やっぱりオレは、君を母さんとは呼べない。
りんきり
第1話 父親の再婚相手がオレの初恋の人だなんて思うわけがない。
1話①
春、暖かな気温のなか、出会いの蕾がたくさん花開く季節。
高校を舞台にここから新しい学校生活が始まって、騒がしいラブコメが巻き起こる。
そんな華やかな物語が幕を開けるかと思いきや、残念ながらそうはならない。
華の高校生活も今日で終わりだ。
出オチになってしまい申し訳ない。
日本のアニメや漫画は10代・それも高校生の主人公ばかりが登場人物で、舞台はだいたい高校で、というお決まりの設定が主流らしい。
だが残念なことに、オレが今じかに見聞きして体験しているこれがアニメや漫画なのだとしたら、そんな学園ラブコメは始まる前に終わってしまうのである。
なんせ今日は高校の卒業式だからだ。
そう、春は桜が綺麗に舞う出会いの季節という側面もあれば、別れの季節でもあるのだ。
ようやく長かった冬が過ぎ去り、暖かい日々がやってくるかと思いきや、これまで一緒に学校で過ごしてきた仲間達との別れがやってきたのだ。
高校の卒業式から始まるアニメとか漫画って今まであったか?
いや、普通にあるか。これだけ娯楽に溢れた現代だったら、探せば必ず出てくる。
高校3年生のオレ、
卒業式は朝から催された。
諸々の挨拶や送辞、答辞などの事務的なやり取りが行われた後、卒業式で歌う定番の唄が体育館に鳴り響く。
泣きながら歌う人、声をしゃがれさせながら歌う人、口を小さく開けて静かに歌う人、口を開けずに無言で立っている人。十人十色の生徒の姿が見てとれる。
かくいうオレは、歌っているフリをしてつっ立っているだけだった。
ろくに練習した記憶もない、うろ覚えの歌詞を口ずさんでいる程度。
我ながらあまり褒められた態度ではないと思う。
チラリと後方の女子生徒の方を見る。
彼女もまた、無表情で淡々と歌っていた。
あいつとは保育園や小学生の頃は一緒に遊ぶことも多かったはずだけど、多分もう向こうはそんなどうでもいいこと覚えていないんだろうな。
あいつが今何を考えているのか、そんなふうな考えても無駄な・答えのわからない問いをぼんやりと上の空で考え続けていた。
オレにとっては、卒業することよりも卒業してから数日後にある前期試験の結果発表の方が気になっていた。
第一志望の大学に受かっているか、落ちているか。
それについても結果を見るまでわからないのだから、藤島玲奈が何を考えているのかを妄想するのと同じぐらい無駄で無意味な時間に思えた。
式が終わると、体育館付近で人がごった返した。
式典中の静かで厳格な雰囲気とうってかわって、いろんな声で溢れかえっている。
涙ぐむ後輩から挨拶される同学年の生徒や人気者のイケメンは、後輩の女生徒から制服のボタンを懇願されむしり取られている。
こういった光景も中学校の頃にすでに見慣れたものだった。
そして高校の卒業式でも、小学校・中学校と同じでどの家庭からもだいたい母親がやってくる。
あぁ、またこの季節がやってきたのかと内心思ってしまう。
どこを見渡しても母親・母親・母親だ。
もちろん父親が出席してる家庭もあるし、オレみたいに誰も両親の来ない家庭もあるだろう。
オレには両親がいないわけではない、父親がいる。
だがベンチャー企業勤務の父はとても仕事が忙しくて、子供の頃からほとんど学校行事に参加できたことなんてなかった。
別にそれを恨んだことはない。
オレがこれまで何不自由なく生活してこれたのは、仕事で金を稼いできてくれる彼のおかげで、むしろ感謝しているぐらいだ。
オレには父親はいたが、母親がいなかった。
母親、母、mother、ママ。
人間は誰しもが母親から生まれる。母親から産まれない子供はいない。
産まれてから、親から捨てられたりする例もあるだろうが、それでもこの世に生まれ出る瞬間には、母親の身体から出てくるはずなのだ。
