あの日の真実






「ごめん。何か今日補習を受けることになっちゃったから、一緒に帰れないかも」


 ある日のこと、いつものようにあかねっちたちとお昼を一緒に取っていると、あかねっちから急にそんなことを打ち明けられる。


「補習? どうして?」

「ほら、この前の定期テストあったじゃん? あれで、結構赤点取っちゃってさ。山田先生から言われちゃって。もう酷いよね? 高校に受かったばっかりなんだから、容赦してくれてもいいのに」


 あかねっちは正直ちょっとおバカだ。そういうところも可愛らしくていいんだけど、今回は補習について少し責任を感じていた。あかねっちのレベルより高いこの学校に誘ったのは僕と麻白だったからだ。



 あかねっちは昔から人との距離が近かった。男女関係なく、友だちの距離で話すのは彼女の魅力ではあったが、そんな彼女が共学の高校なんかに通ってしまったら、勘違いする愚か者が大量発生してしまう。だから少しレベルは高いものの、この女子高に進学してもらった。



 ただ、その後も勉強を続けていたはず。違うクラスになっちゃったから普段の様子は本人の言葉とファンの子たちからしか聞けなかったけど、ちゃんと頑張っているって聞いていたのに、どうして?


「でも、あかねっち、勉強してるって言ってなかったっけ?」

「ぎぐぅ、あ、あれはね、ちょっと嘘って言うか、なんというか、教科書を開いたはいいもののすぐ寝ちゃったりして……あはは」

「あはは、じゃないでしょ」

「わたしは気付いてた」

「っ、気付いてたんなら、勉強見てあげれば良かったのに」

「この学校に受かるためにあかねは凄い勉強を頑張ってた。だから休む時間が必要だと思った」


 勝ち誇ったように、こちらを見る麻白の姿が癪だった。悔しいことに、今回は麻白の方があかねっちのことを分かっていたようだった。水面下でそんな争いが起きているとも知らず、あかねっちはさっきまでのバツの悪い顔から一転、いつもの笑顔で言った。


「そうだよね、シロちゃん! やっぱり、休憩しないとだめだと思うんだよね。……まあ、補習には出なきゃいけないんだけどさ。山田先生怒ると怖いし」



 今度は不満そうな顔を見せるあかねっち。ああ、やっぱり好きだな。心のままに、ころころと表情を変えるその仕草が、どうしようもなく愛らしく思えた。


「そう。じゃあ、待ってるよ。補習が終わるまで」

「いや、流石にそれは申し訳ないよ。いつ終わるか分かんないし」

「わたしはあかねと一緒に帰りたい。だから勝手に待つ」

「僕もあかねっちと一緒に帰りたいからね。何なら一緒に補習を受けてもいいんだけど」

「一人で大丈夫だから。まあ、でも分かった。じゃあ、そっちの教室で待ってて。多分私のクラスで補習をするだろうから、終わり次第そっち行くよ」

「分かった」









 放課後、皆が帰宅した教室で麻白と二人、あかねっちを待った。麻白とは、なかなか二人きりになることはない。僕たちが一緒にいるときは、基本あかねっちも一緒にいるからだ。ちょうどいい、この機に言いたいことを言ってしまおう。


「なあ、麻白」

「ん、何?」

「前々から思っていたんだけど、もう少し配慮ってものを持った方がいいんじゃないか?」

「配慮?」

「そう、配慮。この前も話しかけられたのに、無視したそうじゃないか?」


 麻白は昔からそうだった。自分自身で完結してしまうがために、人と関わることがない。人に何かを教わることもない、逆に教えることもない。麻白の頭の良さでは仕方ないのかもしれないが、それで本当に大丈夫なのだろうか。



 麻白はクラスで孤立している。それを気に掛けた数人のクラスメートが麻白に話しかけたそうだが、あえなく無視された、と本人たちから言われた。どうやらその子たちは自分のファンらしく、僕と一緒にいる麻白が一人でいるのが気になったらしい。


 最近、麻白に無視されていたその子たちが「冷たくあしらわれるのも、それはそれで」なんてことを恍惚な表情で口にしていたのは記憶に新しい。


 まあ、それはどうでもいいんだけど、とにかく今のままではこの先心配だった。麻白は僕のことを嫌っているが、僕としては仲良くしたい気持ちはあった。だからこその心配であったが、麻白は心底興味ないと言った様子で答える。


「別に、話す必要がない」

「だからって、人を無視したら駄目だろ?」

「必要ない」

「必要ないって、お前なあ。そんなんでこれから先通用すると思ってるの?」

「当然」


 麻白は何を馬鹿なことをとでも言いたげに言った。確かに、麻白は凄い。私が知るかぎり最も頭の良い人物だし、それはきっとこれからも更新されることはないだろう。それでも、他人と極力関わろうとしない麻白のスタンスは怖かった。いざとなれば、一個人の才能など何も意味を為さないと僕は知っていたから。


 しかし、麻白はそんな僕の心配を意に介さなかった。


「ハルはこれから先、あかねを愛していく自信がないからそんなことを言う」

「何だと?」

「わたしはあかねを愛している。あかねのためなら何でもできる。でも、ハルはそうじゃない。だから、他の人と関わって、逃げ道を作った」

「そんなことしてない。そもそも僕の方があかねっちのことを愛しているんだからな」


 何を言っている? そんなわけないじゃないか。僕にはあかねっちがいればいい。僕の愛を否定するのは、例え相手があかねっちだとしても許せそうになかった。


「じゃあ、どうして、他人と関わる?」

「それが必要なことだから。僕にとっても、あかねっちにとってもね」


 僕は覚えている。一瞬で自分の周りから人がいなくなったことを。そのときのショックは筆舌に尽くしがたいものがあった。そんな思いをあかねっちには絶対にさせたくなかった。


 あかねっちの周りにはいつも友だちがいた。だけど、そんな奴らいつ裏切るか分からない。だからこそなるべく自分を良いように見せて、才色ハルという存在に憧れさせた。そうすれば、もう裏切られることはない。そうすれば、僕と一緒にいるあかねっちも、良く見られるだろうと。


 しかし、僕の言葉に麻白が賛同することはない。


「あかねはわたしが守る。他人なんて必要ない」


 きっと、だから僕は麻白のことが嫌いだったのだろう。我関せずと言ったように我を貫き通す彼女のことが。その傍若無人な振る舞いのせいであかねっちに累が及んだらどうするのか。その無責任さが僕は嫌いだった。



「さっきから、麻白の言い分は間違ってる!」

「そんなことない。ハルの方が間違ってる」


 ここまで来れば、もう意地の張り合いだ。どちらが正しいかはもはや関係ない。どちらの方があかねっちにふさわしいか。根拠などなく、ただただ言い張るだけだった。


「絶対に僕の方が好きだ」

「違う。わたしの方が好き」

「いいや、僕だね」

「わたしに決まってる」


 どこまで行っても僕たちの口論は平行線だった。昔からこうだった。昔は、あかねっちの前でまでこんな風に口喧嘩してしまって、仲良くしてって言われたっけな。


 はあ、あかねっちもどうしてこんな奴と付き合っているんだか? あかねっちは仲良くしろっていうけど、麻白にその気がなければ、仲良くなんてできなかった。



 ん? 何か物音がしたような。どうせ、麻白に何を言っても変わることはないし、放っておいて見に行くか。はあ、早くあかねっちに会いたいな。そんなことを考えながら僕は教室のドアを開けた。



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