帝国の第三皇子は 無自覚一途に“悲劇の公爵姫”を慈しむ ~a fairy princess・・You are my destiny~

黎羅

Prologue1 フローレス領に起こった出来事

 ブルガリス帝国の南部地区にある、やせて干からびた広大な領地を治めているのは

フローレス公爵家である。


 今日も今日とて、フローレス公爵領には北東からの山風が強く吹いている。乾燥した大地に巻き上がる土埃で、視界は十メートルといったところだろうか。一面灰茶色の中では、領主の証である金髪、アイスブルーの瞳はなんとも不似合いに映る。 

 しかし先日十三代目領主となったその男は、当たり前のように日焼けした顔を綻ばせ、農民たちの中に溶け込んでいた。

「皆ご苦労さん!今日はこのあたりで終わって、後は天の恵みを待つことにしよう」


 フローレス公爵領にはいつからかわからないくらいの昔から、国中で“フローレスの奇跡”と称される七色の花弁を持つ『ヴィオルナ』通称“妖精花”が、あちらこちらに当たり前のように、それは美しく咲き誇っていた。

 そうあの日までは・・・。


 遡ること約二百年前、五代目領主マシェルの時代に、数年を掛けて計画していた

“近代農耕地への大改革”が、ようやく実施される運びとなった。それに先駆け、領地内全ての道路や農地の整備を無駄なく一気に美しく仕上げようと、隣国アルスート王国から、言葉こそ通じはしないが、非常に真面目で働き者と評判の、日雇い労働者数千人を雇ったのだった。その後領民たちは、真面目で働き者のアルスート王国から来た労働者たちと互いに協力して、自生していた七色の花弁を持つ『ヴィオルナ』を、たった三晩で刈りつくしたのだった。

 領地整備が始まって四日目の朝、領民たちはすっかりと灰茶色で埋め尽くされた大地を見ても、呑気に笑っていた。


「アルスートの労働者はすげー働きもんだよなぁ。アッという間に領地中きれいにしてくれたんだぜ。ありがたいよなぁ。お互い何をしゃべっているのかわからないんだけどな。それでも案外通じるもんだよな」

「いやー。しかしよぅー・・年中あってあたり前の“妖精花”がないと、えらく殺風景だな」

「・・心配すんなよ。じきに帝国一の領地になるんだ・・工事が終われば、見違えるようにきれいになった街のあちらこちらに、また七色に輝く“妖精花”が咲くだろうよ・・」


 領民たちは将来への希望と期待を持って、酒を酌み交わし大いに盛り上がっていた。領民たちの言葉は、アルスートの労働者へのねぎらいと尊敬だけであり、そこに非難や批判の言葉などはなかったのである。


 領地に当たり前に咲いていた花の存在価値など、領民も隣国アルスート王国から来た彼らも、誰一人として全く知らなかったのである。


 彼らができる最大限の努力をして、言われたことを言われた通りに、お互い協力して、道路や農地を整えていったのだ。そう、一気に、丁寧に、美しく、快適かつ便利で安全な未来を、そこにいる皆が想像しながら・・。


 この先二百年の後まで、“ヴィオルナの悲劇”と帝国中で代々言われ続けることになるなどと、その時は誰一人として思いも及ばなかったのである。

 今にして思えば、すべてが無知故の本当に不幸な出来事であった。


◇ ◇ ◇


 フローレス公爵領では、“近代農耕地への大改革”の後、わずかな期間で瑞々しかった大地が全て乾燥していった。そして、領主や領民たちがその”異変“に気づき困り始めていた頃、突如大地豊穣の神ヘレボルスが現れたのだった。

 へレボルスは憐憫の表情と、いたわりの手を差し伸べながら、領主や領民たちに、丁寧にやさしく話してくれた。


「フローレスの民よ、我名は大地豊穣の神ヘレボルス。『フローレスの加護花であるヴィオルナ』は長い年月を掛け宿根草となり、領地一帯に根を張り巡らしていました。そうしてその根は、深い地下水脈にまで栄養を送り、その栄養を取り込んだ水を再び吸いあげ地上に吐き出す。という地中と地上の両方を豊かにする好循環の役割を担ってきました。


 故意ではなかったにせよ、この不幸な出来事により残念ながら、今後この領地には肥沃な土壌は望めなくなりました。このやせて干からびた大地は、おそらく七代先の十二代目領主さまの時まで、続くことになるでしょう。


