日曜日の訪問者






 今日は日曜日。つまりは一日中ゴロゴロできる日だ。昨日は課題があったせいで、思ったようにゴロゴロできなかったけど、今日は違う。シロちゃんのおかげで昨日のうちに大量にあった課題はすべて終わった。今日こそはゴロゴロできる。昨日読めなかった漫画でも読―もうっと。


 そうして、ゴロゴロしようとした瞬間だった。一階からママの声が聞こえた。


 あかね~、今日はハルちゃんが来てるわよー。


 ハルちゃんが? っていうか、昨日もこんな感じだったな。昨日はシロちゃんで、今日はハルちゃんか。もう課題もないのに、何の用だろう? ゴロゴロしたかったのに。まあハルちゃんを待たせるわけにもいかないので、分かったと返事して、下りていく。


 一階に行けば、いつものようにキラキラとしたエフェクトを振りまくハルちゃんがいた。足の長さを活かしたそのファッションはハルちゃんのセンスの賜物だ。カジュアルな装いでボーイッシュなハルちゃんは、それでもところどころのアクセサリーで女の子らしさを忘れることのない可愛い女の子だ。


 昨日みたいに余計なことを言われないように先にママをリビングに追いやってから、ハルちゃんの目の前に行く。


「あかねっち、おはよう」

「おはよう。それで、今日はどうしたの? 何か用があったっけ?」


 私がなんとなく、いや二日連続でゴロゴロを邪魔されて気が立っていたせいか、ちょっととげのある言い方で訊けば、ハルちゃんはその可愛らしい目を潤ませてしまった。


「用がないと来ちゃ、だめなの?」

「いや、そんなことはないけど」

「ならいいよね?」

「もちろんだよ。なんでかなって思っただけで、別に責めてなんかないから」


 大丈夫だよ、と慰めていると何かを感じ取ったのかママがリビングの方からこちらを覗いてきた。あ~、泣かせた~、みたいな顔でこちらを見てきたので、睨み返しておく。おっかない、おっかない、なんて言いながら奥へ引っ込んでいったママのことを頭から追い出し、ハルちゃんに向き合う。


「とりあえず、部屋に行こっか」


 こくこくと可愛らしく頷くハルちゃんを連れて、部屋に上がる。幸いなことに、二階に上がった頃にはハルちゃんはすっかりいつもの調子を取り戻していた。すぐに立ち直るのはハルちゃんのいいところだ。


「何か久しぶりに入る気がするね」

「そうだね、高校上がってからは初じゃない?」

「だからか~」


 さっきの失態を取り戻そうとしているのか、普段よりテンション高めだ。ただ、そのほっぺが赤らんでいるのを私は見逃さない。昔から、ハルちゃんは私の前では少しポンコツだ。皆から伝え聞くハルちゃんのかっこいい印象とは大違いで、初めのころは嘘だと思っていたくらいだ。その泣き顔が可愛くって、つい意地悪しちゃうときもあった。




 私がそんな昔のことを思い起こしていると、ハルちゃんは棚に置いてあったアザラシのぬいぐるみを手にしながら『相変わらず、ぬいぐるみが多いよね、あかねっちの部屋は』と言った。


 確かに言われてみれば、いろんなぬいぐるみに囲まれている気もする。そのアザラシも前にクレーンゲームで取ったやつだし、あっちのなんかのキャラクターの犬もそうだ。でも、これが当たり前だったし、普通の女子高生ってこれぐらい持ってるんじゃない?


