答えとその先
嫌な沈黙が流れる。私が喋らないのだから当たり前と言えばそうなのだが。ハルちゃんの縋るような、祈るような問いにどう答えればいいか。私は悩んでいた。
確かに一緒に暮らすと言われたときはびっくりした。でも別に嫌だったわけではない。二人とどう向き合えばいいか、今もそうだけど、混乱していて分からなかっただけだ。今はこれで良かったと思っている。まだ分からないけど、一緒にいることで見えることもあると思うから。
「もちろん。もちろんだよ、ハルちゃん。私はハルちゃんたちのおかげですごい助かってるし、それに一人は寂しいから。二人が来てくれて本当に感謝してる。それに、私がハルちゃんたちのことを疎むはずがないでしょ?」
逆はともかくね、という言葉は飲み込んでおく。言われて嬉しい言葉じゃないのは私でも分かる。でも、今の言葉に嘘はない。二人が来てくれたから家事を分担できて楽になっているのは事実だけど、それ以上に寂しい一人暮らしが楽しい三人の生活に変わったことが大きかった。一人じゃないことがどれだけ救いになるか、人気者なハルちゃんや一人でも平気なシロちゃんは知らないだろう。
ハルちゃんは私の言葉を聞いて、目を閉じて何度か反芻するように頷いた。私は人が何を思っているかなんて分からない。でも、ちゃんと私の気持ちが伝わっているといい、そんなことを思いながらハルちゃんを待った。
「そう、か。そうだよね。ごめん。変なこと聞いた」
「ううん、謝るなら私の方だよ。私が変な態度取ってたせいだもん」
「いや、僕が変なことを言い出さなければ」
「元はと言えば、私が」
私もハルちゃんも譲らず、どっちも自分が悪いと言い張る。私に引く気はなかったし、ハルちゃんもそうだった。ずっと私が僕がと、言い合っていると、そのうちにだんだんおかしくなってしまう。
「「ぷっ、ふふっ、あはは」」
「はあ。やめ、やめ。どっちも悪かったし、どっちも悪くなかった。そういうことにしよう」
「うん、そうだね」
ああ、ハルちゃんが笑ってくれて良かった。願わくばハルちゃんたちにはずっと笑っていてほしい。そう思ってしまうことは残酷か、あるいは傲慢か。それでも私はそれを望んでしまう。周りの人が笑ってくれることで、自分も嬉しいから。
ひとしきり笑いあった後、ハルちゃんは落ち着いた様子で、静かに呟いた。
「そうか、迷惑じゃないか」
「だから、そう言っているでしょ?」
珍しいな、こんなにハルちゃんがネガティブというか、不安に思うなんて。いや、それぐらい私の態度がだめだったということか。やっぱりちゃんと向き合わなくちゃいけないんだな、恋人という関係性に。そんな思いを見透かすようにハルちゃんは言ってきた。
「でも、僕や麻白があかねっちに告白したことで困っていたのは事実でしょ?」
「うっ、ま、まあ少しはね」
「言い訳するつもりじゃないけど、僕たちもあの時は必死だったんだ。だって、僕たちは君と付き合っているつもりだったからね。今更ご破算だなんて無理だった。だから少し強引に行かせてもらった。あかねっちにとっては急なことだったろうけどね」
ハルちゃんは申し訳なさそうに、それでも意思は強く、そう言った。確かに急だとは思ったけど二人の立場に立てばその行動原理は分かる。約束を破ったのは私の方だ。文句など言えるはずもない。
「……忘れてて本当にごめんね」
「いいや。麻白も言ってたけど、ちゃんと言ってなかった僕たちにも責任の一端がある。だから、今こうやってちゃんと恋人になれたのがどこまでも嬉しいのさ」
「……ハルちゃん」
本当にそうなのだろう、私を見ながら微笑むハルちゃんは幸せそうだった。どうしてそんなに固執するんだろう? 私には何もないのに。私の暗い思考は続くハルちゃんの言葉にかき消されてしまう。
「それに、昨日も今日もあかねっちは一緒にお風呂入るの断ったけどさ、あれはあれで嬉しかったんだ。今までのあかねっちだったら何も思わないで、快諾してくれてただろうからね。距離を取られるのは寂しいけど、意識してくれているなら、それでいいんだ」
「あ、あう」
やっぱり恥ずかしがっていたのばれていたか。しかもそれを面と向かって言われるとさらに恥ずかしかった。ハルちゃんはそんな私に追い打ちをかける。
「そんな可愛らしい表情をしないで。まだ何もしないって決めてるんだから」
いつの間にかハルちゃんは私の手を握っていた。私より若干大きなその手には温かな血が通っており、徐々に私の体温と混ざっていく。鼓動がどんどん早まっていく。
「前に一緒に寝たときだって、僕はドキドキしてたんだから。あかねっちはこっちの気も知らないでさっさと寝ちゃうし。……まあ、あかねっちは付き合ってないと思ってたんだから仕方ないかもだけど」
「ど、ドキドキしているんだったらさ、今日は別々に寝ない? ほら、眠れないかもしれないし」
「残念、もう心の準備を決めたから今日は平気なのさ。昨日は麻白の番だったんだから、今日は僕の番だ。そうじゃないと、不公平でしょ?」
そうなんだけど、シロちゃんと一緒に寝ることと、ハルちゃんと一緒に寝るのは全然訳が違うよ。シロちゃんはまだ子どもっぽいから言い訳が立つけど、ハルちゃんは違う。
ほそっりとしていて、それでいて出るとこは出ている体つき、すらりと長い手足は、ケアがしっかりされていて滑らかで。女性らしいしなやかさを残しつつ、安心させてくれるような力強さもある。ちらりと見えるうなじがなんとも艶めかしくて、って違う、こんなこと幼馴染相手に考えることじゃないから。
結局一緒に寝ることは確定事項で変わることはなかった。なるほど、こんなにドキドキするのか、ならハルちゃんには悪いことしたな。なんて、冷静ぶって考えても私の鼓動が落ち着くことはなかった。
「明日も早く起きて朝ご飯作らなきゃだから、あかねっちが奥の方に行ってくれる?」
「う、わ、分かった」
ギクシャクしながらベッドの奥の方に潜り込む。自分の部屋の自分のベッドなのにどうしてこんなに緊張しちゃうの!
「ふふっ、可愛い。それにそんなに緊張するってことは、少しは僕の気持ちも分かってくれたってことかな?」
くぅ、余裕そうな顔しちゃってからに。今度は絶対私の方が恥ずかしがらせてあげるんだから。
「も、もういいから、早く寝よう!」
「ああ、そうだね。明日も早いからね」
ハルちゃんがゆっくりと私の寝るベッドに入ってくる。一人用のそこまで大きくのないベッドだ。当然二人で横になれば、いろいろとぶつかってしまう。ハルちゃんも流石に恥ずかしいのか、完全に入り切るまで無言のままだった。
「じゃ、じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
ハルちゃんはまた私の手を握ってきたが、何も言うことはなかった。だから私も拒むことはなく、何も言わずにそれを受け入れる。痛いほどに鳴る心臓の鼓動は、それでもどこか心地よかった。
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