気配がない以外は、表向き順調な関係が続いていた。
しかし、アニエスは知ってしまった。
他の夫婦が、どんな夜の生活を送っているのかを。
そして、ラファエルと自分のそれが、普通と違うことを。
「きっと、彼にとっては義務なのよね」
アニエスは叔父と従兄から家を護りたかった。
ラファエルも異母兄の婚約者や、他の女性達を退けたかった。
「まあ、あんまり私は虫除けにもなっていなかったけど」
アニエスとの結婚後も、ラファエルに好意を抱く女性は後を絶たなかった。
ベルフ家の使用人達も、若い女性はこぞってラファエルに近寄ろうとした。お陰で本館は年配の女性や男たちばかりになった。
「私って役立たずね」
アニエスは彼が消えた扉の向こうを黙って見つめた。
彼は自分との結婚を後悔しているのではないか。
自分は彼のお陰で家を護ることが出来たが、彼の役にはまったく立っていない。
子作りの為の義務としてアニエスを抱き、それで納得しているのだろうか。
そんな時、ある法律が施行されることになった。
「女性にも特定の条件を満たせば、爵位継承を認める」というものだった。
来月からその法律が施行されることを知ったアニエスは、ある決意をした。
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