土曜日の来客
今日は土曜日。つまりは一日中家でごろごろできる日だ。昔は土曜日も授業があったらしいし、今もある学校はあるだろうけど、私の学校は休みなのだ。冷静に考えて、いくら授業時間が少ないとはいえ、一週間で丸一日しか休みないのやばくない? 七日に一回って、それじゃ回復できないじゃん。
まあ、私には関係ないからいいんだけど。部活にも入ってないから、今日は一日中家でごろごろしながら、漫画でも読―もうっと。そうして準備を整えて、漫画を読もうとした瞬間だった。一階からママの声が聞こえた。
あかね~、麻白ちゃんが来てるわよー。
シロちゃんが? どうしたんだろう。何か用事とかあったっけ。不思議に思いながらも『分かった~』と返事して、適当に身支度してから下に降りる。
階段を降りれば、そこには可愛らしいロリータドレスに身を包まれたシロちゃんがいた。シロちゃんの髪色は色素が薄く、茶色に近い色合いなので、洋風のドレスによく似合っていた。その肌の白さも相まってどこか外国のお姫様と言われても違和感はなかった。
前に聞いたところ、そのドレスはシロちゃんのお母さんの趣味らしく、服に興味のないシロちゃんはお母さんが勧めるがままに着ているそうだ。流石はシロちゃんのお母さん、似合う服を分かってる。
「麻白ちゃんはいつ見ても可愛いわねえ、それに比べて我が娘は。はあ」
「部屋着なんだから仕方ないでしょ。ママはあっち行ってて」
「はいはい、おばさんは退散しますよ」
余計なことしか言わないママを追い出して、シロちゃんに向き合う。まさか、昨日の今日で訪問してくるとは思わなかったので、何も準備してなかった。
「シロちゃん、どうしたの? ハルちゃんは?」
「どうして、そこでハルの話が出る?」
「いや、だって」
二人は付き合っているんでしょ? と言いかけて、やめる。わざわざ言わなくてもいいことを言う必要はない。ハルちゃんが家に来たなら、それなりの理由があるはず。
「ハルは、バスケ部の練習試合に助っ人に行った。だから今日は二人きり」
ああ、なるほど、それで私のところに。ハルちゃんも私と同じように部活に入ってない。それでもその運動能力の高さを買われて、いろんな部活に引っ張りだこなのだ。つまり、私はハルちゃんの代わりということだ。まあ、シロちゃんにはそんな意図はないだろうけど。
「それで、今日は何しに?」
「課題があるって聞いた」
「あ、ああ」
「あかねのことだから課題のことを忘れて、遊んでると思った。だから来た」
図星だった。すっかり忘れてたし、シロちゃんが来なければきっと日曜になっても思い出すことはなかった。そしたら大目玉確定だ。山田先生は普段は優しいけど、約束とか破ったら超怖いからね。シロちゃんが来てくれてよかった。
「シロちゃん。ありがとう」
感激してシロちゃんの手を取ると、シロちゃんは満更でもないような顔で、『あかねのためならなんてことない』なんて可愛いことを言ってくれる。
そのままシロちゃんには上がってもらい、私の部屋まで連れていく。それから私は分からないところがあれば、すぐにシロちゃんに聞きつつ、課題を解き進めた。
「ごめんね、シロちゃん。あっ、そうだ。私が質問してないときは漫画でも読んでてよ。ほら、新しいのも買ったし」
私が申し訳なさからそう提案すると、シロちゃんは表情を変えないまま言う。
「問題ない。あかねの様子を見るのも大事だし、それに論文も持ってきたから」
そうしてシロちゃんは、英語で書かれたよく分からない論文を凄まじいスピードで読み進めていった。さ、流石はシロちゃん、凄すぎてもう訳が分からないよ。よしっ、私も負けてられない。集中して課題を進め、たまに分からないことを教えてもらいながら、時間は過ぎていった。
「あかね、少し休憩しよう」
集中力が切れかかったタイミングでシロちゃんからストップがかかる。シロちゃんはいつも私の休憩したいタイミングを見計らってこう言ってくれる。自分の方が絶対、疲れるようなことをしているのに、そんな素振りは一切見せることなく、私に合わせてくれる。
悪いと思いつつもその言葉に甘え、一旦ペンを置く。凝り固まっていた筋肉をほぐすために大きく伸びをすれば、時計が目に入り、気づけば3時間も集中していたことが分かった。
