気付かれた勘違い
ハルちゃんかシロちゃんのどちらかと二人で帰るようになってから、早いものでもう一週間が経った。今日ハルちゃんと一緒に帰るのを入れれば、ちょうど三回ずつ帰ることになる計算だ。三回目ともなれば流石に慣れて、二人で帰るのがいつの間にかいつもの日常に変わっていた。
「今日はあそこのカフェに行こう! そこのティラミスが美味しいらしいんだ。あかねっち、好きだもんね、ティラミス」
「はいはい、分かったから。相変わらずハルちゃんテンションが高いなあ」
「だって、あかねっちと二人きりで居られるんだよ? それに、一日おきでしか一緒に居られないし、限られた今を目一杯楽しまなくちゃ損だよ」
アクティブなハルちゃんらしい回答に、思わず笑みがこぼれる。
「ふふっ、そうだね。楽しまなくちゃ損か」
「そうそう、いつだって今が一番若いんだから」
ハルちゃんに連れられて、そのカフェまで歩いていく。チャランチャランと鈴を鳴らしながらドアを開け、中に入る。私の予想に反して、店内は落ち着いた印象を受ける。ぽつぽつとまだらにお客さんはいるものの騒々しさはなく、かと言って静寂というわけでもなく、なんていうかカフェって言うより喫茶店って感じのお店だった。
お好きな席にどうぞ、とマスターらしき人に言われたので、人の少ない角の方の席に向かい合って座る。メニューを一緒に見ながら悩み、結局私はココアとティラミス、ハルちゃんはブレンドコーヒーとショートケーキを頼むことにした。
注文したものを待っている間、私たちは会話に興じる。幸いにも静かな店内には軽く音楽が流れており、会話することが憚られることはなかった。
「にしても、よくこういうカフェ知ってるよね」
こっそり周りを見渡してみても、お客さんはほとんどがしっかりした大人ばかりで、制服姿なのは私たちだけだった。私より忙しいだろうハルちゃんが、こういう穴場みたいなカフェを知っているのは不思議だった。
「ああ、こういう落ち着いた感じのカフェ知らない? ってファンの子に聞いたら、教えてくれたんだ。喫茶店巡りが趣味なんだってさ」
ファン? ……ああ、そのファンね。あまりにも違う世界の言葉過ぎて、一瞬何を言ってるか理解できなかった。そういや、カナちゃんが何か言ってたな、ハルちゃんとシロちゃんのファンクラブができたとかなんとか。
シロちゃんはともかく、ハルちゃんは中学のときからすでに人気だったから、自然とそういうファンの子たちに対しての対応が身に着いてるんだよね。……そうか~、ファンの子に教えてもらったか~。一体どんな人生を歩んできたらそんな事態に遭遇するんだろう?
ハルちゃんは本当に私と同じ世界に生きているのだろうか、なんてくだらないことを考えていると、いつの間にかテーブルには頼んだティラミスやらが並んでいた。どうやら気づかないうちに店員さんが持ってきてくれたらしい。
「あかねっち、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっとぼーっとしちゃっただけ」
「ならいいんだけど」
「ほら食べよ? どっちも美味しそうじゃん」
いつもみたいに二人でケーキをシェアしながら食べていると、あっという間に食べ終わってしまった。ティラミスもショートケーキもどっちも美味しすぎて、フォークを進める手が止まらなかった。
「ふ~、この店にして良かった。程よく静かだし、リラックスできるし。あの子には感謝しないと」
ハルちゃんが食後のコーヒーを飲みながらしみじみとそう言った。
「まあ、ハルちゃんは忙しいもんね。昨日も一昨日も部活の助っ人に行ったんでしょ? いや~、私なら一日でへとへとになる自信があるよね。本当にお疲れ様」
「ふふっ、ありがとう。でもまあ、そこまで疲れはないかな。体を動かすのは楽しいし、それが誰かの役に立つならなおさらね」
あ~、すごいハルちゃんらしい言葉だ。こういう良い子な発言を素で言えちゃうからハルちゃんは王子様なんだろうな。昔から世のため人のためって感じで、人を助けるのを厭わない子だった。
そんなハルちゃんのことがカッコよくて、誇りに思うのと同時に心配でもあった。どこまでも自分を犠牲にしてしまいそうで、怖かった。ずっと昔からそばにいたからこそ、ハルちゃんにはハルちゃん自身の幸せを掴んでほしかった。
例えば今だってハルちゃんは、恋人であるシロちゃんより私を優先して登下校に付き合ってくれている。
あれ? 考えてみたらシロちゃんとの時間取れてるのか? だって、登下校はどっちかは私といるわけだから、一緒にはいられない。土日もハルちゃんが助っ人に行っちゃうと二人で過ごせない。えっ、本当に大丈夫か? 一緒のクラスとはいえ、流石に一緒にいる時間が少なすぎないか?
