Prologue2 領主さまは晩さん会に行くことになりました

 オルレアンが二十二歳になった年の七の月に、ジョルジュ皇帝の戴冠を祝う晩さん会への招待状が公爵邸に届いた。執事であるフレジスはその招待状をうやうやしく右手に持ち、執務室のオルレアンのもとに急ぎ向かった。


 執務室の重厚なブラックウォールナットの木製扉をノックするのと同時に、把手を掴みガチャリとあける。この非礼な動作はいつものことなので、オルレアンは気にもしていないのだった。


「失礼します。オルレアンさま、ジョルジュ皇帝の戴冠を祝う晩さん会の招待状が届きましたよ・・」


 オルレアンはチラッと扉の前に立ったフレジスを見たが、すぐに「フン」と

鼻を鳴らしただけで再び書類に目を落とした。


 そんな領主の様子はいつものことと、気に掛けることもなくフレジスは言葉を続ける。


「“ヴィオルナの悲劇”から二百年以上・・帝国からの補助を受け続けているのですから・・・今回だけは必ず出席してくださいよ。返事は出しておきますからね、オルレアンさま。そして・・そして・・ご縁があれば・・花嫁さまを・・見つけてきてくださいね。先月二十二歳になってしまわれたのですから。いつまでものんびりはしていられませんよ。自覚を持ってください!冥府におられる先代領主様がこの状況をご覧になったら・・・。コホン!言いすぎました。そうそう、晩さん会用の礼服はご心配なく。最高級のものを準備しておきますので・・」


 フレジスは早口に言いたいことだけを領主に伝え、あっという間に執務室から出ていってしまった。


「ぅ・うっつ!」


 オルレアンは右手で顔を覆い、困ったような表情のまま視線だけをフレジスが出て行った木製扉の方に向けて、ブツブツ独り言を言い始めた。


「花嫁・・・か。フレジス、それはどう考えてもきっと難しいぞ」


 オルレアンはため息と同時に視線を書類の上に戻し、左手にもっていた羽ペンをそっとペン立てに戻すと、ゆっくりと椅子を後方に引いて立ち上がった。

 無意識に、執務室の東側の壁に飾られている、今は亡き父母の肖像画と、その右横の、七色の花弁に埋め尽くされた風景画『フローレスの丘』に、一瞬視線が伸びた。そしてゆっくりと西側の窓辺まで近づくと、そこから見える地平線に目を向けながら遣る瀬無げに呟くのだった。


「あの悲劇から八代目の領主は重い。重すぎる。領民たちはかけがえのない大切な宝であることに間違いはないのだが。私自身が妻を迎えるという希望を、とうにあきらめてしまっているのだ。この荒れ果てた大地を‥絶対にこのままで終わらせたくはないのだけれどな。まさかこの灰茶の領地に来てくれるもの好きな令嬢などいまい。  

 父上、何故私なのでしょう。母上、何故母上はこの灰茶の領地で、いつも いつもそのように笑って過ごせたのですか・・」


 地平線の向こうには、夕陽がゆらゆらと大地に溶け込む際に、一瞬だけ七色に輝いて見えるオルレアンが一番好きな瞬間が訪れていた。


(こんなにも憂鬱なのになぁ・・この瞬間はいつも俺のこころを和ませてくれるんだな)

 何故だか今日の夕日は、いつもよりまぶしく美しくみえた。


◇ ◇ ◇


 ジョルジュ皇帝の戴冠式当日の朝、帝都にあるフローレス公爵別邸内では、自室で着替えをすませたオルレアンが、相変わらず憂鬱な表情をしていた。そんなオルレアンを見たフレジスは、軽くため息をつき静かに話すのだった。


「オルレアンさま、ジョルジュ皇帝の大切な祝い日です。オルレアンさまにもきっと大地豊穣の神へレボルス様のご加護がありますよ。そうそう、騎士仲間だったクレマチス侯爵さまも出席なさるそうですよ。積もる話もございましょう。たまには、ゆっくりと楽しんできてください」


 オルレアンは、フレジスの領主を思う気持ちを、痛いほど理解してはいるのだ。


「フッ」・・


 同性であってもドキッとするような美丈夫は、柔らかい微笑みを浮かべながら、面映ゆげに俯き、ブツブツと話し出した。


「フレジス、心配するな・・。晩さん会はちゃんと出るし、その後の・・うん・・そうだな・・大広間での舞踏会にも今回は参加してくる・・だが、期待はするなよ・・」


 そう話しながらさっきまでの憂鬱気な面差しは、フローレス公爵領領主表向きの、きりりとした美丈夫様へと切り替えられていったのだった。


 玄関に向かって颯爽と歩く領主は、誰もが見惚れるほどすべてが整っている。フレジスは、オルレアンが馬車に乗り、ブルガリス宮殿に向かっていく様子が見えなくなるまで、両手をしっかりと握りしめて温かく見送るのだった。

・・われらが領主オルレアンさまにどうか、どうか、よきご縁がありますように・・と、心からの願いを込めて。

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