オレも当然そうだったはずだ。
はずだというのは、覚えていないから。
オレに母親はいない。オレが物心ついてからすぐに亡くなってしまったからだ。
母さんが死んだ理由は、自殺でも他殺でも、交通事故とか不慮の事故でもなかった。
病気だったんだ。病院に父と2人で手を繋いで何度も通ったのをうっすらと覚えている。
母さんが生前に不倫していたり俺に対してネグレクトなんかしていたのなら、俺だって母さんを恨むことができた。
母親という存在に対して憎しみの感情を持ち、その怒りを人生の糧にしてモチベーション高く日々を過ごすことができたのかもしれない。
でも病気で亡くなったのだ、恨む気持ちなんてこれっぽっちもない。
俺にとっての母親とは、いなくなってから虚無感を残していった、恨んだり憎んだりできない人だった。
ただ母に焦がれて、母親という存在に飢えているのである。
子供の頃から授業参観だとかなんとかで、母親がいないときにもどかしさや寂しさを感じていた。
運動会の二人三脚でも、周りが母親と一緒に出ているときでもオレには父親しか選択肢がなかった。
そして大抵の場合父はそばにいないので、父が仕事で来れないときは代わりの大人にお願いするしかなかった。
不幸自慢とかそんなことをするつもりは一切ない。
このご時世、離婚した家庭もたくさんあるだろうし、むしろ父母二人揃っている家庭の方が珍しいのではないかとさえ思える。
母がいないことはたしかに寂しかったけれども、それ以上に嫌なことがあった。
周りの大人、友達の親や先生たちがオレに気を遣っているのが伝わってきたことだ。
それは優しさなのだろう。
決して悪意なんかじゃないし、オレを傷つける意図のあったものではなかったのもわかっている。
でもその優しさが、オレのことを可哀想だと思って同情してくれているとわかっているからこそのそういった配慮が、オレにとってはどうしてもやるせない気持ちにさせていたのもまた事実だった。
普段友達と話していていつか必ず話題に挙がるのが家庭の話だ。
親の話とか兄弟の話を赤裸々に話すわけではないが、愚痴っぽい感じでぽつぽつと家族への不満が漏れるという程度だけど。
家に帰ったらテストの結果で鬼のように怒ってくる母ちゃんが鬱陶しいだとか、部屋の片付けをしろと母親がうるさいだとかそんな感じ。
オレは自分の父にそういった不満はなかったし、そもそも父はほとんど家にいないから話す機会もあまりなかった。
そんなオレが、思春期になってから自分の母親をババアと呼ぶ同級生たちを見ていて思ったのは。
オレだって母親を鬱陶しいと思いたかったし、ババアって呼びたかった。
母親と思いっきり口喧嘩したかったし、母親に怒られたかった、叱ってほしかった。
母親がいるお前らが羨ましかった、ということ。
でもそれはきっと一生叶わない。
多分父が再婚して新しい母親を連れてきたってそんな経験はできないだろう。
今日をもって高校を卒業するのだ、もうオレも子供じゃない。母親からそんなふうに怒ってもらえる年齢を過ぎているのである。
母親と話したり、後輩から話しかけられている同級生達をよそ目に、”オレと同じく母親の来ないあいつ”を探してみる。
彼女もまた同級生や後輩に囲まれ、屈託のない表情で微笑んでいた。
オレとは立場が違うようである。予想していた範疇ではあるが。
それに安心したからか、オレは彼女をみるのをやめ、雲ひとつない澄み切った青空をただじっと眺めていた。
◇
そうこうしていたら、いつの間にか式が終わって教室に移動していた。
教室に移動した後でも啜り泣いているクラスメイト達の声が聞こえる。
教壇に立っている担任もどこか涙目になっている。
だが相変わらず、窓際の席にいる藤島玲奈はポーカーフェイスだった。
いつも無意識に彼女の姿を目で追っている自分がいる。
なぜなのか、それはわからないけれど。
