始まりあるいは再開
学校が終わっても空は青々とした姿のままだった。白い雲は遥か遠くにうっすらと見える程度で、つまるところ快晴だった。夏が刻一刻と近づいてきていることを日の長さに感じた。
私はぼーっと外を眺めながら、一人教室でハルちゃんたちを待っていた。会わない約束は今日のお昼まで。放課後に私のクラスで落ち合うことを一昨日決めていた。
教室からクラスメートが去っていき、人の気配が完全にいなくなったころ、ハルちゃんたちは現れた。これからする話のために、ハルちゃんたちもまた待っていてくれたのだろう。
「なんか久しぶりだね」
ハルちゃんが言った。たった一日、離れていただけ。口にしてしまえばそれだけのことだったけど、私もそう感じていた。一日二人に会わないだけで、とても寂しさを覚えていた。二人に会えた瞬間、嬉しさが溢れるくらいには。
「答えは決まった?」
シロちゃんはいつものように話しかけてくる。いや、少しだけその声には緊張が混ざっていた。私がそうあってほしいと思っているだけかもしれないけど。真っすぐとこちらを見据えるシロちゃんの問いに、何と返すか。考えるまでもなかった。
「うん。二人とも待たせてごめんね」
答えはきっと初めから、いいや始まる前から決まっていた。それを自分で受け入れられるかどうかだった。結局私は自分から彼女たちと離れることを選べない。昨日の一日だけでもそれは十分に分かった。
幼馴染という関係から一歩、いや一歩どころではなく限りなく二人に近づくことへの不安はあった。彼女たちに近づきすぎれば、イカロスのように墜ちるか、あるいは目がくらみ、虫のごとく自ら破滅の火に飛び込ぶか。そんな未来がありありと想像できてしまった。
決して二人が悪いわけじゃない。勝手に引け目を感じてしまっている私だけが悪い。だからこの不安は二人には見せないし、これを理由に二人と離れることはできない。
ここから始まるのだ。二人との新しい関係が。ならば、不安そうな顔はそぐわない。彼女たちに暗さは似合わない。ネガティブな気分になってしまうのは、きっと寂しかったからだ。そんな風に自分を納得させて、私は笑った。
「これからもよろしくね」
私がそう伝えると、ハルちゃんは明らかにほっとした顔を見せた。不安にさせてしまったのは、私も同じだったようだ。申し訳ないと思っていると、シロちゃんはまだ少しだけ険しい顔で聞いてきた。
「それは付き合うということ?」
「ちょっと、麻白」
ハルちゃんが制止しようとするも、シロちゃんは止まらなかった。
「ちゃんと言質を取らないと安心できない。これでまた、付き合っていないだなんてことになったら嫌だ」
シロちゃんが珍しく、分かりやすいほどに感情を見せていた。これじゃ本当に人のことは言えないな。でもシロちゃんたちには悪いけど、どこか安心できた。二人も不安だったことを知れたおかげで、なんだか上手くやっていけそうな気がした。
「ごめんごめん。ぼかした私が悪かったね。こほん。——私、真宵あかねは才色ハル、逆月麻白の二人と付き合うことをここに誓います。みたいな感じでどうかな?」
宣誓とかどうすればいいか分からなかったから適当になっちゃったけど、二人の反応からするに大丈夫そうだ。
「ありがとう、あかねっち」
「欲を言えば、わたしを先に言って欲しかったけど、まあいい」
小さなところまで張り合おうとするシロちゃんが微笑ましかった。どっちが先とかあんまり考えていなかったけど、次何かあったときはシロちゃんを先に言おう、心のメモ帳にそう書き込んでおく。
「じゃあ、これからどうするかについて話し合おうと思ったけど、とりあえず帰ろっか」
ハルちゃんのその一言で、私たち三人は帰路に就くこととなった。空がまだ明るいから勘違いしそうだったが、時計を見れば案外時間が経っていた。もう少し遅れると、部活が終わった子たちと鉢合わせしてしまう。それが悪いというわけではなかったが、なんとなく今日は三人でいたかった。
荷物を持って教室から出る。私たちの学校には所謂上履きがない。教室にも土足のままだし、下駄箱なんかもない。高校に上がったころはびっくりしたけど、慣れた今となってはむしろ靴を履き替える必要がない分楽だった。
そのまま校門まで歩いて行っても、誰ともすれ違わなかった。もう部活をやっている子くらいしか学校には残っていないので当然と言えば当然だったが。これからどうしようかな、なんて歩きながら考えていると、急にハルちゃんに手を握られた。
「えっ、な、何?」
急なことで驚いていると、ハルちゃんはさも何でもないことのように言う。
「何っていつもしていることだよね?」
「えっ、いやそうだけど……」
そうこうしているうちに、シロちゃんが対抗するように空いている右手の方を握ってきた。
「ハルだけずるい。わたしだってさっきから我慢してた」
シロちゃんはいつもの普通の手の握り方じゃなくて、恋人繋ぎと呼ばれるつなぎ方をしてきた。
「あっ、それいいね」
そう言って、ハルちゃんも真似するように恋人繋ぎにしてくる。その間私はされっぱなしだった。いつもだったら、何とも思わず、『もう、いいから早く行こうよ』なんて言っていたと思う。
でも、今日は違った。いつもみたいに二人と手を繋いでいるだけなのに、どうしてかドキドキが止まらなかった。いや、落ち着け私。二人とはただの幼馴染じゃないか。あれ? いや違うのか。今は二人とは恋人なんだから……
「あかねっち、大丈夫?」
「うぇ? だ、大丈夫、大丈夫。ほら、早く帰ろう」
私は考えるのを止めて、顔の熱さをごまかすように二人を引っ張った。二人の体温を両手に感じながら、帰り道を歩く。しばらくしても心臓はまだ早鐘を打っていたままだった。本当にどうしちゃったんだろうか、私。
夏の暑さはすぐそこだった。
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