一日目の終わり
ほとんど物置のように使われている二階の空き部屋を二人の寝る部屋にしよう。ちょっと埃っぽいからちゃんと換気して掃除しないと。置いてあるものは、ママたちの部屋に押し込んでおけばいいかな。で、お客さん用のお布団ってどこにあったっけ?
そんなことをしながら、ようやく諸々の準備が終わったころには、いつの間にかハルちゃんもお風呂から上がっていた。お風呂上がり特有のその火照った感じのハルちゃんを見て、ドキッとしてしまったのはもう気のせいだと思い込む。うん、気にしてたらきりないからね。
「あっ、あかねっち。どこ行ってたの?」
「ああ、ちょっと準備をね。ゆっくりお湯に浸かれた?」
「う、うん。良いお湯だったよ」
「そう、それなら良かった」
お風呂上がったばかりで頬が紅潮しているハルちゃんを見ていると、なんだか変な気分になってしまいそうだった。
そんなとき、急に私のお腹に何かがあたる感触があった。死角からシロちゃんが私のお腹に抱き着いてきたようだ。
「ん、あかね、眠い」
「あっ、そうだよね。シロちゃんは早寝だもんね」
シロちゃんの頭を撫でながら、時間を確認すると、もう9時半を回った頃だった。シロちゃんの活動限界が近かった。昔からシロちゃんはよく眠る子だった。常に頭をフル回転させている代償か、10時になると電池が切れたように眠ってしまうのだ。
支度が間に合って良かった。とりあえず寝かしつけてこないと。ふふっ、眠気が来てふわふわした状態のシロちゃんは、いつにも増して可愛いなあ。普段ももちろん可愛いんだけど、今は幼い子どもみたいで、庇護欲が掻き立てられた。
「あ、あかねっち。家事の分担のことなんだけど」
「うん。それをこれから話そうかなって思ってたんだけど」
シロちゃんのさらさらの髪を手櫛で梳きながら、私は言葉を濁す。シロちゃんがこの様子では、今日はもうできないだろう。少なくともシロちゃんが寝た後じゃないと。
「さっき、僕と麻白で話してさ、なんとなく決めてみたんだ。僕が料理して、洗濯は麻白、それで掃除があかねっちって感じの分担でどうかな? ほら、掃除は、僕たちが見ちゃいけないものがあるかもだし」
私がお風呂に入っている間に話し合ってくれたのかな? ハルちゃんたちの手際の良さには舌を巻くばかりだ。多分、私が負い目を感じないように役割を用意してくれたんだろう。掃除だけならもともとしなくちゃいけないことだし、いいんだけど、それじゃハルちゃんだけ負担がでかくない?
「ああ、うん。私はそれでかまわないけど、それじゃハルちゃんの負担が大きすぎない? もちろん私も手伝うけど、三人分って作るのって辛くない?」
ハルちゃんを心配して、そう問いかけるもハルちゃんは笑ってその心配を一蹴する。
「料理は趣味みたいなところがあるし、あかねっちに僕の料理を食べてもらえるんだから全然負担じゃないよ。あっ、でも部活があるときは少し遅めになっちゃうかも」
「じゃあ、そのときは私とシロちゃんで作るよ。それぐらいはしないと申し訳ないからね」
「分かった、その時はよろしくね。あっ、そうだ、お弁当も僕が作っていい?」
「作ってくれるの?」
「うん。腕によりをかけて作るよ」
「そう。じゃあお願いしてもいいかな?」
「もちろん。任せてよ」
きらんと効果音でも出そうなぐらいかっこいい笑顔を浮かべるハルちゃんの姿が眩しかった。ハルちゃんは本当に頼りになるなあ。
私とハルちゃんの話が終わると、シロちゃんに服を引っ張られる。もう完全におねむって感じで、やることが幼い子どものするそれだった。
「あかね~。一緒に寝よ?」
「えっ、でも、もうお布団敷いたよ? ほら、あの二階の部屋に。明日からはママたちどっちかのベッドが使えないか聞いてみるから」
「お願い」
上目遣いでそうお願いするシロちゃんの姿に心が揺れ動かされる。さっきみたいにドキドキする感じではなかった。なんていうか、小さな子に対する母性のような温かさが私の心に宿っていた。
シロちゃんはもうこくん、こくんとほとんど舟をこいでおり、意識もぼんやりしていそうだった。夕方のうちに宿題は終わらせてやることも特にないし、早いとはいえもう、寝ることに抵抗はなかった。
ただ、そうしたらハルちゃんが一人ぼっちになってしまう。シロちゃんがいくら小さいとはいえ、普通のサイズの私のベッドじゃせいぜい二人が限度だ。ハルちゃんに悪いと思って答えを渋っていると、そんなハルちゃんの方から声をかけられる。
「僕からもお願いできないかな?」
「ハルちゃんも一緒のベッドで寝るのは難しいんじゃないかな?」
「いやいや、麻白と二人で寝るのをさ」
「それじゃ、ハルちゃん、一人になっちゃうじゃん。……あっ、じゃあ、布団を私の部屋に移して三人で寝る? 修学旅行の夜みたいで楽しいかも」
すごい良い提案だと思ったけど、即座にハルちゃんに否定されてしまう。
「ああ、いや、それはありがたいんだけど、今日は麻白の番だから。明日は僕と一緒に寝ようね」
「え?」
それもまた順番制なの? 疑問に思ったものの、シロちゃんに『もう寝よ?』と急かされてしまい、もう問い返すような雰囲気ではなくなってしまった。まあいいや、とりあえず今日はもうシロちゃんと一緒に寝てしまおう。明日のことは明日の私に任せてしまえ。
「ごめんごめん。早く行こうか。もう歯は磨いた?」
「うん」
「じゃあ、先に私の部屋に向か……いや、一緒に行こうか。じゃあ、ハルちゃん、おやすみね」
「うん、おやすみ」
ぼーっとしているシロちゃんが階段をしっかり登れるか心配で、シロちゃんのその軽い体を抱っこして部屋まで連れていく。なんか誘拐しているみたいだ。
ベッドに寝かせてから一度歯を磨くために部屋を出ていこうとすると、服の裾を掴まれてしまう。
「あかね? どこ行くの?」
「歯を磨くだけだから。すぐ戻ってくるよ」
頭を撫でてから、一旦部屋を出る。丁寧に、されど迅速に歯を磨いて、部屋に戻る。ベッドを見てみれば、なんとか眠気に逆らって起きているシロちゃんの姿があった。
「おか、えり」
「ふふっ、ただいま」
横になっているシロちゃんの隣に私も横たわれば、子どものように高いシロちゃんの体温を感じた。それに、一緒の石鹸を使っているはずなのに、なぜだかシロちゃんからはいい香りがした。
「じゃあ、電気を消すよ」
「うん」
暗くなった部屋で自分以外の体温を感じるのは久しぶりだった。
「じゃあ、おやすみ」
「……あかね」
「なあに?」
「愛してる」
「っつ」
シロちゃんはそう言うだけ言って、眠ってしまった。規則正しい呼吸音を聞きながら、私は部屋の暑さだけでない熱さを感じ、それが冷めるまでなかなか寝付くことができなかった。
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