第3話
アニエスは騎士団で順調に出世し、それなりに高い評価を得ていた。
血筋も実力も、家を継ぐ能力は十分にあると自負している。
しかし、バルタサールでは女性に爵位継承は認められていないため、いくら正当なベルフ家の血筋であっても、アニエスは爵位を継ぐことは出来ない。
いずれ彼女は結婚すれば、その問題はそれで解決する筈だったが、彼女が二十ニ歳になった年に父が突然急死した。
男子のいないベルフ家を存続させるには、血縁から後継ぎとなる男子を迎え入れ爵位を継がせるか、アニエスが結婚してその相手が伯爵位を継承するかだ。
それを父の弟である叔父が、見逃すはずがない。
叔父は次男で爵位を継げないことを、ずっと恨みに思っていた。叔父は伯爵家を手に入れるため、アニエスを自分の息子ルーフェと結婚させようと目論んだ。彼と結婚した途端、実権を奪われいいようにされてしまうのは目に見えている。
剣術の腕を磨くことなら、己が頑張れば何とかなる。でも結婚は一人ではできない。
男性には男性のプライドというものがあって、女性の下に就くことを嫌う事が多い。
でも、ベルフ家の正当な後継ぎは自分で、それが女であるというだけで夫に全て奪われるのは嫌だった。
アニエスの知り合いでは、その条件に合う人物を探すのは困難だった。
アニエスにはもう後は無く、たとえ相手がバツ一、バツニであろうと、うんと年上であろうと、禿げていようと太っていようと構わないと思った。
そんな時、突然彼女の家を訪問した人物がいた。
「ディルク?」
「はい。先輩。お久しぶりです」
そこにいたのは、ラファエル・ディルクだった。
「久しぶり、どうしたの急に」
「お父上のこと、聞きました。お悔やみ申し上げます」
「わざわざありがとう」
「それで、噂で聞いたのですが、爵位を護るために結婚相手を探していると聞きました。僕ではだめでしょうか」
「え?」
突然の申し出に、アリエスは目をパチクリさせた。
「私ではご不満ですか?」
アニエスの戸惑いに、ラファエルが寂しそうに見つめてくる。出会った頃から、彼はよくアニエスにこんな表情を見せていた。まるで褒めてもらうのを期待している犬のようだ。
「ふ、不満とか…その、ディルク本気? 名ばかりの当主でいいの?」
「僕はお飾りでいいです。手助けがほしいというなら、協力はしますが、領地運営に興味はありません。僕は既婚者という肩書きがあればいいんです。それで群がる女性の何割かは防げるので」
「女性除け」
「ジョルジュが最近婚約したばかりなのですが、その女性が…」
ジョルジュは彼の異母兄だ。彼の婚約者がラファエルに言い寄ってきて、ただでさえ彼にいい感情を持っていない義母や異母兄からの恨みが益々募っているらしい。
「家に居づらくなって、今は宿住まいをしています。でも、そこでも女性従業員が勝手に僕の部屋に押し掛けてきたり、大騒ぎになりました」
「そ、そう。それは大変ね。でも、それと結婚は…」
「先輩はかつて僕を助けてくれました。今度は僕が協力する番だと思います」
「そんな、あれくらいのことで」
「いいえ。先輩には大したことはなくても、僕には忘れがたい恩です」
数年前の些細な出来事とは言え、アニエスも忘れたわけではない。
アニエスに対しては、屈託のない笑顔で接してくれている。
モテすぎるというのは、悩みに入るのかどうか判断できないが、彼にとってはあの顔で生まれたことが不幸なのかも知れない。
結婚するに当たり彼がベルフ家の養子に入り、名義を全て彼と彼女の共同名義にして、実権はアニエスが持つという覚え書きを交わした。
そこまでの譲歩をしてもらって、アニエスに断る理由はなかった。
条件としては悪くない相手だと、わかっている。
ただ、相手の容姿が彼女の予想以上に良すぎて、一抹の不安を拭えない。
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