勘違いは止まらない
起立~、気を付け~、礼
さようなら
さようなら
日直の合図に合わせ、皆一斉に帰りの挨拶を口にする。退屈な授業も終わり、帰りのホームルームもたった今終わった。しかも今日は金曜日、明日からはもう休みだ。盛り上がる教室の中、私は足取り軽くカナちゃんの席の前に行った。
「カーナちゃん、今日もどっか遊びに行こう!」
意気揚々と話しかけた私の意思を挫くように、カナちゃんは首を横に振った。
「いや話してきなよ、幼馴染たちと」
「……あ~、それはちょっと」
なんか今日の朝もギクシャクしちゃったし、できればもう少し距離を置きたい気分だった。だってかれこれ三日、一緒に帰っていない。今更どんな顔して一緒に帰ればいいか分からなかった。ああ、これならいっそ知らなければ良かった。それなら今まで通り過ごせたのに。……いや、それもそれでふとした時に知ったときの衝撃が凄そうだからどっちもどっちかな。
とにかく、問題の先送りにしかなっていないことは分かっているけど、今日は距離を取りたい、そんな気分だった。
「何やってんだ?」
「あっ、トモちゃん」
「あかねが日和って、幼馴染たちから逃げてるの」
「別に日和ってないもん」
「なんだそれ? ほら、噂のジュリエットたちがお待ちだぞ」
トモちゃんが指さす方を見れば、ハルちゃんとシロちゃんがドアの向こうに立っていた。自分を見ていることに気づいたハルちゃんが手を振ってくれたが、私はすぐに反応できなかった。そうこうしていると、ハルちゃんたちは黄色い声を上げる女の子たちの壁に囲まれ見えなくなってしまった。
「おうおう、凄まじい人気っぷりだな、おい」
そう、体育に部活に大活躍するハルちゃんはこの学校でかなりの有名人だ。どちらかと言えばボーイッシュな顔立ちに、短めな髪、すらりとした体型の彼女は、王子様的なポジションを確実なものにしていた。
逆にシロちゃんは深窓の令嬢といった感じで噂になっている。確かにシロちゃんのお父さんは確か大学の教授で、一つ一つの所作に育ちの良さが現れている気がする。それに、一切の日焼けのない白い肌、吹けば飛ぶようなか弱さ、それでいて誰よりも頭がいい。守ってあげたくなる魅力が彼女にはあった。
考えれば考えるほど、お似合いのカップルだ。やっぱり、そこに私なんかが挟まる余地なんてない。そうだよ、私なんかたまたまハルちゃんたちと一緒の幼稚園で過ごしただけのただの凡人なんだから。
よしっ、ハルちゃんたちが他の子たちに囲まれている間に先に帰っちゃおう。そんな卑怯なことを思い浮かべていると、後ろから声を掛けられた。
「真宵さん、ちょっといいですか?」
「あっはい、山田先生。なんでしょう?」
「課題、順調に進んでますか?」
「課題? ……も、もちろんですよ。忘れてなんかないですよ」
やばい、あのときの衝撃ですっかり忘れてた。結局シロちゃんには課題のことは言えてないし、最近遊んでばっかりで全然手を付けてなかった。
「それなら、いいんですけどね」
じいっと心の内を見透かすように見てくる先生に、私はできの悪い愛想笑いを浮かべるばかりだった。
「何にしても期限は来週までですからね。こつこつやっておくんですよ」
「……はい」
はあ、折角の金曜日だというのに、憂鬱な気持ちになってしまう。土日でやらなくちゃな、と考え前に視線を戻すとそこにトモちゃんたちはいなかった。きょろきょろと周りを探しても姿はなく、代わりに机の上に、『ちゃんと話せよ』とだけ書かれたメモだけが残されていた。
……仕方ない、か。どうせいつかは向き合わなくちゃいけないこと。それが今日だったというだけのことだ。
気づけば、あれだけ大勢いた女の子たちもいつの間にかいなくなっており、若干疲れた表情のハルちゃんと、少し不機嫌そうなシロちゃんだけが私を待っていた。
「二人ともお待たせ」
私は頑張っていつもと同じように振舞ったけど、果たしてそれが上手くいったかは分からない。二人は揃って黙ったまま、私の手を引いてどこかへ連れていく。
「ちょっとどうしたの?」
「いいから着いてきて」
二人、というかほとんどハルちゃんに引っ張られ、そのまま誰もいない隣の教室まで連れていかれる。しっかりとドアを閉め、他の人が入ってこられないようにしてからハルちゃんは話し出した。
「ねえ、あかねっち、最近僕たちのこと避けてるよね?」
「いやあ、そんなことないけど」
嘘だ。実際はめちゃくちゃ避けてるけど、流石に本人たちを前にそれを言う勇気は持てなかった。
「補習があった日から様子がおかしかった。先生に何か言われた?」
「ううん、別に何も」
「僕たち、あかねを怒らせるようなことしたかな?」
「違う。そうじゃないの」
「じゃあ、どうして?」
どこか泣きそうな表情をしたハルちゃんの姿に心が痛む。そりゃそうだ、理由も分からず急に距離を取られたら私だって悲しい。……ああ、ここまでかな。もう覚悟を決めるしかないみたいだ。私は一呼吸おいて、心を落ち着かせてから言った。
「あのさ! 二人は付き合っているんだよね?」
ああ、言ってしまった。二人の関係性をはっきりさせてしまえば、もう元の関係には戻れない。それでも、言うしかなかった。これ以上理由を言わず黙っていることは私にはできなかった。
今は一時、寂しくなるかもしれない。でも将来きっと素直に祝福できるだろうから。だから私はこれまでの関係にけりをつけることを決意したのだ。
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