1話②

「確かに顔はめちゃくちゃ可愛いし、俺が観測してる範囲での外面・性格だって文句なしだ。なんだけどな」

「けど?何か不満でもあるのかよ」

幼馴染の贔屓目なしにしても玲奈は完璧と言っていいぐらいの女の子だった。

だから適当なことを言うんだったら、再びバックチョークをお見舞いしてやろうと思っていた。

「俺の直感だけど、あいつ、なーんか好きな人いそうな気がするんだよなぁ」

「え?」

正直、意外でしかなかった。

でも一成は少なくともオレなんかよりはよっぽど恋愛経験は豊富だ。

だからオレの感覚よりもはるかに信憑性があるように思っている。

オレよりも一成のほうがはるかにクラスメイトと打ち解けているから、オレの知らない情報網か何かで知っていることもあるかもしれない。

「誰なんだよ、心当たりでもあるのか?」

「いや、そういう話は聞かないんだけどな。誰々が藤島に告って振られたって話はよく耳にするんだけどよ」

「なんだよ、実際に彼氏がいるとかじゃないのか・・・」

ホッと胸を撫で下ろす。

「何安堵としてるんだよ、お前。やっぱ気があるんだろ」

「ちげーよ、どこの馬の骨かもわからんやつが彼氏で、そいつがお似合いじゃなかったらオレの美女に対する理想像が崩れるなって思っただけだ」

「安心してるところ悪いけど、1つ可能性を忘れてると思うんだなこれが」

「・・・なんだよ?」

女子生徒にたかられてボタン1つなくなった虚しい自分の胸元を、一成は誇らしげにクイクイと指差した。

「藤島の好きな相手が俺って可能性はねーのかよ?」

「お前みたいなキモオタが好きな相手だったら悲しさを通り越して哀れになってくるわ」

「おま、やっぱり藤島のこと・・・」

「ちげーよ!・・・お前らの言うように確かに見た目だけはいいってだけで」

「はいはい、素直じゃないですねぇ」

「うっせぇ、バカ」

一成には見た目だけなんて言ったけど、本当は中身も込みで良いと思っている。

まだ教室はオレたち以外にも話し込んでる奴らがちらほらいた。

そんな中でも、オレはあの幼馴染をどうしても目で追ってしまう。

一成の言うように、オレのキモさは筋金入りなのかもしれない。

あいつの顔を見ていると、いつの間にかあいつとの子供の頃の記憶が、ぼんやりと脳内に浮かんでくる。

一成は知っているのだろうか。

オレと玲奈が保育園の頃からの幼馴染だということ。

そして、学校でも人気者で才色兼備な藤島玲奈には、両親がいないことを。



幼い頃の記憶。いろんなことがもうぼんやりとしか覚えてないし、それが正しいものなのかすらもあやふやになっている。

時間が経てば経つほど、歳を取ればとるほどその記憶が泡沫のように儚く消えていくような気がして怖い。

もう母の声も正確に思い出せなくなってきていた。

昔はそういう徐々に喪失していく感覚が寂しくて怖かったのだけど、今ではその恐怖心も薄れてきている。

オレはきっと冷たい人間なのだろう。

でもそんな薄情なオレにも、色褪せず薄れない記憶がある。

藤島玲奈との思い出だ。

あいつと過ごした日々だけでは、今でも鮮明に思い出せる。

父親が仕事人間でほとんど家にいないなか、幼少期からずっと一緒に過ごしてきたのは、隣にいたのは、いつも玲奈だった。


あいつと初めて出会ったのは保育園のときだった。

初めてあいつをみたのは、あいつの保護者であろう大人に手を繋いで連れられてやってきたのをみた。

玲奈は児童養護施設にいたらしく、そこの目と鼻の先にオレの通ってる保育園があったから、あいつも通うようになったのだ。

父が迎えにくるのは周りの子達のお迎え時間を大幅に過ぎた時間だったし、他の子たちが帰ってもオレは一人で遊んでいるしかなかったからよく覚えている。

