グランニュート号事件④

「待て!」


「待てと言われて待つ強盗はいないと思うよ!」


「なるほど、それもそうだ! 待て!」


 身軽さを活かして列車の屋根に登ったルグは、後部車両のほうに向けて走るアルバトロス一家の四人を猛烈なスピードで追いかけました。その手には剝き身の長剣を握っています。







 ◆◆◆







 ルグが窓から列車の外に出る直前、



 「あ、君ちょっと待った。武器持ち相手に丸腰じゃ危ないからね」



 と、転倒した際の痛みに呻いていたレンリに引き止められました。



「でも、早く追いかけないと」


「いいから、十秒だけ待ちたまえ」



 彼女が右手に着けていた銀色の指輪を外して両手で捏ねると、金属質の指輪の体積が見る見る間に大きな金属塊になり、形も円環状ではなく細長い棒のような形状に近付いていきました。

 まるで粘土かパン生地でも捏ねているかのようです。


 指輪の加工が終わるまでは、わずか七秒。

 元は小さな指輪だった金属塊は、柄から刀身まで一体の長剣に変化していました。



「ほら、これを持っていきなさい。魔法の武器だよ」


「ありがとう!」



 ルグは今の現象を不思議に思いましたが、たしかに武器があるに越した事はありません。深く追求せずに、ありがたく借り受けることにしました。









 ◆◆◆








 逃走する四人は先頭がまずルカと彼女に背負われたレイル。次がリン、最後がお金の入った袋を抱えたラックの順番。どうやら獲物の入った袋が重くて思ったようにスピードが出せないようです。

 それに、いくら停車中とはいえ列車の屋根の上などまともに走れるものではありません。

 元々、人が歩いたり走ったりする事など想定していないのです。


 車両間を移動する際には三メートル近く跳躍しなければなりませんし、屋根は砂埃やゴミが堆積しないように緩く湾曲して滑りやすくなっています。時折ゴツゴツとした金属部品が張り出している箇所もありますし、無闇に加速したら転んで線路上に落っこちてしまうでしょう。その為に、どうしても慎重にならざるを得ません。


 先を進むアルバトロス一家は、そんな具合に四苦八苦しながら逃げていたのですが、足場の悪い山中での狩りに慣れているルグは瞬く間に距離を縮めていきました。



「もうっ! あの子、なんであんなに速いのよ!?」



 リンが思わず文句を言うのも無理はありません。

 ルグの足の速さは実際大したもので、仮に平地での競走だったとしても彼らはたちまち追いつかれてしまったでしょう。


 もっとも、これはルールのある徒競走ではありません。

 リンは妨害をする為に、服の下に仕込んであった投擲用のナイフを引き抜き、



「兄さん、足上げて!」


「おわっ!?」



 ラックの股下を通る軌道で、ルグの足を狙って投げ付けました。間にいるラック身体を視界を遮る遮蔽物として利用した、アンダースローでの鋭い一投です。



「くっ」



 不意の妨害を前にしたルグは、咄嗟に借り受けた長剣でナイフを打ち払おうとしました……が、ここでこの場の全員にとって予想外の事態が起こりました。



「「嘘ぉッ!?」」



 ナイフを投擲したリンと、それを払おうとしたルグの声が綺麗にハモりました。なんと長剣のあまりに鋭い切れ味により、金属製のナイフがほとんど抵抗もなく、空中で真っ二つに斬れてしまったのです。



「危なっ!?」



 切断した際に軌道が変わった刃先を、ルグは危ういところで回避しました。

 借りている制服のズボンに掠ってぱっくりと穴が開いてしまいましたが、鍛えられた反射神経のお陰で怪我だけは辛うじて避けられたようです。



「斬れすぎて危ないな、コレ」



 とはいえ、これは絶好のチャンス。

 呆気に取られて動きが止まったリンが慌てて二投目の構えに入るも、時既に遅し。

 ルグは袋を抱えたラックに肉薄し、走ってきた勢いをそのままに、大きく振りかぶった剣の腹を横殴りに叩きつけました。


 

「どうだ!?」



 しかし、ラックのしぶとさも大したものです。



「なんの!」



 剣の刃ではなく腹だったとはいえ、当たっていれば骨折は免れなかったでしょう。

 ですが、ラックは咄嗟に振り返って身体の前に抱えていた袋を剣の軌道上に置き、間一髪のタイミングで渾身の一撃を受け止めたのです。彼の長身が一瞬浮くほどの威力がありましたが、どうにか無傷で危地をしのいでいました。


