Prologue3 領主さまのご縁は突然に・・
ブルガリス宮殿に到着したオルレアンを待っていたのは、多くの令嬢たちの熱い視線と囁きであった。
「まぁ!フローレス公爵さまがいらしたわ。めずらしいわね。相変わらず目の保養になるわ・・」
「あーら、本当にすてきな公爵さまね。お友達にはなりたいわぁね。一緒に歩くだけでもいいわよね・・」
「晩さん会のあとの舞踏会は・・やっぱり踊ってみたいわよね・・うふふっ」
「あの・・キラキラした真っ青な瞳・・みつめられてみたいわぁ~」
「きゃぁ~・・引き締まった長身痩躯、眉目秀麗・・抱かれてみたいわ‥コホン・・」
「でも・・ね・・結婚となると、あれよね。やっぱり、‥ちょっと・・ねっ・・」
そうなのだ、聞きたくはないのだがどうしても聞こえてくる。
(やはり結婚となると・・ね・・か。)
“ヴィオルナの悲劇”は国中の誰もが知っていることなのだから。
(フレジス、今日もやっぱり花嫁は見つかりそうもない‥絶対に無理だ。ダメな領主でごめんな・・)
「はぁ~」と、オルレアンは小さなため息をつきながら、ブツブツといつもの憂鬱気な表情を浮かべ、かつての騎士友クレマチスを探していた。
ところが、オルレアンの“その時”は、突然にやってきたのである。クレマチスを探して宮殿内の廊下を歩いていたまさにそのときに。
オルレアンは“その人”とすれ違った瞬間、幼いころから夢の中で繰り返し見ていた広大な草原に咲く七色の花が、美しく輝く光景が、一瞬みえたのだった。思わず振り返ると、あろうことか“その人”も同じように振り返っていた。
二人は呆然とした表情で・・・しばしお互いに見惚れてしまったのである。
砂漠の中でたった一粒の、自分だけの大切な宝石を見つけ出したときのような、あまりにもあり得ない奇跡的な出会いだった。
”その人“こそ、この後、生涯唯一の伴侶となる、クリスマスローズ公爵家令嬢、
十八歳のアンジェリカ・クリスマスローズであった。
オルレアンとアンジェリカはお互いに一目惚れだった。一目惚れの時期は違ってはいたのだが・・(アンジェリカは、オルレアンのことを六年も前から知っていたのである)・・その話はまたの機会に。
アンジェリカに見惚れている間に、オルレアンはクレマチスのことなどすっかりと忘れてしまっていた。のちにクレマチスは、その日のことを何度となくオルレアンに話すことになる。
「お前がなぁ・・そんな奴だったとはなぁ。しかしなぁ~・・おまえも女性に関心を持つことができたんだな・・よかったな」と。クスクス笑いながらも、最高にうれしそうに。
ジョルジュ皇帝の晩さん会終了後、オルレアンとアンジェリカは、何かに導かれるように、とんとん拍子に結婚話がまとまり、短い婚約期間の後、なんと半年後には、めでたく結婚の運びとなったのである。
◇ ◇ ◇
あっという間に迎えた結婚式の前日、オルレアンとアンジェリカはフローレス公爵邸の四阿で、午後のお茶を楽しんでいた。
「オルレアン様、私、ジョルジュ皇帝の戴冠式の日のことを、今もはっきりとおぼえておりますのよ。廊下でオルレアンさまとすれ違った時になんと!私の頭の中では大きな鈴が鳴りました。そしてこの胸が“きゅーっ”として、うふふっ・・。六年間の想い人が・・うふふっ」
「ろ・く・ね・ん・・・んん??」オルレアンは不思議そうに首を傾げた。
「アンジェリカ、私もよく覚えているよ。君とすれ違った瞬間に・・その・・恋に落ちてしまったんだ。“ヴィオルナの悲劇”と言われるフローレス公爵家に生まれた私と、結婚してくれる令嬢などいるはずがない。とずっと思っていたからね。そんな私が、あの瞬間我を忘れてしまった。気がつけば、ファーストダンスを申し込んでいた・・フッ」
「オルレアン様、あの時のダンスは時が止まったかのようでしたわ。気がつけば、三曲も踊り続けて・・うふふっ。周りの方々の生温かい視線が忘れられませんわ。明日もあの時以上に楽しみましょうね。フローレス公爵家に起こった“ヴィオルナの悲劇”は私の実家であるクリスマスローズ公爵家の領地で起こっていたのかもしれません。二百年以上たった今も、領主・領民が苦しめられているこの事実について、他人事とは思えません。私たちに女の子が授かったら・・皆で幸せになりましょう。必ず・・」
「ありがとうアンジェリカ。私は誓うよ、アンジェリカと・・いずれ生まれるわが子を心から愛し続けると」
オルレアンはアンジェリカを、アンジェリカはオルレアンを心から愛していた。
きっと生まれてくるであろう、自分達の子どもにまで思いを馳せながら “皆で幸せになる” と、ここで改めてお互いに、満面の笑顔で誓い合ったのだった。
仲睦まじい二人の間には、結婚してからちょうど一年後の五の月十日に、大地豊穣の神へレボルスの予言どおり、“ヴィオルナの奇跡”を再び起こすかもしれない・・天使のように愛らしい、元気な女児が誕生したのであった。
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