 その間、この地の民は『ヴィオルナの加護』をなくした湧き水を使い続けるしかありません。加護をなくした水では、フローレス公爵家において多くの子孫は望めないでしょう。しかし、たとえ絶望の淵にあっても嘆き悲しむことはありません。代々、金色に輝く髪と青い瞳を持つ男児一人だけは、必ず授かることができるのです。


 この干からびた大地で細々と、にはなりますが。この血を絶やさず、必ず繋いでいくのです。そうすれば“ヴィオルナの悲劇”から八代先の十三代領主さまは、この大地の希望である“加護の花”復活の鍵となる女児を授かることになりましょう。その子は必ずやこのやせて干からびた大地に、“加護の花”七色の花弁を持つ『ヴィオルナ』を咲かせ、豊穣をもたらす“フローレスの奇跡”を、再び起こすことになりましょう・・・」


 大地豊穣の神へレボルスの話を聴いた領主や領民たちは、自分たちが無知だったことを大いに恥じ、悔やみ、そして泣いた。そしてその涙を力にして、以降懸命に努力を重ね続けていった。


 大地豊穣の神へレボルスが去った後、マシェル公爵は領民すべての識字力、計算力の向上に力を入れるため、帝都にも少ない初級~中級までのアカデミーをつくり上げ、識字の啓発や啓蒙に力を尽くしたのだった。また、それと併せるように、大図書館の基礎を作り上げた。さらに武芸についても、その向上に注力したのだった。


 六代目の領主デルフィー公爵は先代が造った図書館を、帝国一と言われる蔵書をもつ帝都図書館に匹敵するほどの大図書館にした。併せて帝都以外では初の上級アカデミーを開設し、研究者の育成に励んだ。特に気候変動や農耕、および魔導具開発に関する部門の充実を図った。


 その後も代々の領主や領民が、共に様々な努力を惜しまなかった。


 フローレス公爵領では“ヴィオルナの悲劇”以降、帝国に尽くすことを条件に金銭的補助を受けていた。その代替として文武に長けた領民の一部は、代々宮殿に仕える官吏(文官、武官)として帝国につくし続けた。


 また、領地の農民たちは“ヴィオルナの悲劇”以降も、この地をこよなく愛した。“フローレスの奇跡” 七色の花弁をもつ『ヴィオルナ』の復活を信じ、歴代の領主や農民が総出となり、やせて干からびた大地を懸命に耕した。


 さらに土壌および作物の研究や改良を重ね、何とか普通に生活できるだけの収穫を得ながら、領地を維持してきた。そうして“ヴィオルナの悲劇”から数えて八代目、二十一歳で第十三代領主となったのがオルレアン・フローレス公爵であった。


 オルレアンは、父母が流行り病で相次いで亡くなった一年前までは、ブルガリス帝国第一騎士団 辺境騎士隊の隊長として、アルスート王国との国境の安全を守る帝国最強の騎士であった。 

 文武両道で、社交性にも長けていた。座学では、領主学および歴史学マイスターの称号を取得しつつ、並行して幼少期から、祖父、父より剣術の手ほどきを受け、気がつけば剣聖(剣位の最高位)まで上っていた。十六歳で、帝国内でも数十名しかいないエリート集団の第一騎士団員となり、十八歳で辺境騎士隊隊長を任されるまでになっていた。

 先代亡き後は迷いなく公爵邸に戻り意欲的に領地を治め、領民からの信頼と人気にも絶大なものがあった。

 領民たちはオルレアンが幼少の頃より、毎日のように囁いていたのである・・。


「オルレアンさまはどんな花嫁さまを迎えられるのだろうねぇ。楽しみだなあ」

「領主さまは頭も顔もいいし、剣は国一番、そのうえ心根も、とても、とても、

おやさしいしのぅ・・」


 領民達が和やかに領主の噂話をする同じ頃、公爵邸ではオルレアンが、居間で

コーヒーを飲みながらくつろいでいた。


「くしゅん!!(ぷるるっ)・・ そろそろ休もう。風邪をひいちゃまずいからな」


〔概説〕

*剣の称号(帝国内全土)

 剣聖(数名)、剣翔(数十名)、剣師(数百名)、剣長(数千名)、剣習(叙任後)


*アカデミー概要

 ①初級アカデミー(およそ5歳~10歳)、②中級(およそ10歳~15歳)、③上級(およそ15歳~20歳)

 さらにその上(帝国内全土)

 ④ビギナー(およそ50名程度)

 ⑤ミドル(およそ30~50名程度)

 ⑥アドバンス(およそ20~30名程度)

 ⑦マイスター(およそ10~20名程度)

 ⑧キュレーター(およそ0~数名程度)

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