 ……ただし、折角の儲けと引き換えに。



「兄さん、袋が破れてる!」


「ナニぃ、なんてこった!?」



 丈夫な麻袋に今の衝撃で穴が開き、袋の底からジャラジャラポロポロと食堂車の売り上げ金や一緒に入れてあった乗客の財布が零れ落ちていました。

 咄嗟に受け止めた一掴み分だけは服のポケットに確保しましたが、今の一瞬で半分以上は零れてしまいましたし、悠長に全部拾い集めるヒマなどありません。



「くそぅ、ボクのお金が!」


「いや、アンタたちのじゃないだろ……って、うわっ!?」



 ラックはもう破れて用済みとなった袋の残骸を、二撃目を放つ為に剣を振りかぶっていたルグの頭にかぶせました。しかも、袋を閉じる為の紐を今の一瞬で固結びにする手際の良さ。

 袋で視界が塞がれたルグの剣は大きく空振り、そこから体勢を立て直すまでの時間で再び両者の距離は離れてしまいました。






 幸か不幸か、獲物の大半を失った事でラックも速く走れるようになり、三等客車の一番後ろに乗り移ったところで、先行していたルカ達に合流しました。



「そろそろ逃げたいんだけど、ロノは?」


「それが、さっきから呼んでるんだけど……」



 レイルは先程屋根の上に出た時から何度も指笛を吹いています。

 それが一家のペットであるロノを呼ぶ合図なのですが、未だに姿を見せません。



「げげっ!?」



 更に悪いことは続きます。

 排除したはずの鉄道騎士達が線路上を走ってくるのが見えました。

 もう十数秒もすれば異様に切れ味の良い剣を持つルグも追い付いてきそうですし、挟み撃ちにでもなったら彼らに勝ち目はありません。



「あっはっは! ……謝ったら許してもらえないかなぁ?」


「そんなワケないでしょ!」


「……困った、ね」


「牢屋の飯って美味いのかな?」



 アルバトロス一家の命運ももはやこれまで。

 出来ることは無駄な抵抗をして罪状を増やすか、おとなしく捕まるかを選ぶだけ……かと思われたのですが、彼らの悪運の良さ(悪さ?)は尋常ではありませんでした。



「おとなしくしろ!」



 再び追い付いてきたルグが投降を促した次の瞬間、



『ピィィィィィィ!』



 線路が通る橋の下から、耳をつんざくような甲高い鳴き声が聞こえてきたのです。



「な、なんだ!?」



 その声にルグが怯んだ一瞬の隙を、四人は見逃しませんでした。

 グランニュート号の屋根から線路上に……ではなく、助走を付けて橋の両端にある安全柵を飛び越える勢いで跳躍したのです。


 いくら下が河とはいえ、生身の人間がこの高さから落ちれば打撲や骨折の危険性がありますし、もしも泳いで岸まで辿り着けたとしても、その場で捕まるのがオチでしょう。


 ――――ただし、それは河面に落下すればの話です。



「よぉし、ロノでかした!」


『キュゥゥン!』



 アルバトロス一家の四人は、ペットである鷲獅子グリフォンのロノの背に見事飛び移っていました。そして、ロノは翼をはためかせて高度を上げ、列車の上を旋回し始めます。


 鷲獅子グリフォンとは鷲の翼と上半身、獅子の下半身を併せ持つ強力な魔獣です。

 ロノは鷲獅子としてはまだ子供ですが、その体躯は中型の馬車にも匹敵します。

 それほどの巨体が翼で飛ぶ威容を前にしては、ルグやようやく追い付いた鉄道騎士たちも迂闊に手は出せません。



 元々の予定ではロノは列車に先んじて橋に到着し、人目に付きにくい橋下で待機。

 合図の指笛が聞こえたら四人と合流して飛び去る計画でした。


 声帯の構造上喋る事はできませんが、複雑な作戦や人語を解するほどに利口なのです。

 橋が予想以上に大きかったので探すのに手間取っていたようですが、ロノはこうして見事に役目を果たしていました。



「それでは皆さん、御機嫌よう!」



 ラックが地上の面々をおちょくるように言い残すと、四人と一匹は水晶河の上を飛んで、学都北方の森林地帯目掛けて逃げていきました。







 ◆◆◆







 そうして、華麗に逃げ切った……ように見えた数分後。



『クォォン……』


「ん、なんだって? え……『四人乗りは厳しいから誰か降りて』だって」



 ロノと一番仲の良いレイルが、鳴き声のニュアンスから言いたいことを正確に読み取って翻訳をしました。いくら鷲獅子グリフォンの巨躯でも、不安定な体勢で四人も乗せて飛ぶのは難しいようです。



「兄さんが降りてよ! 泳ぐの得意でしょ!」


「……がんばって、ね」


「おれ、兄ちゃんの犠牲の尊い犠牲は忘れないよ。明日くらいまで」


「ちょっ、キミ達酷くない!?」



 フラフラとよろめきながらの危なっかしい飛行でしたが、最終的にはどうにかこうにか陸地まで辿り着き、彼らは絶体絶命の窮地を切り抜けたのでした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る