気づけばあいつのミステリアスで気品のある雰囲気に飲み込まれている。
ありがたいのかそうでないのかよくわからない、担任の最後の言葉を一通り聞き終えると最後のホームルームが終わった。
その後、級友達は名残惜しそうに教室を後にしていく。
一人、また一人と徐々に教室から生徒の数が減っていく。
けれどそのスピードはとても緩やかで、これまで一緒に学校生活を過ごしてきた友人達と話を楽しむ級友達の姿が教室にはあった。
まだそれなりに人数のいる教室から出るのが億劫で、しばらく自席でぼうっとしていることにした。
人数が減ってから教室を出る方がスムーズに出られると思ったのだ。
別にクラスメイトに話しかけれられたいとかそういう願望はない。
ないのだが、こちらが望まずとも声をかけてくるお調子者がいる。
「よっ、康祐!」
「おう」
他のみんなと同じように卒業証書の入った筒を片手に持って、ヒラヒラ振りながら空席になったオレの前の席に座った。
基本一人でいるのが好きな日陰者のオレにわざわざしつこく話しかけてくれた優しいやつで、いつの間にか一番話すようになっていた。
見慣れたはずのこいつの制服は、なぜかボタンが全部むしり取られている。
「お前ボタンどうした、いじめられたのか?」
「ちげーよ、後輩の女子達からたかられたの」
「お前が?嘘だろ」
「嘘じゃねぇよ、どうせもう着ないし良いかなって思って全部あげたけど」
実際のところ、一成は顔もイケメンだし明るい性格なのも相まって人気者だと思う。
なのでボタンをむしり取られたのも納得といえばそうだ。
「で、なんの用だよ」
「用がなかったら話しかけちゃいけないのか?根暗でキモオタなお前に話しかけてやってるんだから、俺の善意にもうちょっと感謝して欲しいものだが」
人気者様は普段他のやつの前では絶対に出さないであろう辛辣な言葉のナイフを、オレには遠慮なく投げかけてくる。
「根暗でキモいのはそうだけどもオレはオタクじゃねぇよ、バカ」
「嘘つけ、オタクだろうがよ」
「オタクはお前だろうが」
一成はオレみたいにクラスの隅っこで孤立しているぼっちというわけでもないし、同じくクラスの端でボソボソとオタク談義をしている陰キャラたちというわけでもない。
見た目にも十分気を遣って、TPOをわきまえていて、今風のライトなオタクといった感じ。
陽キャ集団の前ではオタクなのをうまく隠しているのだろう。
それか相手が不快にならない程度にオタクとしての我を出すのを抑えているのか。
実は陰で陽キャたちから「あいつはオタクでキモい」と陰口を叩かれているのだとしたらそれはそれで笑えるのだが。
冗談はさておき、どっちにせよ、こいつが器用に立ち回っているであろうことは間違いない。
こいつに限ってそんなヘマはしないだろう。
今日の卒業式後の制服を見ても、どうやらこいつは世間一般でいうところのモテる側の男だと判断して間違いなさそうだ。
「さっき他の奴らと話してたら、『卒業したらクラスの女子の中で誰が一番良い母親になるか』って盛り上がったんだよ」
「相変わらず気持ち悪いオタクだな、お前は」
「キモくねぇよ、重要な問題だ!」
一成は今日一番強い口調で机を叩いた。
「俺たちもあと数年すれば独り立ちして、ゆくゆくは誰と結婚するかみたいなことも考えるだろ?だから俺は、こういう話題になるのも不自然とは思わないけどな」
「オレは結婚する予定は今のところないけどな」
一成の言う、クラスの誰々さんが母性的かとかそういう話。
卒業式後の体育館付近で見かけた大勢の母親達もそうだが、今日は何故か母親の話がよく出るなと思った。
この高校の校歌にも母なる海だか母なる山だったかの歌詞があったっけか。もう今日を最後に今後の人生で歌うことはないだろうけども。
そういえば受験前の頃にこいつが言っていた、バブみがどうこうって話とも関連しているのだろうか?