あいつも遅くに帰っていたからか、二人で一緒に遊ぶ頻度がだんだん増えていった。

小さい頃からオレは一人でいるのが好きだったし、一人で遊ぶことが多かったから、同じような性分だったであろう玲奈とは気が合ったように思う。

「こうちゃんは、なんでいつもかえるのがおそいのぉ?」

ある日二人きりでいる砂場で、建物を建造しながら玲奈はオレに聞いてくる。

小さい頃は玲奈はオレのことをこうちゃんって呼んでいたんだっけな。

今はそんなふうにあだ名で呼ばれることはないし、そもそも話す頻度さえ激減したわけだけれども。

「おとうさんは、かえってくるのが、いつもおそいから」

「ふぅん」

喋りながら、二人で建築作業に取り掛かる。

「こうちゃん、こうちゃんのおかあさんはおむかえにこないの?」

「おかあさんはもういない。しんじゃったから」

「・・・そうなんだ」

オレは気を紛らわせるかのように手に握った砂を力強く叩いた。

玲奈に悪気はないのはわかっていたし、別に聞かれても困ることではなかったから怒ったりなど全くしなかったけども。

ただ、あまりそういうことを考えたくないと思っていたのも事実だった。

「れいなちゃんもおそくまでいるけど、なんで?」

オレはごく自然に思っている疑問を素直に聞いてみた。

スコップでぱんぱんと建築物(あの日は城だった)を叩く玲奈は、一呼吸置いてから悲しそうな声で言った。

「あたしはおとうさんもおかあさんもしんじゃったから」

オレはそのときはじめてあいつの口から両親がいないことを聞いた。

みんなといるよりも一人で遊ぶ方が好きで、お迎えが来るのも遅い。

そんな共通点だけでなく、オレと同様にあいつにも母親はいなかった。

それどころか、あいつの場合は両親がいなかった。

父親も母親もいなかったあいつほどではないが、母親のいなかったオレも同じような孤独を抱えていた。

馬が合うだけでなく、そういう負の感情的な共通点があったから、自然と仲良くなったのかもしれない。


今思えば、あいつは児童養護施設にいるのだから、別にわざわざ保育園に通わなくてもいいのではないかという気がする。

別に遅くまでいる必要もないはずだし、施設に遊び道具もあったはずなのに、オレと一緒に遅くまでいたんだっけ。

これは推測だが、児童養護施設が肌に合わなかったのか、あるいは保育園のほうが遊具が充実してたとかそういう理由なんじゃないかと思っている。

似たような境遇で馬が合うオレと少しでも長い時間一緒にいたかった、なんていうのは自意識過剰なオレの単なる願望的妄想でしかないだろうけど。


その日以降ずっと、昼ごはんを食べるときも、お昼寝をするときもいつもオレは玲奈の隣にいたし、玲奈の隣にいることを望んだ。

他の園児が玲奈の隣にこようものなら、無理矢理どける悪行だって何度繰り返したかわからない。

「ぼくはれいなちゃんのとなりがいい」

玲奈のそばに少しでも居たいがために、他の子に横暴な態度をとるオレに怒ってきた先生に対してそこだけは譲らなかったのを覚えている。

あまりにオレが頑固だったからか、やがて先生たちも呆れてオレと玲奈の強すぎる関係を黙認しているようだった。

もちろんこの頃からお互いに好いていたとかそういう関係じゃない。

好きとか恋愛とかそういうのではなく、ただ単にずっとそばにいる関係。

オレにとって、玲奈という存在が大きくなって、他の子達と違う女の子だと意識するようになったのは、親がいないと話してくれたその日がきっかけだったように思う。

あの日を境に、オレの玲奈を見る目が変わったのだ。

玲奈はぼくが守る。

誰から?何から?どうやって守る?

