普段とは違う朝









「あかね。そろそろ起きなきゃ」

「う~ん、ママぁ、もうすこし、待って」


 目覚ましも鳴ってないってことはまだまだ時間があるってことだ。もう少し眠っていたって大丈夫。なんかいつもよりあったかくて、うとうとしちゃうし、これは不可抗力なのだ。それになにか、柔らかい感触がする。なんだろう、これ? ぬいぐるみでも落ちてきちゃったのかな。いや、でもこんなぬいぐるみ持ってたかな? まあいいや。ギューってして眠ればもっと気持ち良い。


「あかね、嬉しいけどそろそろ起きて」


 肩を揺さぶってくるなんて珍しい。いっつも声だけかけて行っちゃうか、布団をばっと取って無理やり起こしてくるかなのに。今日は何かあったっけ? 仕方ないなあ、起きてあげるとするか。むにゃむにゃと、ぼんやりしながら、ゆっくりと目を開いていく。



 ……ふぇ? な、なんでシロちゃんがここに? ママがここまで入れちゃったの? ——いや、違うよ。昨日からシロちゃんたちがこの家に泊まっているんじゃないか。それで一緒に寝て……私、さっきすごい恥ずかしいこと言ってなかった?


「おはよう」

「うっ、お、おはよう、シロちゃん」


 優しい表情で微笑みかけてくるシロちゃん。か、顔が近い。どうしてこんなに近、あっ、私のせいか。今更ながらシロちゃんを抱きしめていることに気付いて慌てて離れる。


「むう、そのままで良かったのに」


 シロちゃんは残念そうに呟いたが、これ以上抱きしめているとなんかいろいろやばそうだったので許してもらいたい。ドキドキしている心臓を落ち着けていると、シロちゃんはさらに私の鼓動を早くする発言をしてくる。


「今日もあかねは可愛い」

「うぇっ、きゅ、急にどうしたの?」


 今までそんなこと言われたことなかったのに、昨日の夜からホントにどうしちゃったの? それに、私もなんでそれを言われただけでこんなに動揺しちゃうの?


「いつも思ってる。言う機会がなかっただけ」

「そ、そう」


 真っすぐな目でそう言い切られると、こちらとしてももうどうしようもなかった。昨日は大丈夫だったのに、今日になってからもう全然だめだ。シロちゃんの子どもらしさがすっかり消えて、今は妙な色気を纏っているような気がした。


 気恥ずかしくて目を反らすと、視界の先に時計が見えた。え、もうこんな時間なのか。早く支度しないと。急いでベッドから出て、いつも通り着替えを始めようとすると、視線を感じ、その手を止める。


「あのぅ、シロちゃん?」

「何?」

「着替えするからさ、ちょっと外に行っててくれない?」

「なんで?」

「いや、着替えるから」

「うん、だから着替えていいよ」


 う~、どうして出ていってくれないの? いや、確かに幼馴染相手になんで恥ずかしいって思っているのか分かんないけど、とにかく恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。


「は、恥ずかしいから、お願い」


多分、今私の顔は真っ赤になっているだろう。最後の方は消え入るような声になってしまった。それがどう思われたのか、分からなかったけど、シロちゃんはようやくベッドから降りてくれた。


「恥ずかしがることないのに。……まあ、仕方ない。朝からあかねの可愛いところをたくさん見られたから、今日はやめておく」


 今日ってどういうこと? と思ったけど、素直に出て行ってくれたので、とりあえず制服に着替える。私はともかくハルちゃんたちを遅刻させるわけにはいかないからね。早く家を出ないと。



 階段を下りていくと、キッチンの方からいい匂いが漂ってきた。じゅーっと、何かを焼く音、トントントンと小気味のいい包丁の音。見なくても、美味しそうなことが伝わってきた。


 期待に胸を膨らませ、空いたお腹を撫でながらリビングに入っていくとそこには、圧巻の光景があった。ずらりと並べられていた朝ご飯はいつもと同じ、ううん、いつもよりも豪勢な料理がそこにはあった。これ、全部ハルちゃんが? ははっ、凄すぎるでしょ。


「あっ、あかねっち、おはよう。目玉焼きはそろそろ焼けそうだから待ってて。後、お味噌汁できてるから持ってっちゃって」

「うん。分かった。他に手伝うことは?」

「う~ん、今はないかな。ありがとね」


 パチリと、カッコよくウィンクを決めたハルちゃんに思わず惚れるところだった。ぼーっと突っ立っていると、いつの間にか着替えてきたシロちゃんに『大丈夫?』と言われてしまった。慌てて動き出し、お味噌汁を持って、机に並べていく。







「「「いただきます」」」


 元気よく挨拶をしてから、豪華な朝ご飯に手を出していく。炊き立てのご飯、温かいお味噌汁、パリッとおいしいウィンナー、箸を口に運ぶ手が止まらなかった。


「ごめんね。今日は簡単なものしかできなくて」

「いやいや、これだけ作ってもらって文句言うなんて罰が当たるよ、ホントに。いやあ、すごいね、ハルちゃん。こんなに料理が上手いなんて、知らなかったな」

「ホント? 毎日でも食べたい?」

「うん、もちろんだよ。これが毎日食べられたら幸せだろうね」

「ふふっ、それくらいならお安い御用だよ」



 可愛らしく微笑む、ハルちゃんに胸の高鳴りが抑えられなかった。それをごまかすように一気にご飯をかき込む。案の定むせて、ハルちゃんたちにお茶を取ってもらい、なんとか事なきを得る。そのときにはもうさっきの気持ちは消えていた。







 朝ご飯を食べ終わり、とりあえず食器は流しに下げておいて、朝の支度を済ます。ハルちゃんたちはどうしてだか、登下校は二人きりがいいと主張してきたが、無理やり三人で出ることにした。一緒に住んでいるのにわざわざ出る時間を別にするなんて意味が分からないからね。


 最初のうちは少し不満げだったハルちゃんたちも学校に着くころにはいつも通りになっていたので、大丈夫だったと信じたい。





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