「あ~、疲れた~」
「ん、お疲れ様」
「シロちゃんもありがとう」
「ううん、あかねと一緒に居られるだけで満足」
ふふっ、嬉しいことを言ってくれる。私がハルちゃんの代わりに少しでもなれているなら良かった。そんなことを考えていると、シロちゃんはにわかに自分の膝をポンポンと叩く。
「どうしたの?」
「膝枕」
「え?」
「膝枕する」
聞き間違いではなかった。正座しながらポンポンと膝を叩くシロちゃんは、その装いも相まって幼く見えた。それはあたかも小さな子が背伸びをしているようだったが、本人的には真面目そうで、思わず笑みがこぼれてしまう。ただ、膝枕するなら私の方じゃない? 体格的にもお礼的にも。いや、自分の膝枕に価値があるとは思わないけど。
「体格的に私がする方がいいんじゃない? っていうか、そもそも膝枕する必要ある?」
それでも、シロちゃんに引く気はないようで、私がそう聞いた後も『ん!』と自分の膝をアピールしてくる。埒が明かなそうなので、渋々シロちゃんの方へ向かう。
「じゃあ、お邪魔します」
一言かけて、シロちゃんの膝元に寝転べば、シロちゃんは優しく私の頭を自分の膝に誘導してくれた。どういう風の吹き回しだろう。——まあ考えるだけ無駄か。シロちゃんはいつも突然思いついたように行動するとこあるからな。今回もただの気まぐれだろう。それなら、甘えさせてもらおう。
「あ~、疲れた。どうして確率ってあるんだろう? あるかないかの2分の1じゃだめなの?」
私が課題のせいで溜まりに溜まった愚痴をこぼすと、シロちゃんは幼子をあやすように私の頭を撫でてくれた。あ~あ、気持ちいい。頭に感じる感触も柔らかいし、勉強で疲れたのもあって眠くなってきたな。
「あかねの気持ちも分かる」
「えっ? シロちゃんも確率は2分の1でいいと思ってるの?」
「違う、それじゃない」
シロちゃんが変なことを言うからびっくりして眠気が冷めてしまった。でも、すぐに否定される。まあ、シロちゃんがそんなこと言うはずないもんね。だとしたら何のことだろう?
「昨日のこと。確かに、三人でいるよりも二人の方がいいかもしれない。邪魔者がいるとできないこともある」
そう言ったシロちゃんの目からは慈愛と意思の強さを感じられた。そのまま優しい手つきで頭を撫でてくるも、私の内心は複雑だった。その邪魔者の私が目の前にいるのにそういうこと言っちゃう? まあでも言うか、シロちゃんは昔から正直だからな。
「ごめんね」
「なんで、あかねが謝る?」
「だって私のせいで」
「あかねは何も悪くない」
そこまで言い切られると何も言い返せなくなる。力強いシロちゃんの目に見つめられていると、なんだか不思議な気分になってくる。どうしてか、シロちゃんの端正な顔が近づいてくる。ちょっとずつ、ちょっとずつ、それこそ顔がぶつかりそうになった————ところで、ノックの音が響いた。
慌ててシロちゃんを押しのけて飛び起きる。そして、少し熱くなった顔をシロちゃんから隠すようにドアの方を見た。
「な、何?」
「ケーキ切ったから食べないかなって? 麻白ちゃんが良ければ食べていってほしくて」
「ケーキだって! よしっ、シロちゃん、食べに行こう」
変な空気を払拭するように空元気でごまかす。座っているシロちゃんの手を取り、起き上がらせようとするも、なぜか起きてくれない。
「シロちゃん?」
「あ、足が、痺れた」
「はああ~」
シロちゃんの痺れが治るまでしばらく待ってから、ケーキを食べに行った。食べ終わった後、勉強を再開したが、あのときのように変な空気になることはなく、ようやく課題が終わったときには、すでに空は赤く染まっていた。見送りは断られたので、玄関まで送って言って、その場で別れた。
一人、ベッドで寝ることになってからあのときのことを思い出す。何だったんだろうあの空気。何か恋人みたいな……。いやいや、何言ってんだ私。シロちゃんの彼女はハルちゃんなんだから。こんな勘違いさせるようなことしてちゃだめだ。ぶんぶんと頭を振って、今日の出来事を記憶から追い出す。そうだ、これからは二人との距離も注意して行かないとな。そんなことを思いながら眠る今日だった。
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