アルバトロス・ザ・ギャングスタ

 とある少年少女が大陸横断鉄道グランニュート号に乗り込む数日前。

 A国王都の下町にあるとある屋敷で、



「ねえ、列車強盗って儲かりそうだと思わない?」



 自称、天下の大悪党。

 泣く子も笑うアルバトロス一家の長兄ラックは、いつものようにヘラヘラした軽薄な調子で弟妹たちに強盗の提案をしました。







 ◆◆◆







 アルバトロス一家はA国の裏社会に存在する非合法組織。

 いわゆるマフィアという集団でした。

 「でした」。今となっては過去形です。


 十数年前の勇者が活躍した時代。

 国内外のこの手の組織は片っ端から壊滅させられました。

 それはもう根こそぎに。徹底的に。

 中には表の権力者サイドである貴族をバックにつけてブイブイ言わせていた犯罪組織もありましたが、そういう場合はその貴族ごとお縄になりました。慈悲はありません。


 詳しくは割愛しますが、そんなこんなで大陸中の裏側全てが綺麗に掃除された……と、世間一般的には思われていたのですが、このアルバトロス一家はどういうワケか、その激動の時代を生き残っていました。

 規模が小さかったので気付かれてすらいなかったのか、はたまた代々の当主の方針で暗殺コロシや人身売買などの汚れ仕事には手を出さずにいたおかげか……今となっては真相は不明ですが結果的に細々と生き延びていたのです。


 それに仁義に厚い先代の親分は、周辺の堅気衆とも上手く付き合っていました。

 刺激を求める客相手の高レートの賭場(違法)を仕切ったり、法に触れるような魔物素材を密輸して売りさばいたり、周辺の商店の用心棒をしたりしながら生計を立てていたのです。

 


 しかし、そんな日々はある日唐突に終わりを告げました。昨年、先代の親分が急死してしまったのです。



「いやぁ、あの時は大変だったねぇ」


「いくら酒好きだからって、酔っ払った勢いで毒海龍ポイズンサーペントのヒレ酒なんて試さないで欲しいわ!」



 一切大変さを感じさせないラックに、長女のリンが怒気の混じった相槌を打ちました。

 毒蛇を漬けた薬酒が意外と美味しかったので、見ようによっては形が蛇に似ていなくもない毒海龍でもイケるのではと思って試してみたらしいのですが、普通にアウトでした。そりゃそうです。


 実際、死因が死因なので葬儀でも悲しい雰囲気ではなく、故人の度を越した酒好きに呆れる声が大勢を占めていました。



「うぅ、お父さん……」


「まあまあ、ルカ姉。父ちゃんも好きな酒に殺されたんなら、きっと満足だって」



 兄弟の中で唯一未だに身内の不幸を嘆く次女のルカを次男のレイルが適当な調子で慰めます。彼も決して悲しくないわけではないのですが、葬儀から半年以上も経つのに事あるごとに泣くルカを見ていれば気持ちも冷めようというものです。



 ちなみに、彼ら四人について簡単に説明しておきますと、


 まずは長兄のラック。

 柔らかい薄紫色の長髪を紐でまとめています。

 顔立ちだけ見れば歌劇俳優としても通用しそうな長身の伊達男ですが、生来の軽薄さが言動から滲み出ている為か、実はあまり異性にモテません。


 次に長女のリン。

 母親譲りの赤茶色のサラサラの髪を肩口で切り揃えています。

 おとなしくしていれば異性から人気がありそうな美人顔なのですが、下町育ちのせいかどうにもケンカっ早く怒りっぽい気性で、兄と同じくモテません。非モテ二号です。


 そして次女のルカ。

 兄と同じ薄紫の長い髪を腰下まで伸ばしており、他人と目線を合わせるのが苦手だという理由で、前髪も目が隠れるくらいまで長くしています。

 彼女に関してはそもそも人見知りが強すぎて、モテるモテない以前にまともな人付き合いすら困難なレベルです。


 最後に次男のレイル。

 上の姉と同じ赤茶色の髪。

 個性豊かな兄弟の中では比較的まとも。特異な家庭環境以外はほとんど普通のお子様です。

 



 四人は暗い雰囲気の中で相談を続けていました。



「でも……あれから子分の人達も皆離れていっちゃったし……お仕事もなくなっちゃたし……」


「それなんだよねぇ」



 故人の悼み方の是非はさておくとして、ルカの指摘にはいつも能天気なラックも困ったように苦笑しました。方々からの借金の穴埋めをする為に、今住んでいる屋敷も売りに出す事が決まっています。あと数日のうちには出て行かないといけません。



