芽生え
家に着いた頃には、いくら日が長くなったとはいっても辺りはすっかり暗くなっていた。がちゃと、鍵を開けて二人を自分の家に招きいれる。朝の登校のときはともかく、二人一緒に家に来るというのは、久しぶりな気がする。幼稚園のころは大抵一緒に来ていたような気もするが、いつの間にか一人ずつ来るようになっていたのだ。
置きっぱなしの荷物もそのままに、私たちは席についた。ファミレスでの話の続きをしなければならなかった。
「さて、じゃあこれからどうする?」
「これからって?」
「今日はもう遅いし、今夜泊まるのは確定だけど、その後だよ。二人はいつまで居る感じ?」
私が、なるべく嫌な感じにならないように細心の注意を払って二人に聞くと、二人は少し考え込んでから言った。
「ずっと居られれば、それに越したことはないんだけどね。とりあえずはあかねっちのご両親が帰ってくるまでかな。あかねっちを一人にさせたら不安だからね」
「わたしも同じ。あかねが心配」
「そ、そう」
言っている言葉は至極真っ当なのに、なんか分からないけど、肉食獣に狙われた草食動物のような気分だった。なんていうか、嘘は言っていないんだろうけど、それだけじゃない気がした。いや、二人がひどいことするわけないから、き、気のせいだよね。
変に言葉の裏を考えてしまったせいで、煮え切らない態度を取っていると、断られると思ったのかハルちゃんたちは自分の長所をアピールしてきた。
「僕がいればあかねっちは何にもしなくて大丈夫だからね。料理も掃除も洗濯も全部僕に任せて! あかねっちのためならなんでもしてあげる」
「わたしだって……いつでも、勉強を教えてあげられる。それに一人じゃ寂しいよ?」
ハルちゃんの提案は魅力的だし、シロちゃんの方は、微笑ましかった。そうだよね、シロちゃんはちょっと不器用なところがあるもんね。多分、頭の回転の速さに体が追い付いてないんじゃないかと思うんだよね。
逆にハルちゃんは昔から家庭的なところがあった。よくお菓子を作って私に食べさせてくれたり、綺麗好きな一面があった。確かに、ハルちゃんに任せれば完璧にこなしてくれるだろうけど、どんどんダメ人間になっていっちゃう。それはなんとかしないといけないな。
まあ、現実逃避もそのくらいにして、ちゃんと返事をしないと。どうせ断るつもりもなかったのに、引き伸ばしちゃって悪かったな。
「別に断ろうとしてたわけじゃないから。……分かった、ハルちゃんたちのお母さんが許してくれるなら、ママたちが帰って来るまで一緒に住もうね。家事とかは……まあ、分担してやろうね」
「うん」
「分かった」
満面の笑みで頷いてくれた二人の姿を見て、私も心が温かくなる。これからどうなるんだろうかと不安が半分、わくわく半分だったけど、今はずいぶんわくわくに傾いていた。
二人と一緒にいたら何があっても大丈夫、それは昔から変わらない私の思いだった。そうだよ、最近はいろいろあって忘れていたけど、10年以上一緒にいる幼馴染なのは変わりないんだから。
「あっ、そうだ。まだお風呂洗ってないんだった。ごめん、お風呂入るの遅くなっちゃうね」
「全然大丈夫だよ。そうだ! お風呂、一緒に入る?」
「へ? い、いやいや無理無理」
「え~、なんでよ」
ハルちゃんは冗談めかした感じで言うものの、簡単なことでは諦めないような様子だった。一瞬、今の二人と一緒に入ることを想像したけど、それだけで顔が熱くなってしまった。それはちょっといけないことな気がする。なんとか断らないと。
「あ、あれだよ、ほら。うちのお風呂小さいから、もう入れないよ」
「わたしとなら入れる」
シロちゃんまで。もう一緒に入って背中を流すような歳でもないのに、二人してどうしちゃったの?
「と、とにかく、一緒には入らないから」
「ええ~、昔は一緒に入ってたじゃん」
「昔って、幼稚園のときでしょ? それにお泊り会したときの。私は一旦お風呂洗ってくるから、荷物広げるなり、なんでもしてて」
逃げるように、いや実際二人から逃げるために私はお風呂場に向かった。その間、心臓はドキドキしっぱなしだった。そもそも今日から、一人暮らしが始まると思ったのに、どうしてこんなことになっているの?
