第2話
ラファエルは騎士団ではアニエスの後輩だった。
ベルフ家は武門の名門として有名で、アニエスも将来は女騎士として国に仕えようと心に決め、幼い頃から騎士になるために努力してきた。
元々の才能と、努力で剣術の腕も男性たちに引けを取らず、実力は十分にあった。
貴族の令嬢としてはしとやかさに欠けていたあが、目の覚めるような赤毛に溌剌とした榛色の瞳と、正義感が強く凛々しい顔立ちの彼女は、学生時代は親衛隊もいて、そこら辺の男性たちより女性にモテた。
ラファエルは、ディルク子爵の次男で、その美貌を彼は母親から受け継いでいる。
青みがかった銀髪に、氷のような薄青の瞳。女性よりも美しい顔立ちは、誰もが目を瞠った。
しかし彼の実の母親は踊り子で、その美しさに魅せられた彼の父親が、無理矢理愛人にして産ませたのだった。
彼の母親はそのことを正妻に知られ、住むところも職も奪われ、子爵に彼を押し付けて命を絶ったという。
彼の家庭の事情は入隊時の書類と、周りの噂話からある程度の知識はあった。
彼の美貌は、入隊当時から話題になっていた。女性騎士や女性事務官たちが彼の目に止まろうと、必死になっているというのを、彼女は他の騎士たちから聞いた。
しかし、誰一人彼の心を射止めた者はいなかった。
バシッ
ドサッ
―何か揉め事かしら?
廊下を歩いていたアニエスは、庭で何人か集まっている現場に出くわした。
「あなたたち、そこで何をしているの」
アニエスは、看過できずに声をかけた。
ビクリと騎士たちが驚いて、こちらを振り返った。
「げ、アニエス・ファン・デン・ベルフ」
「やばい、部隊長だ」
彼らはアニエスを見て青ざめる。
名前は思い出せないが、顔は見覚えがある。確かアニエスの少し下の、別の隊の者たちだ。
彼らの向こうには、お尻をついて座り込んでいる人物の下半身が見える。
「そう、私はアニエス・ファン・デン・ベルフよ。あなたたちは、ここで何をしているのかしら」
聞こえてきた内容からすれば、大勢で一人に対して言いがかりをつけているように見える。
「やばい、逃げろ」
彼らはアニエスの登場に慌てて、その場から逃げ去った。
「わかっているな、ラファエル。身の程を弁えろ」
一人が去り際にそう言い放った。
「ラファエル?」
アニエスは一人残された人物を見て、それが噂のラファエル・ディルクだとすぐにわかった。
彼はぶたれたらしい頬を赤くして、立ち去った騎士たちの方に厳しい視線を向けていたが、アニエスと目が合うとその表情を和らげてニコリと微笑んだ。
「ありがとうございます」
なるほど、女性たちが騒ぐだけのことはある。たとえ傷ついていたとしても、その美貌の破壊力は決して損なわれていない。騎士団には貴族の子弟が多く、大抵整った顔立ちをしているが、その中でも、彼の美貌は際立っている。
しかし、彼女の好みは歳下ではなく、落ち着いた歳上の男性だ。
「いえ、大丈夫です」
立ち上がるのを助けようと差し出したアニエスの手を彼は断り、立ち上がると制服についた土埃を払った。
「ハンカチは持ってる?」
唇から血が出ているのを見て、アニエスはポケットからハンカチを取り出した。
「ありがとうございます。ベルフ先輩」
しかし彼はそれを受け取らず、締めていたタイで血を拭った。
「よくあるの?」
「まあ…」
「上に訴えたら?」
「いえ、半分身内ごとのようらものなので…彼らは僕の兄の友人達です」
「お兄さん?」
「はい。ただし半分だけ」
「ああ」
ラファエルが庶子であることは耳にしていたので、驚きはしなかった。
「上官だし、部隊長としてこの部下が困っているなら力になりたいと思っているだけよ。あなたもここの仲間なんだから」
「ご立派です。正義感が強いのですね」
「お節介で、貴族令嬢らしくないとよく言われるけどね」
「貴族令嬢など、表向きは着飾っていても、その中身は醜悪な者が多い。そのような令嬢になる必要などありませんよ。ベルフ先輩は彼女たちよりずっとずっと素敵な人です」
「…そ、そう。ありがとう」
他の令嬢たちへの辛辣な言葉に驚くとともに、褒められてアニエスは照れた。
「でも、ありがとうございます。このご恩は忘れません」
「そんな大袈裟な」
「いいえ。殆どの者が見て見ぬ振りをしている中で、部隊長だけが助けてくれました」
その出逢いがきっかけで、彼はアニエスを見たら笑顔で駆け寄ってくるようになった。
その出自のせいか、人に心を開かなかった彼が、アニエスに懐いたのを見て周りは驚いていた。
アニエスとしては、ほかの部下達と同じように接していたつもりだったが、彼は男でアニエスは女だ。しかもラファエルはその美貌で多くの女性たちを惑わせてきた。
しかし、アニエスがラファエルに落ちたというのはあっても、ラファエルがアニエスに落ちたと考える人がいないことに、アニエスは密かに苦笑した。
しかし、二年前ラファエルはその後すぐ国境勤務に配属され、以降彼と会うことはなかった。
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