 元々、先代の人柄によってかろうじて組織としてまとまっていたようなものなのです。

 まず用心棒の仕事は目に見えて減りました。

 賭場ではイカサマが横行するようになって常連客が離れていき、あっという間に大赤字に。

 その過程で見限られたのか、密輸品の仕入先だった行商人もぱったり姿を見せなくなりました。


 あれやこれやと試行錯誤を繰り返すも、最後に残ったのは借金ばかり。

 土地屋敷と家財の大半を手放すことでどうにか返す目途は立ちましたが、お先真っ暗な状況にはあまり変わりありません。数少ない子分たちを養うことなど到底できず、一人また一人と去っていき、最後に残ったのは彼ら四人とペットが一匹だけという状況です。



「このままじゃロノのエサ代だけで破産しちゃうわよ」



 リンが言うロノというのは、彼らの一家で可愛がっているペットで兄弟同然の仲なのですが、大飯喰らいなのが玉に瑕。「エサ代で破産」というのも決して誇張ではありません。


 どれほど好意的楽観的に解釈しても、アルバトロス一家の状況は崖っぷちギリギリで……つまり、彼らには早急に金銭を得る必要があったのです。







 ◆◆◆







 そんなワケでアルバトロス一家の四人はなけなしのお金で切符を買い、列車強盗をやらかす為にグランニュート号の三等客車に乗り込んだのです。

 これまで住んでいた家や家財を処分したお金は、諸々の借金の返済と列車の切符代でほぼ消えてしまったので、もう彼らに後はありません。



「ねぇ、本当に……やるの……?」


「ルカは心配性だねぇ。大丈夫、大丈夫! 学都アカデミアに着いたら今回の儲けでパーッと美味しい物でも食べようじゃないか!」


「兄さん、声大きい!」


「あ痛っ!?」



 ラックの頭をリンが思いっきりぶん殴って黙らせました。

 他の客が近くにいる状況で、強盗計画で得た金の使い道について楽しげに話すなど正気の沙汰ではありません(これから列車強盗をやらかそうとしている人間が正気かどうかはさておき)。

 幸いにも他の客には気付かれませんでしたが、危うく何もしないうちから計画が頓挫するところでした。



「ルカも今更ゴチャゴチャ言わないの。一度はやるって言ったでしょ」


「うん……そ、それはそうだけど……」



 彼らは事前に大陸横断鉄道についての入念な下調べをして計画を練ってきたのですが、その骨子となる部分を担当するルカがこの調子では実行に移せないのです。




「パーッと美味い物かぁ。そういや昨日のシチューは美味かったね、ルカ姉」


「う、うん、美味しかったね、レイル」



 と、ここでレイルがルカに話を振りました。

 昨夜は計画の下見もかねて皆で食堂車に赴き、美味しいビーフシチューを食べたのです。もっとも予算の関係で注文したのは一人前だけで、それを四人で侘しく分け合ったのですが。



「この仕事を成功させたら、腹一杯ご馳走を食べたいな。それにロノにもたまには良い物喰わせてやらないと」


「……うん、そうだね」



 レイルの言葉で、後ろ向きな性格のルカも少しはやる気が出てきたようです。

 現在は昼前。

 計画の予定時刻までは、あと僅かです。

 ルカの気が変わらないうちに、他の三人は動き出しました。







 ◆◆◆







 三等客車を出た数分後。

 身元バレを防ぐ為に服装と髪型を変えて変装したラックは、食堂車で呑気に昼食を楽しんでいました。大口を開けてサーモンの揚げ物を挟んだサンドイッチにかぶりついています。

 計画の都合上、一人だけ食堂車に先行する必要があったのですが、緊張感の欠片もありません。



「うーん、役得役得っと」



 彼が窓際の席で昼食を堪能していると、大きめの制服を着た少年給仕が声をかけてきました。



「お客様、お食事中に失礼します。お待ちのお客様とご相席して頂いてもよろしいでしょうか?」


「相席かい? ああ、いいとも」



 ラックは付け合せのフライドポテトを口に放り込みながら、気楽に了承しました。

 何も考えていないようにも見えますが(そして事実、あまり考えていないのですが)、見知らぬ相手との相席程度で磐石の計画が崩れるとは思えなかったからです。


 ほどなくして少年給仕は、ジャケット姿の少女をラックと同じ席に案内してきました。



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