知らぬは当人ばかりなり






「盛り上がってるかー!」

「「「いぇーい」」」


 がやがやと騒がしい店内に負けないように私たちも声を張る。シャンシャンと鳴り響くタンバリン、ところどころ音程が外れるものの味のある友達の歌声、つまるところ私は今カラオケに来ているのだった。




「にしても珍しいじゃん」

「ん、何が?」


 一通り歌い終わって、小休止をしている最中、高校からできた友達のカナちゃんにそんなことを聞かれる。


「だって、いつもは幼馴染と一緒に帰るからって断ってるじゃん」

「一昨日はパンケーキ食べに行って、昨日はゲーセンでプリクラ撮って、今日はカラオケって、あかねと一緒に遊べるのは嬉しいけど、何かあったの?」

「そうそう、二人と喧嘩でもしたの?」


 そう、今この場にいるのはカナちゃんにトモちゃん、それに咲ちゃんと私の四人で、ハルちゃんたちはいない。ハルちゃんとシロちゃんが付き合っていることを知ったあの日から私は何かと予定を作って、一緒に帰らないようにしているのだ。朝はまだ一緒に登校しているものの、一緒にいる時間は少なくなった、いや少なくした。


 それは、やっぱり二人でいた方がいいんじゃないかというおせっかいが半分、言ってくれなかったことに対する寂しさから来る拗ねが半分だった。でも、一人だとずっと悶々としちゃう気がして、皆を頼ったのだ。付き合ってくれる皆には感謝しかない。


「いやあ、そういうわけじゃないんだけどねえ」


 でも、流石にそういうデリケートなことはむやみやたらに人に話しちゃいけない程度の良識は持ち合わせているつもりだった。だから、この話題を深堀りされないようにさらっと流すつもりだった。


 ただ、そんな曖昧な態度がいけなかったのか、娯楽に飢えた女子高生たちは格好の獲物を見逃してはくれなかった。目の色が変わったのが、若干薄暗いカラオケボックスの中でもはっきりと分かった。そこで、ようやく気が付く、私は間違えてしまったのだと。



「これは、面白いことが起きてる予感」

「ほらほら、お姉さんたちに話してごらんなさい」

「い、いや、同い年でしょ?」

「いいんだよ、そんな細かいことは。ほら、何か悩みがあるんじゃないのか? 言わないなら……こうだぞ」

「な、何? 何で近づいてくるの」


 じりじりと迫る皆に、距離を取ろうとするも狭いカラオケボックス、すぐに壁に背中がついてしまった。


「ちょっと皆、怖いよ?」

「皆の衆、かかれー」

「ちょ、ふ、ふふふ、あはははは。待って、くすぐったいよ、あは、ま、待って、ストップ、は、話すから」


 トモちゃんの号令とともに、一斉に皆がかかってきて、四方八方から体中をくすぐられる。昔から、くすぐられるのに弱かった私はすぐさま白旗を上げた。


「はい、やめー」

「はあ、はあ」

「イエッサー」

じゃ可笑しくない?」

「じゃあ、イエスマムってことで」


 息を整えるのに精いっぱいで漫才のような掛け合いをする彼女たちに突っ込むことができなかった。


「じゃあ、吐いてもらおうか。被告人」

「被告人ってそんな」

「うん? またされたいのか?」

「い、いえ結構です」


 また手をワキワキさせたトモちゃんの前に手を出して、拒絶の意思を示す。こうなってしまってはもう何かは言わないといけないだろう。うーん、でもそのまま言うのはなあ。……あっ、そうだ。


「じゃあ話すけど、……ロミオとジュリエットって知ってる?」

「何の話? まあ、なんとなくは知ってるけど」

「まあ私も全然知らないんだけど。でね、そのロミオとジュリエット、って言うか、ジュリエットとジュリエットかな? にはね、どっちとも仲の良い友だちがいるの」

「ああ、なるほど? 続けて」

「うん。でも、その仲の良い友だちはね、うーん言いづらいな、……仮に友人Aとしよう」

「なんか一気に現代になったな」


 咲ちゃんのボソッとした突っ込みは気にせず、素直に自分が思っていることを吐露する。


「友人Aは、ジュリエットたちが恋人同士だってことについ最近になるまで知らなかったの。それで、今までずっと三人でいたAたちなんだけど、Aはこのままでいいのか悩み始めてしまうの。あっ、これはね、……そう、本で読んだんだけど、何か気になっちゃってさ」


 口に出したことで、ようやく自分の気持ちに気が付いた気がする。そう、これはきっと混乱だ。ずっと変わらないと思っていた関係が急に変わってしまってびっくりしちゃってるんだ。


「Aってあかn……」

「しっ、誤魔化してるつもりなんだから言わないの!」

「ん、何?」

「いや、何でもないよ~」

「で、Aはどうすればいいと思う? やっぱり離れた方が良いと思う?」


 私は真剣に聞いたのに、なぜか皆微妙な顔をする。な、何、その可哀想な子を見るような目は。


「いや~、なんていうか」

「うん、そうだな~」

「何? 言いたいことがあるならちゃんと言ってよ」


 改めて私が聞けば、トモちゃんが意を決した表情で三人を代表して話してくれた。


「あ~、多分だけどな、その友人Aは二人にとってのロミオなんじゃないか?」

「どういうこと?」

「ん~、まあ部外者がどうこう言うことじゃないか。とにかく、とりあえずその二人のジュリエットとちゃんと話し合った方が良いと思うぜ」


 ぶっきらぼうに言い放つトモちゃんに二人もうんうんと頷いていた。それでも、やっぱりよく分からないや。言ってくれなかったのはハルちゃんたちの方なのに? もやもやが消えないままでいると、急に頭の上に温かい感触を感じた。


「な、なんで撫でるの?」

「いや、特に意味はない」

「そうそう、特に意味はなーい」


 なんか小さい子としてあやされているような気がして、釈然としない気がしつつもされるがままにしておく。結局、その日も答えが見つかることはなかった。








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