「ね、ねえ、ハルちゃん。シロちゃんとは上手くやってるの?」
「麻白と? ……まあ、仲良くしてるよ」
うん? 何か変な間があったな。それに、ハルちゃんが耳たぶを触るのは、何かをごまかしたいときだ。ああ、やっぱり一緒に居る時間が少ないんだ。それで喧嘩でもしちゃったのかもしれない。喧嘩ほどではなくても、意思の疎通が上手くとれていないくらいのことは起きていてもおかしくはない。
……きっとここらが、やめ時なのだろう。二人の厚意によって始まったこの二人きりの登下校。それでも、そのせいで二人が不仲になってしまうなら、それはもはや続けるべきではない、いや、続けてはいけない。
「やっぱりさ、二人と一緒に帰るのはやめよっか」
「えっ、なんで? ……僕のこと嫌いになっちゃったの?」
「そうじゃなくて。やっぱりハルちゃんたちが一緒に帰った方がいいんじゃないかと思ってさ」
「なんでさ?」
泣きそうな目でこちらを見つめるハルちゃんの姿に心が痛む。なんとなく、選択を間違えた気がした。それでも、もう止まれなかった。ハルちゃんたちの厚意は嬉しかったが、私が原因でハルちゃんたちが不仲になるのは避けたかった。そうなってしまえば、きっともう私たちは仲良しな幼馴染には戻れない。その最悪を避けるために、私が一歩下がるのだ。
「だって、二人は付き合ってるんでしょ?」
「うん、だからあかねっちと一緒に帰るんじゃん」
「なんでよ? ハルちゃんとシロちゃんが付き合ってるのに、どうしてそこで私が出てくるの?」
これからのことを考えると私も少し感極まって、声が滲んでしまう。しかし、その言葉を聞いたハルちゃんは急にその動きを止めた。
「……ん? ちょっとごめん。あかねっち、今なんて言った?」
「だから、二人が付き合ってるのになんでそこに私が出てくるのって」
何が引っ掛かるんだろう? ハルちゃんたちが言ったことなのに。私がそう疑問に思っていると、ハルちゃんは引きつった笑みをその可愛い顔に浮かべていた。
「僕が、麻白と?」
「えっ、うん。だって、そうでしょ? 二人が言ったんじゃん。付き合ってるって」
私が確認の意を込めてハルちゃんにそう聞くと、ハルちゃんは額に手を当てて、それはもう深い深いため息をついた。そうしてため息を終え、私に向き直ったハルちゃんはどこか残念そうな表情をしていた。
「……どうやら、僕たちとあかねっちとの間には大きな認識の齟齬があるみたいだ」
「えっ、何、何? なんか間違ってた?」
「ああ、何もかも間違ってる。……これは僕だけじゃだめだな。——はあ、仕方ない、麻白も呼ぶか」
そう呟くと、ハルちゃんはシロちゃんを呼び出すために、スマホを操作し始めた。何が間違っているのか分からなかったが、それを聞けるような雰囲気でもなかったので、私はただただそれを眺めるしかなかった。私に分かったのは、これから私たちの関係が決定的に変わるということだけだった。
テーブルの上のココアとコーヒーはもうすでに冷え切っていた。
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