グランニュート号事件③
アルバトロス一家の強盗計画は、ここまで実に順調に進んでいました。
特製の煙幕玉を使って偽のボヤ騒ぎを起こし、厄介な鉄道騎士たちを貨物車両に誘い込んでから、ルカが連結器を破壊して排除。
仮に食堂車の状況に気付いて線路上を走って追い付こうにも、視界の回復と状況の把握、距離の離れた先行車両に追い付く時間を考えると、少なくとも十分程度は稼げる算段でした。
安全装置の作動によって列車は
人質事件についても不確定要素の多い部外者ではなく、身内であるレイルに人質の演技をさせる事で“安全に”事件を演出できるはずでした。
実際に乗客も職員もすっかり騙され、武装解除と金銭の奪取にも成功しつつありました。
「いや、だってさ……その子、君達の仲間でしょう?」
それも、レンリが人質事件が彼らの狂言である事を看破するまでの話でしたが。
◆◆◆
「理由は三つ」
動揺する乗客や犯人たちの前で、レンリは悠然と推理の根拠を告げました。
「まず一つ目。その子の保護者はどこにいるのだろう? さっきのボヤ騒ぎで乗客のほとんどがこの食堂車に避難してきているはずだけど、その子供の顔に見覚えのある人はいないかな?」
いたら名乗り出て欲しい、と言いましたが誰も手を挙げる者はいません。
「見たところ、彼はまだ五歳かそこらだろう。それくらいの年齢の子が鉄道での一人旅とは考えにくいし、家族や保護者と一緒に来たと考えるべきだ。だけど、先程から見ていた限りでは、この車両内に身内を人質に取られたような大きな反応をする者はいなかったよ」
先程のボヤ騒ぎがあってから、職員による避難誘導により乗客の大半は食堂車に移動していました。
もし移動中の混乱で子供とはぐれたり、無理矢理に攫われたりした保護者がいれば、ボヤ騒ぎが収まってから人質事件が発生するまでの騒動が落ち着きかけたタイミングで、何かしらの騒ぎがあって然るべきでしょう。
「まあ、自分で言っておいてなんだけど、この理由は確実性に欠けるかな? 乗客の全員が食堂車にいるわけではないだろうし、単に私が騒ぎを聞き逃した可能性もあるからね」
「うんうん、分からないけど、きっとそうなんじゃないかなぁ」
ラックが適当な合いの手を入れましたが、レンリは構うことなく次の根拠を述べました。
「それで、二つ目の理由なんだけど、ほらっ」
レンリは自分の財布から金貨を一枚取り出すと、先程ラックが拾いかけていた売り上げ金の詰まった袋の上に放り投げました。
「……っ!? おや、プレゼントかい! いやぁ、モテる男はツラいねぇ!」
レンリの視線の先を見て、ラックも仲間の失敗に気付いたようです。
咄嗟に軽口を叩いて誤魔化そうとしましたが、もはや手遅れ。
「さっきもそうだったんだけどね。普通、人質が自分の身代金を見て喜ぶと思うかい?」
周囲の人々はその言葉を聞いて、一斉にナイフを向けられている子供に目を向けました。
急に注目されたレイルは、金貨を見て思わず緩んでしまった頬を慌てて引き締めて泣き真似を再開しましたが、看破された焦りからかどうにも演技に精彩を欠いています。
「そして最後、三つ目の理由だ」
この時点で乗客も職員も、アルバトロス一家の三人すらも九割方形勢が決まった事を感じていましたが、レンリはダメ押しとばかりに最後の、そして決定的な理由を自信満々に告げました。
「君達、たしか昨日の夜にここで揃って食事をしていたろう? たしか、もう一人、別の女の子も一緒だったかな? 私に背を向けて座っていたから顔は見ていないけれどね。今は髪型と服装を変えて変装しているみたいだけど、私は記憶力には少々自信があるのだよ!」
彼ら三人が犯人だと断定する最後の、そして元も子もない理由。
そう、レンリは最初から彼らが、すなわちこの場にいる三人プラス一人が、昨晩一緒に食堂車にいるのをたまたま見て、特にこれといった理由もないのになんとなく顔を覚えていたのです。
実際には記憶を裏付ける証拠があるわけではないので「決定的」とまでは言えませんが、状況証拠としては充分でしょう。
それに、こういうのは言った者勝ち。
たとえ実際には根拠薄弱だろうとも、堂々と自信満々に言えば、なんとなく説得力があるように感じてしまうのが人間心理の綾というものです。
ですが、そもそも事件の初期段階でそれを証言していれば、今頃はもう解決していたのかもしれません。
しかし、その時はまだ食事の途中だったので、レンリはそちらを優先していたのです。
まだお腹が空いていたので仕方ありません。
全てはこの列車の食事が美味しいのがいけないのです。
「「「………………」」」
一瞬の静寂の後、車内の人々は、乗客も職員も犯人の三人すらもが心を一つに揃えて、一斉に叫びました。
「「「知ってたなら最初から言えよっ!?」」」
◆◆◆
レンリが事件の解決よりも自分の昼食を優先していたせいで、無駄に事件が大きくなってしまいました。しかし、こうなってしまった以上は、アルバトロス一家の三人も計画の失敗を受け入れざるを得ません。
「皆さん、顔が怖いですってば。ほら、笑って笑って」
ラックとリンはナイフを手にジリジリと後退し、泣き真似を止めたレイルもそれに続きますが、彼らが追い詰められているのは誰の目にも明らかでした。
乗客達も一度は手放した武器や杖を拾い上げて構え、彼らを包囲しています。
仮に背後の窓から逃げたとしても、ここは
線路上を走って逃げるにしても、河に飛び込むにしても、捕まるのはもはや時間の問題でしょう。
……と、誰もがそう思っていたのですが、アルバトロス一家にはこの場の三人以外にも、もう一人と一匹がいたのです。
ドンッ!
突然の衝撃と轟音が食堂車を襲いました。
窓ガラスや床に落ちた食器がパリンパリンと盛大に割れ、天井付近を走る
あまりの揺れに食堂車にいた人々のほとんどがバランスを崩して転倒してしまいました。車体が横転しなかったのが不思議なほどです。
「じ、地震か!?」
「みんな、伏せろ!」
音の発生源である天井を見上げると、頑丈な金属製の屋根が大きくひしゃげて裂けていました。まるで、空から大きな鉄塊でも落ちてきて直撃したかのようです。
「……はっ!? 二人とも、逃げるわよ!」
「おうさ!」「うん!」
そして、この好機を逃すアルバトロス一家ではありません。
背後の窓から一目散に抜け出すと、まるで猿のような身軽さで列車の屋根に登ってしまいました。しかも、ちゃっかりと床の上にあったお金が入った袋まで回収しています。
「助けに、きたよ……」
「でかした、ルカ!」
頭の上から屋根を走って逃げる足音が聞こえましたが、割れたガラスや食器が散乱し、
ちなみに先程自信満々に推理を披露したレンリは、車体が揺れた時に思い切り尻餅をついていました。今は痛そうにぶつけた箇所をさすっていて、使い物になりそうにありません。
他の乗客や職員も似たような状況で、賊の追跡ができるような者は、
「待て!」
大きな揺れの中でもただ一人体勢を崩さなかった臨時雇いの少年給仕、ルグ一人しかいませんでした。
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