グランニュート号事件①
ガタンゴトンと揺れる大陸横断鉄道グランニュート号は長く続いた田園地帯を抜け、
河といってもその両岸は肉眼では見えないほどに離れています。
列車はそこに架けられた長大な鉄橋を渡るのです。
水晶に例えられるほどに透明度が高い河は、目を凝らせば橋の上からでも大きな魚や水棲の魔物が見えるほど。食堂車の乗客たちはその見事な光景を肴に食事を楽しんでいました。
このまま列車が橋を越えれば、もう間もなく目的地の
そう……何事もなく越える事ができればの話ですが。
◆◆◆
「いやぁ、ここの料理は美味いねぇ!」
「うん、まったくだね。このローストポークなんて絶品だよ」
これから列車強盗をしようと企んでいるアルバトロス一家の長男ラックと、相席した相手がそんな事を考えているとは夢にも思わないレンリは、何故だか意気投合して美味しい昼食を満喫していました。
ラックとしても最初は軽い社交辞令程度で済ませるつもりだったのですが、
「へえ、レンちゃんは魔法使いなんだ」
「うん、まあ家業ってやつかな。そういうジャックさんは?」
ちなみにジャックという名は切符を買う際にも使った偽名。
乗客名簿にもこの名前が載っているはずです。
「そうだねぇ、ボクのところは色々手広くやっててね。まあ一種の投資関係みたいな感じ?」
流石に馬鹿正直に家業を明かしたりはしませんでしたが(そもそも違法賭博は断じて投資ではありません)、ついつい話が盛り上がってしまっていました。
もしかしたら、怖いほうの妹の監視の目が無いのをいいことに注文した
「それにしても、レンちゃんはよく食べるねぇ」
「これでも家族の中では少食なほうなんだけどね」
レンリはランチメニューの『特製ローストポークと山盛りマッシュポテト』を三人前と『サーモンの揚げ物のサンドイッチとフライドポテト』を二人前注文し、驚くラックに構うことなくモリモリと食べています。今朝は寝坊して朝食の時間に間に合わなかったので、お腹が空いているのでしょう。
「うんうん、ご飯が美味しいのは良い事だよねぇ」
ラックは付け合せのフライドポテトを肴に麦酒のグラスを傾け、しみじみと呟きました。
その視線はチラチラと窓の外に向けられています。
「そろそろかな……。レンちゃん、ちょっと窓を開けていいかい?」
「ああ、かまわないよ。何か気になる物でも?」
「あ、いやいや、ちょっとね……あ! ほら、あそこに見えるのは有名な
「へえ、あれが。大きいとは聞いていたけど、こんな距離から見えるんだね」
レンリの質問を、ラックは無駄に爽やかな笑顔ではぐらかしました。
無論、彼がこのタイミングで窓を開けたのは景色を楽しむ為ではありませんし、それ以前にこの窓際の席にいたのも偶然ではありません。
列車が橋に差し掛かったタイミングで窓から腕を出し、あらかじめ決めてあったハンドサインを、後方の車両で待機している弟妹たちに送ったのです。
決めておいたサインの種類は『今すぐ決行』、『このまま待機』、『異常事態発生につき計画中止』の三種類。今回彼が送ったのは『今すぐ決行』のサインでした。
「おや、何か騒がしいね?」
窓を開けてから一分もしないうちに、レンリは後部車両から聞こえてくる声に気付きました。
食堂車の隣の二等客車、更にはその奥の三等客車からも人の叫び声が聞こえます。
「火事よ!」
「逃げろ!」
その声に反応して、昼食客で賑わっていた食堂車にも緊張が走りました。
窓際の席にいた客が次々と窓を開けて後部車両を見ると、なんと最後尾の貨物車からモクモクと黒い煙が上がっているではありませんか。
延焼を恐れて前の車両に逃げようとする乗客と、自分の荷物を取りに後方の車両に戻ろうとする乗客とで、たちまち列車中が押し合いへし合いのパニックになりました。
「いやぁ、大変だねぇ」
もちろん、このボヤ騒ぎはアルバトロス一家の計画によるものなのですが、ラックは他人事のように言いました。ちなみに先程後方の車両から最初に聞こえてきた「火事よ!」「逃げろ!」という声も、乗客の混乱を煽る為の仕込みの一つです。
「へえ、火事か。大変だね」
そして、計画のことなどまるで知らないレンリも、他人事のように言いながらマイペースに食事を続けていました。どうやら今は肉汁の染みたマッシュポテトを口に運ぶので忙しいようです。
どこまでもマイペースな二名を除いて、食堂車内の混乱は増すばかりでしたが、
「皆様、静粛に! 静粛に! 職員の指示に従って落ちついて避難してください!」
すぐに冷静さを取り戻した鉄道騎士たちが、乗客の避難誘導を開始しました。
走行中である為に前方の車両へ燃え移る危険性は少ないこと。
もし運行中の事故で荷物や財産に被害があった場合には、鉄道会社がその弁償をする規約があることなどを何度も繰り返し伝えると、パニック状態だった乗客も少しずつ落ち着きを取り戻してきた様子です。
見事な手際で食堂車の混乱を落ち着かせた鉄道騎士たちは後の案内を給仕長に頼むと、駆け足で後部車両へと向かいました。
逃げ遅れた乗客を貨物車からなるべく離れるように誘導しなければなりませんし、消火活動をおこなったり、火災の程度によっては火事が起きた車両の連結器を操作して切り離さなければいけない可能性もあります。
鉄道騎士たちは避難誘導をしながら素早く最後尾の貨物車両に到着し……そして、ようやく違和感に気付きました。
「燃えていない?」
真っ黒な煙は車両の扉や窓からモクモクと出ているのに、まったく熱くないのです。
彼らは疑問に思いながらも、煙の発生源を突き止めるべく、身体防護の魔法を纏ってから貨物車の中に乗り込み、
「あのぅ……ごめんなさい……」
いつの間にかすぐ背後の三等客車の後部扉前に立っていた気弱そうな少女の声と、頑丈な鋼鉄製の連結器が
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