変わっていく日々






 朝、目が覚める。今日はなぜだかすっきりとした目覚めだった。昨日いっぱい寝たからだろうか、それとも夏が近づいてきて布団から出ても肌寒くなくなったからだろうか。


 今日からまた学校が始まる。別に学校が嫌いというわけではないが、なんとなく憂鬱な気分になってしまう。何か忘れていないか不安だ。


 いつものように、制服に着替え下に降りる。1階には朝ご飯を食べている途中のパパと、お弁当を作っている最中のママがいた。


「おお、おはよう。なんだ、今日はやけに早いじゃないか?」

「あら、ほんと? 明日は槍でも振るかしらね」

「私だって早く起きるときくらいあるよ、もう。おはよう」


 酷い反応に憤慨しつつ、顔を洗ってしゃきっとするために洗面所に向かう。冷たい水が気持ち良かった。しっかりタオルで水気を取り、鏡で確認しながら寝ぐせを直す。うん、こんなもんかな。


 そうしてリビングに戻ると、ちょうどパパが朝ご飯を食べ終わったところだった。


「ごちそうさま。美味かった」

「ふふっ、お粗末様でした」


 パパは洗い物をキッチンに持って行ったついでにママにハグをしている。パパとママは、娘が高校生に上がった今も仲が良い。両親のそういう姿を見るのは、娘としては複雑だったが、まあ仲がよくて結構なことだ。そんな二人を横目に見ながら席に着く。


「ああ、そうだ、あかね」

「何? パパ」

「近々転勤がありそうでな。ちょっと家を空けることになりそうだ」

「ふーん、分かった。お土産よろしくね」

「ふふっ、そうだな。忘れないようにしておこう。じゃあ、行ってきます」

「「行ってらっしゃい」」


 パパはにかっと笑ってそのまま出ていき、それを見届けてから私も朝ご飯を食べ始める。時計を見ても、まだまだ家を出るまでには余裕がある。久しぶりにしっかり味わいながら朝ご飯を食べていると、お弁当を作り終えたママが隣に座って話しかけてきた。


「はい、お弁当」

「ありがとう」

「それにしたって、今日は早起きね。これなら、ハルちゃんや麻白ちゃんを待たせることはなさそうね」


 あ、そうじゃん。今日から一人で登校することになるのか。何か忘れていると思ったら、そのことか。はあ、自分から言い出したこととはいえ、気分が落ち込むのは避けようがなかった。


「そのことなんだけど、今日はハルちゃんたち来ないの」

「あら、どうして?」

「……やっぱり、いつも家まで来てもらうのは申し訳ないからね。今度から違う場所で待ち合わせることにしたの」


 ママは昔からハルちゃんや麻白ちゃんと面識がある。昨日だって、眠っていた私を放って、ハルちゃんと二人でお昼を食べたらしい。そんなママに、ハルちゃんたちと距離を取ったというのは伝えづらかった。そんな私の嘘を見抜いたのかどうかは分からなかったが、ママは微笑んで言う。


「……ふーん。ま、いいんじゃない。何にしても、ハルちゃんたちが来ないからって遅刻しないようにね」

「はーい」


 そんなこんなで朝ご飯も食べ終わり、ゆったりしていると、いつも二人が来る時間が迫ってきていた。家から学校まではぎりぎり歩いて行ける距離にある。2,30分ほど歩くことになるが、二人と一緒に歩いていると、そんな時間はあっという間だった。


 今日からはその道を一人で歩くことになるのだ。ああ、やっぱり言わなきゃ良かったかな、と今更ながら後悔する。いや、でもずっと二人の厚意に甘えるのも迷惑だろうし、これで良かったと無理やり自分を納得させる。


 ああ、そうだ、明日からはもっと早くに家を出て、二人とばったり出くわさないようにしよう。そんなときだった。インターホンが鳴り響き、この家の住民に何者かの訪問を知らせた。


「あら、誰かしら? あかね、出てもらえる?」

「うん」


 誰だろう。もうハルちゃんたちは来ないだろうし、と思いながら玄関の扉を開けると、そこにはもう来ないと思っていたシロちゃんがいた。


「シロちゃん? なんで来たの?」

「今日はわたしの日」

「えっ?」


 私が混乱していると、後ろからお母さんが現れた。


「あら、麻白ちゃんじゃない。迎えに来てくれたのね。ほら、あかねさっさと行っちゃいなさい」


 カバンを渡され、ママに追い出されるようにして家を出る。そうしてシロちゃんはいつものように私の手を取って学校へ行こうとする。


「ちょ、ちょっと待って。これからは二人で行ってって言ったよね?」

「うん、だから二人で行く」


 これで話は終わりだとばかりにシロちゃんは歩みを再開しようとするが、私は混乱したままで、前に進むことはできなかった。


「いや、それはハルちゃんとシロちゃんで……」

「なんで?」


 いや、なんでって言われても。シロちゃんたちが恋人だから以外にないんだけど。それでも心底不思議そうな顔をして聞いてくるシロちゃん。どうやらシロちゃんには恋人になったからといって、私を置いていくという選択肢はないようだった。


「……まあ、シロちゃんたちがいいならいいんだけど」


 本当はもっと拒絶しないといけないのかもしれない。でも私にはできなかった。一人で学校に行くものだと思っていたから、右手から感じる温もりが何よりも温かく思えてしまったのだ。



 いつもより上機嫌な——といっても付き合いの長い私だから分かる程度の違いだったが——シロちゃんと一緒に学校に向かう。話しているうちに、昨日のことになり、ハルちゃんと一緒にいたと答えれば、途端にシロちゃんは不機嫌そうな態度を見せた。


 やってしまった。恋人が別の人と一緒に過ごしていたなんて聞いたら、そりゃ怒るのも当然だ。やっぱり、これからは二人との付き合い方を気をつけなきゃいけないな、と考えながら、なんとかシロちゃんの機嫌を取る。



 ちなみにシロちゃんが昨日何してたか聞いてみると、お父さんの論文の手伝いをしていたそうだ。流石はシロちゃん、意味が分からない。



 そんなこんなで話していると、いつの間にか学校が見えてきた。やっぱり、シロちゃんたちと話していると時間が経つのが早い。二人で登校することができて良かった、と思いつつ、ハルちゃんは一人で寂しくなかっただろうか、と思いを馳せる今日だった。


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