一成から聞いた話では「バブみがある」なんていうバカみたいな表現も流行っているそうじゃないか。
何がバブみだ。昔のオタクは「〇〇たんはオレの嫁!」と自分で養う気概があったらしいじゃないか。
今のオタクはバブみがあるとか〇〇ママとか、対等な妻の関係を求めず、自分が養ってもらう受け身の情けない軟弱者に成り下がっているらしい。
日本男児も随分と脆弱になったものである。嘆かわしい限りだ。
ところでこれだけオタクについて語っているが、オレはオタクではない。
深夜アニメも見ないしラノベも読まないしソシャゲもプレイしないし、VTuberに投げ銭をするわけでも声優やアイドルのライブに通ったりもしないからだ。
そういうサブカルチャー系の知識は一成の話から聞いて知っているだけだが。
らしい、らしいと発言が弱々しいのはこれが理由である。
単なる人伝てに聞いた知識だということ。
ちなみに一成が吹き込んだ情報が間違っていた場合のケースは想定してない。
かくいうこのオレもエロ漫画ぐらいは嗜むのだけれども。
エロ漫画を嗜むぐらい、年頃の男子だったら誰でもするだろう。
それぐらいだったらオタクカウントはされないはずだ、そうだろ?
たしかにオレの好きなAV女優、ポリティカルコレクトネス的にはセクシー女優というべきか?、も胸が大きくて母性本能が強そうな女性が多いのは否定できない。
人間が誰しも母親から生まれている以上、バブみとか母性について考えるのを避けられない定めなのかもしれない、と自分の性癖をもっともらしい理由で納得させてみる。
クラスの誰が良い母親になりそうか、チラリと周囲を見渡してみる。
藤島玲奈はまだ自席に残って、クラスメイト達と話していた。
窓際で教室の一番角の席に座っている玲奈を見たオレは、先ほどの母性の話をさらに妄想して脳内で膨らませてみる。
玲奈を母親適性が高いと思うかどうか?
否、オレはそんなふうには思わない。
あいつは忘れているかもしれないが、オレはあいつと幼馴染だったと覚えているのであって、幼馴染のあいつをそんなふうに見ることなんてできない。
幼馴染が近所の年上の姉ちゃんとかだったらさておき。
とにかく、玲奈はそういうタイプではない。
日陰者のオレと違って玲奈は友達だって多い。
なんだけど、どこかアンニュイというか。時折見せる寂しそうな表情からそれを感じる。オレの勘違いかもしれないけど。
「また藤島玲奈か?お前って、たまに藤島の方見てるよな」
脳内の妄想を掻き消すように、一成が身を乗り出してくる。
「そうか?」
気の抜けたような返事をするオレ。
「そうだよ、結構な頻度で見てるよお前。自覚ないの?」
「しらねぇな」
「人のことキモいっていうけど、お前はお前で十分キモいんだよ。ストーカーか?」
「うるせぇ」
いつものように一成にバックチョークをきめにかかる。もちろん手加減しているし、遊び半分の冗談だ。手加減しなくても威力なんてたかが知れているだろうけど。
「ギブギブ」
タップアウトする一成の首元から腕を離してやる。
「結婚願望ないとか言ってるくせに、藤島玲奈のことはずっと目で追ってるんだよな。矛盾してるだろお前」
「仮にオレが目で追ってるとしても、結婚願望の有無と恋愛感情とはまた別物だろうがよ」
「あれぇ、やっぱり恋愛感情があるってことですか〜?」
「モノの例えだよ、たとえ」
「まぁ実際めちゃくちゃ美人だしな、藤島玲奈。クラスでぶっちぎりの一番、いやこの学校でも一番綺麗じゃないか?」
「そうか?」
カマトトぶってとぼけたような返事をするが、オレの玲奈に対する実際の評価は一成のそれと大差ない。
「あの容姿に加えて成績優秀でそれを鼻にかけることもしない、しかも誰に対しても優しいだろ?ああいうのってアニメとか漫画だとメインヒロインっつーか、需要大なんだよ」
「キモオタ連中からの需要なんてどうでもいいんだがな」
「藤島の場合、実際に結果で示してるだろ。校内でもモテまくり、これまで何度も告白されてきたんだろうし?」
そりゃそうか。あれだけ綺麗だったら、男が放っておかないだろう。
そう考えると余計に泣けてくる。
もうすでに彼氏がいて、あんなことやこんなこと云々カンヌン・・・。
あいつに彼氏がいるんだったら、顔を拝むついでにぶん殴ってやりたい気持ちになってきた。
「そういうお前はどうなんだよ、お前のほうこそ気があるんじゃねぇのか」
「俺か?俺はなぁ、別に好きでもなんでもないんだよなぁ」
女たらしのこいつが?玲奈に興味なし?
正直オレからすれば、こいつの反応は意外だった。
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