王子の問い






「よーっす。元気か?」

「あっ、トモちゃん、おはよう」


 自分の席で荷物を整理していると、トモちゃんがやってきた。どかっと、私の席の前に座ったトモちゃんは、そのまま振り返って私の方を向いてくる。この前の席替えのタイミングで偶然席が前後になったおかげで、以前よりも話がしやすかった。


「昨日から一人暮らしだもんな。調子はどうだ? 上手くやってるか?」


 そういえば昨日の時点では一人暮らしの予定だったのか。いろいろあったせいで、元から三人で暮らす予定だったように思ってしまっていた。


「それがねえ、なんか一人暮らしじゃなくなっちゃったんだよね」

「……そうか。なんだ、出張が延期にでもなったか?」

「いやそういうわけでもないんだけど」

「ん? 何かあったのか?」


 あんまり人に話すようなことでもないけど、まあトモちゃんには言ってもいいか。


「昨日からハルちゃんたちが、泊まりに来ているんだよね」

「ハルって言うと、あかねの幼馴染だっけか」

「そうそう、私の一人暮らしが心配らしくて来てくれたんだよね」

「そうか、ふっ、愛されているな」

「愛っ、愛されているかは分かんないけど、仲は良いと思う。うん」


 二人の気持ちは正直まだよく分からない。それはそうだ、自分の気持ちすら見つかっていないのだから。それでも、二人には感謝している。やっぱり一人では寂しいから。


「まっ、楽しくやれよ」

「うん、ありがとう」


 そこでこの話は終わり、また次の話題へと移っていく。気になることはあるだろうに、深くまでは入り込んでこない、その絶妙な加減がトモちゃんの優しいところだった。本当に人のことをよく見ているんだと思う。トモちゃんが咲ちゃんやカナちゃんによく頼られているのにはやっぱりそれなりの理由があるんだな。


「おっ、なになに、何の話?」

「いや、なんでもねえよ。んなことより、大丈夫か? 今日は一時間目から数学の小テストだぞ。昨日やばいって言ってなかったか?」

「そうじゃん。やべえ、やべえ」

「えっ、そうだったっけ?」

「おい、まさか、あかねも忘れてたのか?」


 さあっと血の気が引いていくのが自分でも分かった。やばい、全然何もやってないよ。そ、そう言えばそんなこと言ってたような気がするけど、いろいろあってすっかり忘れてたよ。と、とにかく少しでも教科書を見て復習しないと。この前のテストはボロボロだったからここで取り返さなきゃなのに。



 結局その日のテストも良い点は取れず、本格的に焦りが生じてきた今日この頃であった。





 夜ご飯も食べ終え、お風呂も入り、後は寝るだけ。まったりとした時間を三人で過ごしていた。ちなみに今日の夜ご飯は、ハルちゃんが作ってくれた麻婆豆腐とチャーハンだった。他にもサラダを作ってくれたりと、ホントに一人で作ったのか不思議なほどだった。



 流石に皿洗いは私にやらせてもらい、ハルちゃんの負担を少しでも減らす。本当にハルちゃんにはもう頭が上がらない。私一人だったら、絶対今日も外食かコンビニでお弁当でも買っていたところだ。


 そんなこんなで時は過ぎていき、そろそろシロちゃんがうとうとしてくる頃だった。あっ、今ガクンとシロちゃんの首が後ろに曲がった。だ、大丈夫かな?


「シ、シロちゃん? もう寝たら?」

「ううん、もう少しあかねと一緒にいる」

「それは嬉しいけど、ああ、ほら目を擦らないの。ね、明日も会えるんだから」


 シロちゃんはしばらく渋っていたけど、眠気が勝ったのか、最終的には頷いてくれた。


「一人で上に行ける? ついていこうか?」

「うん、大丈夫。癪だけど、今日はハルの日だから。おやすみ」

「ああ、うん、おやすみ」


 そんなに大事なの、その約束。いや約束は大事だと思うけど、別にこのくらいはいいんじゃないの? ま、まあ、一人で行けるならそれでいいんだけど。


 若干ハラハラしながらシロちゃんが階段を登るのを見届けて、リビングに戻る。リラックスした様子でソファに座るハルちゃんがこちらに向き直り、ちょんちょんと手招きをしてきた。隣に座れってことだろうか。シロちゃんの邪魔にならないように、静かに移動してハルちゃんと少し距離を置いて、隣にちょこんと座る。そうすると、ハルちゃんはその距離を縮めてきた。


「これでようやく二人っきりだね、あかねっち」

「う、うん」


 やばい、なんかすごい雰囲気を感じる。なんていうかこう、甘ったるいムズムズするようなそんな感じの雰囲気だ。ラフな状態のハルちゃんは目のやり場に困るってほどじゃないけど、その柔らかな双丘は確かな存在感を放っていた。


「あかねっちに言いたいことがあるんだ」

「う、うん、何かな?」


 重々しくそう告げるハルちゃんに私はごくりと生唾を飲む。おそらくそういうことだろう。考えないように頭の隅に置いていた問題にとうとう向き合わなくちゃいけないということだ。私は身構えながら、ハルちゃんの次の発言を待った。


「あかねっち、もし僕らのことが迷惑ならちゃんと言ってほしい」

「うん、……うん?」


 あれ? なんか思ってたのと違うぞ? 私が混乱しているうちにハルちゃんはどんどんと話していく。


「僕はあかねっちのことを何でも知りたいし、よく分かっているつもりでもある。あかねっちと暮らすように決めたのは僕が嬉しいのもあったけど、あかねっちも喜んでくれると思ったからでもあるんだ。だけど、僕は怖いんだ。もしあかねっちが嘘の笑顔が得意になっていたら。笑っているのに、内心では、僕らのことを疎んでいたら。それを考えるだけで、僕は、僕は……。だから、正直に聞かせてほしい。僕らは、僕はここにいていいのか?」


 真剣な問いだった。どこか縋るようにも聞こえた。いつものように軽く笑って答えられるようなものじゃない。私も真剣に答えなくちゃいけない。その真っすぐなハルちゃんの視線に。


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