そういった具体的なことを何も考えないまま、ただ漠然とした強い思いだけが一人でに大きくなっていったのだった。



保育園の頃に続いて、小学生の頃も玲奈と二人で公園で遊んでいた。

玲奈もオレも、家と保育園から近い公立の小学校に入学した。

今思えば同じ小学校に入学できたのはとても運が良かったように思う。

仮にオレが父親の転勤なんかで別の地区に移っていたら、今もこうやって玲奈と同じ高校に通うことなんてできなかっただろうから。

人生というのは些細な出来事の積み重ねなのだなと改めて感じる。

オレの記憶では、小学生になっても二人とも相変わらず、外に出て多くの友達と活発に走り回るよりも、一人で本を読んだり静かに過ごしている方が好きだった子供のように思う。

あいつはオレに合わせてくれているだけだったかもしれないが、少なくともオレはそうだった。

その頃からの影響か、オレは今でも休み時間は机に突っ伏して寝ている(あるいは寝ているフリをしている)し、ぼーっと窓の外の空を眺めてばかりいる。


小学校高学年ぐらいから、できるだけ父に迷惑をかけないように生活して、大学を出たら独り立ちすると考えていた。

玲奈と図書室で話したりしても、彼女も同じような考えを持っているのがわかった。

「できることは独りでやる」が俺たちの共通するモットーだった。

父が家を空けることも多かったオレは、できるだけ洗濯や風呂掃除なんかも一人でやって、だんだんできるようになっていった。

料理だって簡単かつ我慢すれば食べられる程度のまずいものだったら作れるようになった。最終的に全然上達しなかったが。

そんな感じで、玲奈とオレは一人で生きていくための家事のやり方とかを共有しあって、お互いに生きる術を身につけ、それを上達させていったのだと思う。

そういった独立志向が強かったオレたちは自然と同学年の他の連中よりも大人っぽい、早く成熟した子供になっていたように思う。

特に玲奈はそんな感じがした。

背が伸びるのもオレより早かったし、小6の頃なんかは他の誰よりもお姉さんに見えた。

一成に話した、玲奈を母性的とは思わないって意見、あれ撤回させてもらうわ。

こうやって当時のことを思い出せば、少なくとも小6の頃、オレの目には母性的に映っていたように思う。


小学校以外の時間も、オレたちは一緒にいることが多かったように思う。

大抵の場合公園か、オレの家に玲奈を呼んで遊んでいた。

父は今と同じく昔もずっと家を空けていたから、自分の家に玲奈と二人っきりで過ごしていた。

ごくたまに父が早く帰ってくる日があっても、オレの小学校の友達が遊びにきている程度の認識しかなかった。

父は他人の顔を覚えるのが苦手だったし、そういうことにも無頓着だったからだ。

逆に玲奈のほうは、対面の機会が少ないものの父の顔をしっかりと覚えいてた。

運動会とかでたまに顔を見せる父を見て「こうくんのお父さんだよね」とすぐ判別がついたからだ。

オレの家だったらテレビゲームなんかも置いてあったし、玲奈が好きそうなソフトを父に買ってもらって二人でよく遊んでいた。

それ以外だと、家にある本を読んだりして一緒に過ごしていた。


そんな風に、男友達に近いぐらいの距離感でオレと一緒にいた玲奈。

昔は玲奈も男みたいに短髪だったが、小学校高学年ぐらいから髪の毛を長く伸ばして一気に女の子らしくなった気がする。

別に容姿が良かったから玲奈と一緒にいたわけではないけれど、この頃から玲奈を見る周りの目も徐々に変わっていた気がしなくもない。

そういう女の子の身体的な成長が早くなる時期と同じぐらいの頃、小学校中学年ぐらいになると男女で遊んでいるのを茶化してくる連中が出てくる。

特に男子。

今思えば玲奈といつも一緒にいるオレへの嫉妬だったのか?

可愛い女の子にイタズラしたくなっちゃうよくある的な?