二人が入るから、そして、二人と顔を合わせるまでの猶予を作るために、いつもより丁寧にお風呂を洗う。しばらくして隅々まで洗い終わって、顔の火照りも収まった頃、湯を張り始める。お風呂が沸くまで少し時間がかかる。その間に、入る順番でも決めておこう。
「お待たせ~、……何してたの?」
リビングの様子は出ていったときと全く変わっていなかった。荷物の一つも広げられていないし、二人の位置も変わっていなかった。不思議に思って聞いてみるも、二人は何もおかしなことはないかのように答えてきた。
「ちょっとね、話し合いをしてたんだ」
「そう。大事な大事な話」
「そう、まあそれならいいんだけど。——お風呂、誰から入る? 別に誰からでもいいよ」
「ねえ、やっぱり一緒に入らない?」
なおも諦めの悪いハルちゃんに私は怒ったふりをする。
「だから入らないよ? もう、そんなこと言うんだったら私が最初に入るからね」
「分かった。いいよ」
「もちろん、家主が一番初めに入るべきさ」
なんか随分あっさりしてるな。やっぱり、さっきのはただの冗談だった? まあ、そういうことなら、一番風呂はありがたく頂こう。……いや、もしかして。
「途中で入ってきちゃだめだからね?」
「それはフリ?」
「フリじゃないからね! ホントに頼むよ」
叫んだ勢いそのまま洗面所に行き、しっかりとドアを閉める。そして、緊張しながら服を脱いでいった。どこか見られているような気がして、急いで脱ぎ終えて、お風呂場に入る。
体を洗っている最中も心臓はドキドキしたままだった。今この瞬間、二人が入ってきたらどうしよう、そんなことを考えるも、何事もなく洗い終わり、そのまま湯舟に浸かる。温かいお風呂に身を沈めていると、次第に落ち着いてきて、さっきのことを冷静に思い返せるようになった。
あんなに焦ることもなかったかな。二人が気を悪くしてないといいんだけど。流石に一緒に入ることはないけど、もっと上手い言い方はあったろうに。あ~あ、昔だったら、一緒に入ることなんてなんともなかったのになあ。
……あれ? よく考えれば女の子同士だし、別に恥ずかしがることなくない? だって、温泉とか普通に一緒に入るよね。それに、着替えとかで見られることもあるし、どうして? ……い、いや、家のお風呂は小さいし、密着しちゃうから恥ずかしがるのは、普通だよね?
これ以上考えていると、のぼせそうだったので、思考を切り上げてお風呂から上がる。お風呂に入っている間、二人が乱入することもなく、結局私が無駄にドキドキしただけだった。
リビングに戻って二人に上がったことを知らせようとすると、うなだれているハルちゃんの姿が目に入った。
「は、ハルちゃん? どうしたの?」
「な、なんでもない」
「なんでもないわけないでしょ」
「あかね。ハルは大丈夫。次はわたしがお風呂に入る」
「えっ、ああ、うん。バスタオルは持ってきた?」
「うん。パジャマもあるから大丈夫」
「えっ、ちょっと、もう? ご、ごゆっくり」
最後の私の言葉は果たして、シロちゃんに届いていただろうか? それくらいシロちゃんはそそくさと行ってしまった。そんなに入りたかったのかな? まあ最近暑いもんね、汗もかくよね。なら、譲ってあげればよかったかな。そんなことを思っていると、ハルちゃんがぽつりと『いいな~』とこぼした。
「ああ、ごめんね。先に入っちゃって」
「あっ、いやそういうわけじゃなくて」
「ん? じゃあ、どういうこと?」
「……なんでもない」
なんだか変なハルちゃんだ。いつもなら、こんな歯切れの悪いことなんてないのに。——まあいっか。そういうときもあるか。ハルちゃんもそこまで悪い状態じゃなさそうだし放っておいて大丈夫そうだ。
二人のために布団とか用意しなきゃいけないものがたくさんある。明日も学校があるんだから早く準備してあげないと。
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