明日への思い
私の知らないところで、行きと帰りの時間は今までどおり二人で行くことで決定していたらしい。まあ、二対一よりも一対一の方がまだ対処、というか対応しやすいだろうから良かった。
今までは何も考えずに二人といられたけど、気持ちのベクトルが自分を向いていることを知って、そうもいられなくなった。二人と一緒にいると、どうしたって二人が自分のことを好きだってことを考えてしまうのだ。
今日はハルちゃんと二人で学校に来た。手の繋ぎ方はやっぱり恋人繋ぎで、ハルちゃんの体温がいつもより伝わってきた。昨日と同じくただ手を繋いでいるだけなのに、緊張してしまう。ハルちゃんのハイテンションのおかげでいくらか気は紛れたものの、なんかいけないことをしているような気恥ずかしさは拭いきれなかった。本当にどうしちゃったんだろう、私の体。
そんなこんなで、学校に着けば手を繋いでいる時間も終わる。名残惜しそうな顔をしているハルちゃんには悪かったけど、私はようやく手を離せてほっとした。手を繋ぐことは嫌ではない。むしろ嬉しいとすら思っている。ハルちゃんたちと触れ合っていると楽しい。けれど、そこに恋人という要素が入ってしまうと途端に恥ずかしく思えてしまうのだ。
「ちゃんと仲直りできたみたいで良かったじゃないか」
「元から喧嘩なんてしてないからね」
教室に入り、自分の席に荷物を置いていると、トモちゃんに話しかけられた。まるで、子どもでも見るような生暖かい目に反抗心が宿ってしまう。が、それも一瞬のことで、今朝の家での出来事を思い出して、授業が始まる前からため息をついてしまう。ハルちゃんとのことで忘れていたことが一気に襲ってきて、気が滅入ってしまった。
「どうした? そんな疲れた顔して」
「やっぱりそう見える? ……ちょっと聞いてくれる?」
「ああ、もちろん。なんでも言え」
「ふふっ、ありがとう」
その口調に似合わず、世話焼きなトモちゃんに感謝しつつ、私は今朝のことを思い出す。
◇◇◇
珍しく調子の良い朝だった。目覚ましで一発で起きられたし、寝起きも悪くない。いつもより時間に余裕があったので、ゆっくり着替えて、準備を整える。下に降りると、大きな荷物をまとめているパパの姿を見えた。ちらっ見えた中身からどこかに旅行する感じだった。
「あれ、パパどっか行くの?」
そこまで急いでいなさそうだったのでのんびり聞くと、パパは作業している手を止めて、答えてくれた。
「おお、あかねか。そうだぞ。明日から出張だからな。今日のうちにしっかり荷物を確認してるんだ」
そう言えば、前そんなこと言ってたな。ハルちゃんやシロちゃんのことがあって、ちょっと忘れていた。
「いつ帰ってくるの?」
「早くて一ヶ月ってところだな。計画通りに行かなかったらもう少しかかるかもしれないけどな」
「一ヶ月も⁉ そんなに出張って長いの?」
「最近出張行ってなかったからな、あかねは知らないか。昔はもっとばんばん行ってたんだけどな」
ははは、と昔を懐かしむように笑うパパの姿にそういうものかと納得する。
「まあ、いいけど。頑張ってきてね。お土産も忘れないでね」
「ああ、分かってるって。あかねも、一ヶ月一人で頑張るんだぞ」
「……えっ?」
聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がした。一人? どういうこと? 私が混乱していると、パパも様子がおかしいと思ったのか、言葉を継いでくる。
「あれ? まだママから聞いてなかったのか?」
パパがそう言った後、私たちはお互いに顔を見合わせた。嫌な予感がした。
「何も聞いてないけど、——ママ~、どういうこと?」
「ママ、伝えておいてって言ったよね?」
私とパパの声に、ママはお玉を持ちながら、パタパタとこっちへやってきた。どうやら、何か料理の最中だったらしいけど、こっちの方が重要だ。だけどそんな私の不安とは裏腹にママはあっけらかんと言い放った。
「あら、まだ言ってなかったかしら。私もパパについていくから、あかねは一人でお留守番よろしくね」
「きっ、聞いてないよ」
「本当にごめんなさいね。でもさ、考えてみてほしいんだけど、逆に私がパパと離れると思う?」
「それは、……思わないけど」
「でしょ? じゃ、そういうことだから、頑張って! ファイト!」
「なんか適当じゃない?」
「そんなことないわよ。大丈夫、あかねならできるわ」
何だか言いくるめられた気もするが、仕方がない。もう不満を言ったところで何も変わらないのだろう。ママは昔からそういう人だった。パパなら頼めばワンチャンあったけど、いくらパパでも出張自体は変えられないだろう。
それならもう明日のことは考えるのはやめて、とりあえず朝食を食べよう。今日も明日も学校はあるんだから。
◇◇◇
「というわけなんだよ」
「要するに、明日から家に一人ってことか?」
「そうなるっぽい。はあ、面倒だなあ」
一人になると洗濯とか掃除とか料理とか、いろんなことを自分でしなくちゃいけない。部活とかに入ってないから時間はあるっちゃあるけど、いつもママにしてもらっているのに自分一人でできるとは到底思えなかった。
「ははは、まあまあ、いい経験じゃねえか」
「そうだよ。一人暮らしってことでしょ? いいなあ、羨ましい」
「ほんとほんと、そしたらなんでもできるじゃん!」
いつの間にか、咲ちゃんやカナちゃんまで周りに集まってきており、口々にそんなことを言う。なんか皆からそう言われると、一人になるのがそんな悪いことじゃないように思えてきた。確かに、一人だったら夜更かししても怒られないし、お菓子だってたくさん食べられる。とりあえず、一ヶ月分の食費やらなんやらはもらっているから贅沢だってできちゃう。あれ? 考えてみたらあんまり悪いことでもなくない?
「確かに、言われてみればそうかも」
「そうそう。何かあれば俺らを頼ってくれてもいいしな」
「うんうん、お泊りパーティとかやってもいいよ」
「あはは、まあそれは機会があったらね。でも皆ありがとう。なんか楽しみになってきたかも」
やっぱり人に話すのって大事だ。ちょっと憂鬱だったのがむしろ楽しみに変わってしまった。大変なことはあるだろうけど、明日から一人の生活を満喫しよう。
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