保育園の頃だったらそんな奴らはいなかったのだが、誰しもが通る道というか無理もない自然なことだろう。

オレと玲奈も随分茶化されたように思う、特にオレが。

お前ら付き合ってるのかとか、お前は玲奈以外友達いないのかとか。

実際、オレは保育園のときと同様、学校内外問わずほとんど玲奈と一緒にいたし、ぶっちゃけ玲奈以外興味がなかったのもあるが。


いじめというほどではないが、男子生徒から茶化されたりして喧嘩になったりもした。

それで怪我した時なんかもあって、保健室に先生がいなかったときは玲奈に簡単な消毒とかしてもらったっけ。

もちろん小学生なので出来る処方なんかたかが知れているのだけど。

処方してくれる玲奈に聞いたところによると、一輪車に乗ったりしても玲奈は運動音痴な方だったから怪我することも少なくなかったらしく。

保健室によく通って先生に処方してもらったから、そのときに見ていてやり方をだんだん覚えていったそうだ。

実際の簡単な処方よりも、玲奈がそうやってオレのために世話を焼いてくれていることが何より嬉しかった。

それこそがオレにとって一番の治療だったといっても過言ではなかった。

玲奈に対して他の人とは違うと思うようになったのは保育園での出来事がきっかけだった。

そして初めて玲奈に対して胸がドキドキしたのはこの保健室での出来事だったかもしれない。

母親のいなかったオレは、身近な人間にそういうことをしてもらったのは初めでだったのだ。

・・・小学生の頃を回想しても、こういう仕草も母親っぽいというか母性的といえばそうだよな。

何が「あいつは母性的でもなんでもない」だよ、バカかオレは。



回想一旦終わり。

遠くからでも玲奈を見ているだけでこれぐらい脳内では頭が回転するのだとわかった。

改めて今の玲奈を見て思うが、相変わらずいつ見ても綺麗というか。

一成の言うように、学年で一番、いや贔屓目を抜きにしても学校で一番美人な気がする。

今日の卒業式でも、オレの目には一人だけ目立って見えたように思う。

中学、高校と年齢を重ねるたびにその非凡な美貌は保たれるどころか一層際立っていった。

それが高校最後の卒業式にピーキングされていたのではないかとすら思う。


それにしても、あいつとの思い出は全部鮮明に覚えていると息巻いていたくせに、ただ1つだけどうしても腑に落ちないことがある。

それは、あいつとなぜ疎遠になったのかということだ。

思春期だったから、自然と男女で一緒にいるのが恥ずかしいと思うようになったからか?

玲奈とは中学の頃からすでにほとんど喋った記憶がない。

にも関わらず小中高と同じ学校なのだ。そして高3に至ってはついに同じクラスになってしまった。まぁ、そんな生活もあと数日で終わるのだが。

「どこの大学行くのかぐらいは聞いておいても良いんじゃないか?」

一成の声で視線を目の前の男子生徒に戻した。

「なんで?」

「なんでってお前、そりゃ今後会えるかもしれないだろうが」

「別に会いたいなんて思ってないよ」

「まぁ、仮に連絡先聞けなくても今のご時世人伝に辿っていけば連絡先なんてすぐわかるかもしれないけどさ。卒業式に告白されたりとか話しかけられたことって、普段の何気ない会話よりは印象に残るもんじゃね?」

「そういうもんかねぇ」


それはたしかに一成の言うとおりかもしれない。節目の日の出来事というのは、何もイベントのない日に起こったことよりも印象に残りやすいものなのだろう。

こいつはこいつなりに、オレにアドバイスしてくれて背中を押してくれているのだと思う。

オレが玲奈を好きだと思い込んでいるのはどうかと思うが。

それから一成とくだらない話をしばらく続けて、級友との会話を楽しんだ。

そのあと一成は座っていた席から立って、カバンを持ち上げた。

「それじゃあな、康祐」

「おう、また」

「同窓会とか呼ばれたら絶対来いよ」

「考えとく」

一成は手を振って駆け足で教室を出ていった。

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