「そうかな? 自分じゃあんまり分からないや」

「まあ、そっか。あっほら、これとか。もうずっとあるじゃん」


 ハルちゃんがアザラシを持ちながら目を向けたのは、少し古ぼけたテディベアだった。色の褪せたクマのぬいぐるみは、それでも私の部屋の一番良い位置を陣取っていた。


「ああ、それね。そのテディベアは凄い大切な思い出だからね。といっても、もうあんまり覚えてないんだけどね」


 久しぶりにそのテディベアを撫でる。少し小さくなったように見えるのは私自身が大きくなったからだろうか。物心ついた頃にはもうあったような気さえするこのテディベアは、いつも私とともにあった。


「あっ、ごめんね。適当に座っちゃって」

「うん、そうする」


 勝手知ったる仲とはいえ、ハルちゃんは遠慮しいなので、こちらから言わないと座りもしない。そこらへん、シロちゃんは我が道を行くので、本当にいろいろ違う二人だなあと思う。その慎ましさもハルちゃんの魅力なのだけれど。


 さて、ハルちゃんが来てくれたけども、用は特にないらしい。じゃあ、やっぱり今日はゴロゴロしよっかな。昨日の勉強で疲れちゃったし。そう思って、『じゃあ、私漫画読んでるから、好きに過ごしていいよ』と言えば、ハルちゃんは途端に絶望したような顔を見せる。


「ど、どうして? 僕、邪魔?」

「うーん、邪魔ではないけど、今日は朝からゴロゴロしたい気分だったんだよね」

「……帰った方がいい?」

「いや、そういうわけでもないけど。——そうだ。一緒に寝ない?」

「い、一緒に⁉」


 えっ、一緒にゴロゴロしようと思っただけだけど、そんなに驚くことかな?


「えっ、うん。ほら、折角来てくれたのに、一緒に何もしないのは悪いしさ、それなら私もゴロゴロできるし、一石二鳥じゃん?」


 私が続けて誘えば、まだ頬の赤いハルちゃんは遠慮がちに頷いた。


「ま、まあ、あかねっちがそう言うなら」

「あ、でも、シロちゃんに悪いか。やっぱり一人で寝よっかな」

「い、いや麻白には後で言っておくから大丈夫。一緒に寝よう!」

「そう? まあ、ハルちゃんがいいならいいんだけど」


 そんなに慌てちゃって、私とそんなに遊びたかったのかな? ということなので、日曜日の朝っぱらから二人でベッドに入るという贅沢な過ごし方をすることになった。私が先にベッドに入り、ハルちゃんを誘う形になると、ハルちゃんは恥ずかしそうにしながら『失礼します』と言いながら入ってきた。


「ふふっ、二人で寝るとちょっと狭いね」

「そ、そうだね」

「これなら一緒に漫画読めるかな? ほら、最新刊買ったんだ。もう読んだ?」

「い、いやまだ」

「じゃあ、一緒に読もう。開くからそっち持って」

「う、うん」




 読み終えたら、合図をしてページをめくる。たまに感想を言い合いながら、二人仲良く漫画を読み進める。夏まではもう少し猶予のある今日は、ちょうどいいくらいの暖かさで、寝転んでいるとうとうとしてきた。


 ハルちゃんの方を見れば、ちょうどハルちゃんもこっちの方を見ていて、ばっちりと目が合うことになる。


「ごめん、眠くなっちゃったからちょっと寝ちゃうね」

「え、ああ、分かった」

「遅くなっちゃったら、ふぁぁ、先帰ってていいからね」

「うん」



 そうして、私は湧き上がる眠気に抗うことなく、意識を手放した。






 起きたころには、空は昨日と同じように赤くなっていた。隣を見れば、すでにハルちゃんの姿はなく、その温もりだけが残っていた。だるい体を起こせば、勉強机の上に何やらメモ書きがあることに気づく。


 その可愛らしい字はハルちゃんのものだった。内容は先に帰ることを詫びるものだった。こういうところも律儀で可愛い。ただ、こっちの方こそ、あんまり構えなくて申し訳なかったな。まだまだ寝ぼけた頭でハルちゃんに謝罪する。


 まあ、シロちゃんもいるし大丈夫か。あっ、そうか、これからはこういう関わりも減ってきちゃうのかな。そう考えると、途端に寂しくなった。ああ、折角ならもっと堪能しておけば良かった。だが、そう思ったところでもう遅い。部屋に残るハルちゃんの香りが却って一層、私が一人であることを意識させた。













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