最後の日
私が二人が付き合っているかどうか聞いた途端、一瞬時が止まったかのような錯覚を覚えた。ハルちゃんたちが急に止まったからだ。でも、それは本当に一瞬のことで、すぐに現実に戻ってきたハルちゃんたちは思い思いの言葉を返してくれた。
「当然」
「え、今更?」
二人の表情はどっちも何を当たり前のことを、といったような感じで、嘘を言っているようには見えなかった。そ、そっか、二人は隠してるつもりなかったのか。私が知っていると思っていたからあえて伝える必要もなかった、と。いや、この様子だと、もしかしたらどっかのタイミングで聞かされていたのかも。ただ、私が忘れていただけで。
「あっ、そ、そうだよね。変なこと言ってごめん」
二人が付き合っていることが確定したことによる得も言われぬ喪失感と、別に除け者にされていたわけじゃないという安堵が混ざり、私の心の中はぐちゃぐちゃだった。ま、まあ、お似合いのカップルだもんね、と無理やり自分を納得させる。
「まさか、そのことが不安で?」
「え? あ~うん、そう。ちょっとね」
よく分かんないけど、勝手に納得してくれたので、わざわざ訂正はしない。にしても、そうか。やっぱり、二人は付き合ってたのか。なんとなく分かっていたこととはいえ、驚きは隠せなかった。
「あかねっち、ごめんね。不安にさせちゃって」
「すぐに言ってくれたら良かったのに」
「ううん。私が勝手に不安になっちゃっただけで、二人が謝ることないよ。ホントに」
どこのどいつが、愛し合う二人が付き合うことを止められるだろうか。私は二人にとってただの幼馴染、恋人とは違う。申し訳なさそうな顔で謝るハルちゃんたちを慌てて止める。
「問題が解消したならいい。帰ろう」
いつものように端的に要件を伝えるシロちゃん。原因が分かったからか、さっきまでの不機嫌そうな表情ではなく、嬉しそうな顔だった。ハルちゃんもその言葉に追随するように、カバンを持って支度するも、私はそれに待ったをかける。
「あ~、そのことなんだけどさ。やっぱり付き合ってるんだったら二人で帰った方がいいと思うんだよね」
「二人で?」
「ずっと三人だったのに、どうして?」
私の提案に、二人は不思議そうな顔をする。でも、そうした方が二人にとっていいと思う。二人が付き合っていることを知ってしまった以上、三人でいるのはちょっと気まずいし、それに何よりいつまでも私に付き合わせるのも良くない。
ハルちゃんたちは優しいから、ハルちゃんたちの方からこの提案が来ることはまずない。今まで通り、ずっと私を起こしに来てくれて、一緒に帰って、何かあったらすぐに助けてくれる、そんな関係性のままでいることはきっとできた。
でも、それはハルちゃんたちに甘えているだけだ。甘えに甘えた結果、将来ハルちゃんたちに見放される方が辛い。それなら、まだ仲の良い今のうちに距離を置いて、良い思い出のままでいたい。もちろん、ハルちゃんたちが私のことを大切に思ってくれているのは分かっている。でも、そう思ってくれているうちに離れたいと思うのは、果たしておかしなことだろうか?
「ほら、もう私たち高校生じゃん? いつまでも子どものころのままじゃいられないっていうか」
要領を得ない私の言い分にもハルちゃんとシロちゃんは真剣に聞いてくれる。昔から二人はこうだった。どれだけ人気者になっても、どれだけ頭が良くなっても、私を置いていかず、二人はいつも私のそばにいてくれた。だからこそ、私は二人を解放してあげなくちゃならない。それがきっと、幼馴染としての私の役割だから。
「朝も帰りも二人の方が何かといいと思うんだよね」
本心を綺麗に隠して、明るく振舞った。それが功を為したのか、それとも二人も内心そうしたかったのか分からないけど、二人は少し悩んだ末に、お互いに目配せをして答える。
「あかねの言うことも一理ある」
「そうだね、あかねっちが言うなら。来週からそうしよっか」
そうして、思っていたよりもあっさりと今日まで10年以上続いてきた三人で帰るという習慣は終わりを告げた。
今日は三人で帰ろっか、というハルちゃんの言葉で、結局今日は三人で帰ることになった。三日一緒に帰っていない分、話す話題に困ることはなかった。将来のことは努めて考えないようにして、限られた今を楽しんだ。
「でも、あかねっちが急に僕たちと帰ってくれなくて本当に寂しかったんだからね」
「それはごめんって」
「あかねの交友関係には口出しをしないつもりだけど、突然そうされるのは怖い」
「そうそう、今はクラスも違うし」
「だからごめんって」
思えば、二人とクラスが違ったからこそ、二人が付き合っていることに気づくことができた。そう考えればクラスが違ったのも良いことだったかもしれない。友達だって新しくできた。そうだよ、これを機に私も幼馴染離れをしよう。そんなことを考えながら
三人で帰るのは今日が最後か。考えれば考えるほど、寂しくなる。いや、でもきっとこれが大人になるということなんだろう。別に二人とは今生の別れをするわけではない。ただ、ちょっとだけ距離が空くだけだ。それでも、悲しいことには変わらなかった。
気が付いたら、もう家の前まで着いていた。またね、と挨拶をして、二人と別れる。またっていつなんだろう。お昼は一緒に食べるのかな? いや、お昼のときこそ二人きりの方がいいか。二人のいない日常が想像できないまま、私は家に入った。
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