第3話 カーテンとわたし
わたしは今、かつておばあちゃんが所有していた分譲マンションで一人暮らしをしている。
引っ越したのは今からちょうど二年前。
おばあちゃんは約二十五年ほどそのマンションを所有していた。暮らしている家は別にあり、ときたまマンションに遊びに行く程度にしか使っていなかったみたいだけど。
エアコン、冷蔵庫、テーブル……マンションにはおばあちゃんが残した家具がたくさんある。おかげで引っ越しのときに出費を抑えることができた。
今年の冬、わたしは大掃除をしたくてしたくてたまらなくなった。
不用品で状態がきれいなものは片っ端からメルカリで売り、売れないものはゴミとして捨てた。
マンションにはざっと分けて三部屋ある。一人暮らしには広すぎるため、その中の二部屋はほぼ使っていない……というより、洗濯物干し場とゴミ置き場になっている。なんと贅沢な使い方だろうか。
そしてゴミ置き部屋の窓には花柄の黒いカーテンがかけられている。おそらくおばあちゃんが所有し始めたときから(二十五年間くらい)かけられっぱなしだろう。
ゴミ置き部屋に入ると、埃くさくてかなわない。掃除機をいくらかけても埃くさいのが取れないのだ。
おそらく元凶はカーテンだろう。
そう考えたわたしは、人生初のカーテン洗いを試みた。
まずはゴミ置き部屋と洗濯部屋にかけられていたレースカーテンを四枚洗うことにした。
洗濯機にぶちこみスイッチを押す。水が溜まってから洗濯機の蓋を開けると、なんと水が灰色に濁っているではないか。
「ウヒィ……」
あまりの濁り具合に、わたしはそっと蓋を閉じた。
洗い終えたレースカーテンを干してみる。少しはきれいになったような気がするが、まだくすんでいるし、埃くささが取れていない。
一度の洗濯で二十五年間の汚れは取れなかったみたいだ。
その失敗を活かして、黒カーテンを洗うときは、まず浸け置き洗いをすることにした。
浴槽に黒カーテンをぶちこみ、湯を溜める。
「ヘッ……」
それだけで、湯が灰色になった。
わたしは震えながら一度湯を抜き、もう一度湯を溜めた。
浸け置き用洗剤を湯に混ぜてから、仕事に行った。
仕事から帰宅後、わたしはワクワクしながら浴槽を覗き――
絶句した。
灰色とかそんなレベルじゃない。
漆黒。墨……いや、闇。底が見えないどころか、一寸先も見えない。
これが二十五年間の汚れか……。と震えながら、二度目の浸け置きをした。一度目よりはマシだったが、それでもなお闇がカーテンを呑み込んでいた。
自分も風呂に入りたかったので、浸け置きは二度が限界だった。
わたしは未だ汚水を垂れ流すそのカーテンたちを洗濯機にぶちこんだ。
浴槽の栓を抜くと、落ちた埃が詰まって汚水が逆流した。カーテン洗いとはなんと恐ろしい行為なのだろうか。何度も闇を生むカーテンと戯れるなど、悪魔召喚と同じくらい恐ろしい。
洗濯機の水も真っ黒だった。
洗濯機の横に付いている、埃をろ過する網ポケットが一瞬でパンパンになった。洗濯の途中で網ポケットのゴミを抜くなんて、生まれてこのかたしたことがない。
洗濯機が悲鳴に似た終了音を鳴らす。
カーテンを干しているときに、わたしは違和感を抱く。
カーテンが……白い。
このカーテン、黒じゃなくて白だったのか。
色落ちしてしまったのではと一瞬心配したが、模様の花柄はくっきりと残っている。
ということは、つまり……
あのカーテンの黒は全部汚れだったのか……
ゾッとしたどころの話じゃない。
翌日、母にそのことを話したのだが、母は信じてくれなかった。
「いいや、あのカーテンは緑色だよ。白ってあんた、漂白剤でも使ったんじゃない?」
母にはあのカーテンが緑に見えていたのか……
そう言われると、浴槽に溜まった汚水は緑っぽい黒だった。
その後、母に白くなったカーテンを見せた。
母はカーテンの前で立ちすくんでいた。
カーテンを洗ってから、ゴミ置き部屋のホコリ臭さがずいぶんマシになった。
ちなみに、一度の洗濯ではくすみが取れなかったレースカーテンも、浸け置き洗いをしてから洗濯をしたらきれいになってくれた。
カーテンは年に二、三度洗うのが良いらしい。
それと、レースカーテンの寿命は四、五年らしい。
わたしのレースカーテンはもう五度ほど死んでいるはずみたいだが、せっかくきれいにしたしもうしばらく使おうと思う。
闇カーテンも穴が空いてズタボロだったが、愛着が湧いてしまったのでずっと使うと思う。
みなさんも、カーテンは定期的に洗いましょう。
食洗器とわたし @pospom
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