第一章 勘違い
幼馴染たちの秘密
帰りのホームルームも終わり、部活のことや話題のスイーツのことなんかを話しながら皆思い思いに教室を出ていく。私一人を除いて。今日はこのまま残って補習を受けなくてはならないからだ。ホントは皆に混ざってこっそり出ていきたいけど、山田先生が睨みを利かせているので立ち上がることすらできなかった。
クラスの友達もがんばれ、とだけ言って去ってしまい、残ったのは私と山田先生の二人きりだ。怒っているというよりは呆れたようにこちらを見る山田先生の視線が痛かった。
そもそも何で補習なんか受けなくちゃならないの? 定期テストも終わってパーッと遊びたかったのに、酷いや。そりゃ、この学校に受かったことに浮かれて、全然勉強してなかったせいで、英語と数学と理科と社会と国語でちょっと赤点取っただけなのに。
渡されたプリントを先生の解説をもとに解いていく。ああ、早く終わらないかなあ。ハルちゃんやシロちゃんを待たせちゃってるし、まだ高校1年生なのに勉強なんていいでしょ。
「真宵さん、ちゃんと聞いていましたか?」
「も、もちろんです」
やばい、ぼーっとしてて何も聞いてなかった。そんな私の内心を見透かすように、先生は聞いてくる。
「じゃあ、ここの答えはなんですか?」
「えっと、徳川家康ですか?」
「どうして、坊ちゃんを書いた人が江戸幕府を開いてるんですか? ぼーっとしてましたね?」
「……はい、すみません」
素直に謝ると、山田先生は大きなため息をつく。そんなため息してたら幸せを逃しちゃいますよ、と言おうとしたけど、すんでのところで飲み込む。先生は婚期を逃しているのを気にしているので、そういうことを言うと怒りながら最終的に自虐してくるので反応に困るのだ。
「仕方ありません。長くやっても効果は薄いでしょうし、今日はこのくらいにしておきましょう」
「やった」
「では、課題を出すので、来週までにやっておくように」
そう言って、山田先生が教卓の下から取り出してきたのは、課題の山だった。置いたときにはズドンと音がした気すらする厚みが、目の前にあった。
「これ、ぜ、全部ですか?」
一縷の望みにかけて聞いてみるも返ってきたのは満面の笑みだった。
「う、嘘ですよね?」
「真宵さん。私は他の先生から貴女のことを任されているんです。一緒に頑張りましょう」
朝来たときよりも重くなったカバンを背負って教室を出る。くそう、山田先生め。そんなことだから行き遅れるんだよ、べー。あ、やば、睨まれた。考えを読まれたかも。
逃げるようにして教室から離れる。まあいいや、受験のときみたいにシロちゃんを頼ろう。シロちゃん、教え方上手いからなあ、私でも分かるように教えてくれるもん。
お昼のうちに遅れることは連絡しておいたから、ハルちゃんたちはそっちの教室で待っていてくれているはず。さほど離れていない教室だ、着くのに時間はかからない。
いつものように明るい声で中に入ろうとした瞬間、二人が何かしら話しているのが聞こえた。そのとき、私の中の好奇心の悪魔が囁いた。私がいないとき、二人はどんなことを話してるんだろう、と。いつも三人一緒にいるからあんまり想像がつかないや。
思い立ったが吉日だ。こんな機会は滅多にないので、聞いてみよう。そうして私は、二人にばれないようにそうっと扉に近づき、耳を寄せた。すると、教室の中からは思ってもいないような言葉が聞こえてきた。
「さっきから、麻白の言い分は間違ってる」
「そんなことない。ハルの方が間違ってる」
あれ? 何か喧嘩してる? 普段あんなに仲良さそうにしてるのに、どうして? いつもと違う二人の雰囲気に驚いてしまう。ただ険悪って感じじゃない、どちらかと言えばこう、なんだろう、ライバル的な? なんか張り合ってる感じだ。
何が原因でそんなことになったのか、そのまま聞いていたいという欲に私は勝てなかった。もう少し険悪な雰囲気になったらすぐに入ろうと言い訳をしつつ、そのまま息を潜めて成り行きを見守る。
「絶対に僕の方が好きだ」
「わたしの方がより好きに決まってる」
「いいや、僕だね」
「違う、わたし」
あれ、何かおかしなことで言い争ってない? 自分の方が相手より好きってそんな付き合いたてのカップルみたいな。……えっ? ちょっと待って。もしかして、二人って付き合ってるの?
……でも、そう考えてみれば納得できるところもある。三人でいるときもたまに二人だけ目配せして何かを確認してるときがあったし、朝、私の家に来るまでは二人きりだもんね。
そっか、二人は付き合ってたのか。こんなに長く一緒にいるのに知らなかったな。女の子同士だけど、今はもうそんなの関係ないもんね。——そっか。なら、言ってくれれば良かったのに。
そんなことを考えていると、急に寄りかかっていたドアが開き、そのまま倒れ込んでしまう。
「あれ? あかねっちじゃん。いつからいたの?」
「い、今来たところだよ」
「そう? じゃ、帰ろっか」
「あっ、うん、そうだね」
二人は何事もなかったかのように、いつも通り私の右にハルちゃん、左にシロちゃんのフォーメーションで、下駄箱まで歩く。学校を出た後も周りに注意しつつ、三人で横並びで家に帰る。
二人と会話している最中も、私の頭の中はさっきの会話のことでいっぱいだった。二人が付き合っていることが衝撃すぎて、何も考えられなかった。
そう言えば、いつも私が真ん中だけどいいのかな? 『……かねっち』やっぱりホントは二人で帰りたいよね。昔からずっと三人で一緒にいるから気を遣わせちゃってるんだ。『あかねっち』どうしよう。なら私から切り出した方が良いかな。
「ねえ、あかねっち!」
「へ? な、何?」
「何じゃないよ、もう。さっきから話しかけてるのに全然答えてくれないんだから」
「ごめん、ごめん。何話してたっけ」
考えごとしていたせいで、ハルちゃんを無視しちゃってたみたいだ。それはよくないな。家に帰ってからゆっくり考えよう。そうして会話に戻ろうとすると、今度はシロちゃんが声を上げる。
「いつもより手から感じる体温が5分高い。もしかして熱?」
そう言って前に回って、おでことおでこをくっつけようとするシロちゃんにどうしてか、ドキドキしちゃってますます顔を赤くしてしまう。前はこんな風に思わなかったのに、どうして? 慌てて後ろに下がり、手を繋いでいたからそこまで下がれなかったけど、健常をアピールする。
「いや、だ、大丈夫、大丈夫だから。あ、あれかな、ほら、さっきまで補習を受けてたからさ。それで知恵熱でも出ちゃったのかもしれない。あはは」
私が無い頭を必死に振り絞って考えた言い訳に、シロちゃんは納得したようで、再び私の隣に戻った。
「そう。分からないことがあったら何でも聞いて。次の期末テストは一緒に勉強しよう」
「うん、そのときはお願いするね」
良かった。怪しまれてないみたいで。二人が隠したいなら、私も知らないふりをしないと。私は、さっきの会話のことは一旦忘れて、いつものように振舞った。
そうして、結局二人にさっきの会話のことは何も聞けずに家まで着いてしまった。また明日ね、と約束をしてから二人と別れる。課題のことをシロちゃんに言うのを忘れてたことに気づくのは、それから随分後のことだった。
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