二人きりでの登校
「今日っはー、あかねっちとー、ふったりきりー。ふっふっふー」
ぶんぶんと私と手をつないでいない方の左手を振り回しながらその喜びを表現するハルちゃん。これだけ喜んでくれるのは嬉しいけど、朝からずっとこんなテンションで疲れないのかなあ?
「今日は二人きりだから、帰りはカフェとか行っちゃう?」
「うん、別にいいけど」
「ホント? やったー」
ハルちゃんはホントに豊かに感情表現してくれるから見ているこっちとしても分かりやすいし、一緒にいて本当に居心地がいい。なんか噂ではいつもクールで冷静だって聞いてるんだけど、別人に思えて仕方がない。
小さい頃とは違って、ハルちゃんのカッコいいところももう何度も見てるし、実際冷静なときはクールでカッコいいと思う。でも、本当のハルちゃんはもっとずっと可愛くて魅力的な女の子なのだ。まあ、誰かに気づいてほしいわけじゃないし、誰にも教えはしないけどね。
「今週はどこの助っ人に行くの?」
「んっとね~、今週はバスケとソフトボールかな。バスケの方は、先週と同じで練習試合なんだけど、ソフトボールはインターハイ予選にも関わってくる試合らしいからね。頑張らないと」
「そうなんだ。やっぱりすごいな、ハルちゃんは」
「んふふ。あかねっちに褒められるのが一番嬉しい」
そう? そこはやっぱりシロちゃんの方が嬉しいんじゃない? まあ、今それを言うのは流石に野暮だから言わないけどさ。屈託なく笑うハルちゃんの笑顔を見ていると勘違いしてしまいそうになる。
ああ、でもあれか。あんまりシロちゃん人を褒めたりしないもんね。何かをやっても、いつも当然だっていう顔をしている。でも、それはシロちゃんが人のことをよく観ていて、その人の能力を正しく認識しているかららしい。だからこそ、シロちゃんにお疲れ様とか言われると嬉しいんだけどね。
ああ、いけないいけない。また、他の人のこと考えちゃった。シロちゃんに言われたのに、一緒にいるときは他の人のことを考えちゃだめだって。
ハルちゃんのことを考えないと、と思って横を向くと、ハルちゃんもじっと私の方を見つめていた。急に無言になったのをいぶかしまれたのかもしれない。じいっと、無言で見つめてくるハルちゃんの威圧に耐えきれなくなって、ポツリと本音をこぼしてしまう。
「で、でも、もったいないなあ」
「何が?」
「あ、いやさ、高校に入って部活やめちゃったじゃん? 続ければ良かったのになあってちょっと思っただけ」
ハルちゃんが選んだことだから、とやかく言う気はなかったけど、高校に入ってからいつも思っていたことだった。ハルちゃんは中学の頃は、陸上部に入っていた。短距離も長距離もどっちもできる選手で、学校の中じゃどっちも一番だった。でも、大会には1人1種目しか出られないみたいだから、どっちかと言えば得意な短距離の方で出て、それで結局全国3位になったのだ。
その試合は私も見に行ったし、表彰台に上がる彼女の姿を見て、やっぱりハルちゃんはすごいんだなあと再認識したときでもあった。しかし、ハルちゃんは一切の後悔を感じさせず答えた。
「まあ、あかねっちとの時間が減っちゃうからね。いいんだよ」
さらりと答えたハルちゃんの言葉には本当に何の未練も感じさせなかった。ただ、そうするのが当然であったかのような様子に、私は何も言えなかった。天才な彼女と凡人な私とじゃやっぱりどこか思考が違うんだろう。彼女の才能が埋もれてしまうのは悲しいし、私のせいでもあったら申し訳なかった。
そんな気持ちが表に出てしまったんだろう。ハルちゃんは私を安心させるような声色で続きを話してくれた。
「それに、一応部活には入ってるんだよね」
「えっ? そうなの?」
「うん。何か部活に入ってないと、選手登録できなくて大会に参加できないらしいからね。頼まれた部活には一応入ってるよ。普段の練習にはあまり参加しないのを条件にね」
知らなかった。よく助っ人にいくなあとは思っていたけど、そんな裏事情があったのか。
「むしろ中学のときより、いろんなスポーツができて僕も楽しいんだよね」
「へえ~」
「あ、だからね、あかねっちの提案は正直ありがたかったよ。いくら僕とはいえ、試合の前には少し練習しないとみんなと合わせられないからね。あかねっちと帰るのが一日おきになったから、その分部活に参加できるようになったよ」
「さ、さすがはハルちゃんだね」
自信たっぷりなハルちゃんの言葉を聞いて、私は称賛することしかできなかった。なんでもできるもんね、ハルちゃん。バスケもサッカーも体操だって、できちゃう。それでいて、私よりも勉強ができる。
いや、言い方が適当じゃないな、ハルちゃんはかなり勉強ができる方だ。シロちゃんほどではないにしろ、確か前の定期テストで学年20位には入っていたと言っていた。はあ、普段は考えないけど、改めて考えると二人の凄さがよく分かる。そう言う意味でもやっぱりお似合いな二人だと思う。
「あ~、もう学校かあ。もっとあかねっちと話したかったのに」
「あはは、帰りも話せるからいいじゃん」
「そうだけど、全然足りないの」
「ほら、人が増えてきたよ? しっかりしないと」
ハルちゃんは学校で王子様の地位を確立している。同級生たちからだけでなく、先輩たちからも尊敬と憧れの眼差しを欲しいがままにしているとは、かなちゃんの言だ。そんな彼女が駄々っ子のような姿を見せていたら、すぐに噂になってしまうだろう。
「むう~」
「ふふっ、そんなふくれっ面しないの。皆びっくりしちゃうよ」
可愛いんだけど、普段のハルちゃんと違いすぎて、ファンがびっくりしてしまう。いや、ハルちゃんのファンからしたら、それもギャップってやつでいいのかもしれない。でも、そんなハルちゃんの一面が知られるのはなんとなく嫌だった。
一度思ってしまえば、急にその気持ちが大きくなってしまい、背の高いハルちゃんをかがませて、私の胸の中に隠す。
「な、何をするの、あかねっち⁉」
「ハルちゃんが元にもどらないなら、私が隠す。だから早くいつも通りになって」
「なった、なったからもう大丈夫」
そんなすぐに収まるはずないのに、ハルちゃんが暴れるせいですぐに離れることになってしまった。むう、今度は私がふくれっ面したい気分だった。本当に戻ったか確認のために、ハルちゃんを見てみると、顔が少し赤かったけど、確かにいつも通りに戻っていた。
今日はちょっと暑いからか、一瞬触れ合っただけで、すぐに熱をもってしまったのかもしれない。
「じゃあ、ハルちゃん。学校の間はしゃきっとするんだよ。私と一緒に居るときは甘えてもいいから」
「えっ、あっ、うん。そうする」
「うん、素直でよろしい。じゃあ、また、お昼かな? バイバイ」
「あっ、バイバイ」
そうして、私たちは別々のクラスに向かった。確かに、二人で登校した方が、一人一人と深く喋れていいかもしれない。ハルちゃんのテンションが移ったのか、私もいつもより高いテンションでクラスの中へ入っていった。
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