個人と公人
女神が息絶え、ほとんどの精霊も去った今。『虹の神殿』を完全に当初の姿に復元することは出来ないが、修繕することで結界の持続は期待できる。そのためにすべきことは以下のとおり。
ひとつ、新たに
ふたつ、五つの『女神の装身具』――原初のアルカンシェルを揃えること。なお、現在、所在が判明しているものは『聖剣リ・レマルゴス』と『月と星の錫杖』のふたつだけである。
みっつ、ふたつに分かれた
これらを達成するために、結界の外側に広がる魔境へ赴かねばならない
「はい、質問です」
「どうぞ、ウラヴォルペ公爵令息どの」
レオニアスが挙手し、ウヌ・キオラスが指名する。どうやらレオニアスが、精霊師弟のノリに順応し始めたようである。考えてみれば、彼は19歳で、この場の最年少。若さとは得難い資質であるようだ。
「ユニコーンの半身とはどういう意味ですか?」
「ふむ、人間には伝わっていないのか」
コーヒーに飽きたらしい教皇が、ミルクポーションを直飲みしながら話し始める。
「私はもともと、光と影を司る精霊だった。だが、女神の死をきっかけに、光と影は
半分に分かれたのに生きている? 精霊とは生命力の強い生き物らしい。
「影のことはひとまず置いて、先に五つのアルカンシェルを集めた方がいいな。幸い、ひとつは心当たりがある」
ウヌ・キオラスが地図を広げた。地図には当然、虹の神殿の内側にある王国の領域しか記されていない。教皇の白い指は、ウラヴォルペ公爵領とヘムズヒュール公爵領にまたがる大砂漠の外側を指した。
「大砂漠の奥、マラスキーノ山脈の裾野と交わる乾燥地帯に、風の精霊を祀る神殿がある。ヤツが今もそこにいるかは分からないが、接触できれば他のアルカンシェルの行方も分かるやもしれん。当然のことだが、魔獣がわんさか出てくるから、装備をととのえて臨むように」
アルカンレーブ王国では虹の女神を神として祀る女神信仰が大勢を占めるが、女神のしもべとされる精霊を祀る神殿も存在する。大地の精霊、火の精霊、夜の精霊を祀る神殿は有名な観光名所で逸話も多いが、風の精霊については知られていない。
アルフェリムは腕組みをして黙り込んでいる。頭の中では忙しなく考え事が渦巻いているのだろう。蒼天の瞳は閉じられていたが、眉間のしわを見れば眠っていないことは明らかだ。
見かねたアルナールが、つま先で軽くアルフェリムのふくらはぎを蹴る。
「しかめっ面はお兄さんの専売特許じゃなかったの? するべきことは分かったんだから、あとは実行あるのみよ」
アルフェリムは小さく、しかし激しく首を振った。
「誰もが君のように強くはないし、いや、君であったとしても生きて帰れる保障はない。過去の王家も、結界の外側に領土を拡張しようとしたが、あまりの過酷さにことごとく挫折している。その魔境に、挑まねばならないというのか……!」
それは、少なくともこの三人が魔境遠征のパーティに加わる必要があるということだ。
アルフェリウムが実行を決断することは、すなわち友人たちを死地に送るという意味になる。
教皇は、ミルクポーションの容器をポイと放り投げた。
「では諦めるか? まぁそれもいい。お前たちがやらねば、人類はこのまま最短で滅びの道を歩む。決めるのはお前たち人間だ」
アルフェリウムは奥歯を噛みしめる。そう、アルフェリウムの双肩に乗っているのは、友人の命だけではない。王族は、アルカンレーブ王国の約30億人の人々に対して責任を負うのだ。
このまま何もしなければ、友人たちは天寿を全うできるかもしれない。しかし何も行動を起こさなければ、結界は崩壊し、外側の町から順に魔の手に蹂躙されていくだろう。
決断するしかなかった。
『希望の神託』に従い、全人類が生きる道を模索すること。それが、この時代に
理解はしていても、喉がひりついて言葉が出てこない。
そんなアルフェリウムの右隣で、アルナールが動く気配がした。
右腕を祭壇に置いて上半身を起こし、腰を伸ばして立ち上がる。背と腹に必要な筋肉のついている人間だけが行える自然な動作だ。やや左に重心を寄せ、右の腰にすらりと長い手をかける。背中に流した淡紅色の長髪が、さらりと揺れた。
「悩む必要なんてないわ。私はウラヴォルペの剣。気に入らないヤツは、魔獣だろうと滅びだろうとぶった切ってやる。ついでにサクッと人類も救ってあげるわ」
教皇を見据える金色の瞳には、迷いも気負いもなく、ただ強い決意だけがあった。
アルフェリムは眩しい思いでそれを見つめた。
彼女はいつもこうだ。何かを決めたら、目標を達成するまで、あの鋭い金色の瞳で前だけを見つめる。邪魔をするものは容赦なく排除する。それが人間であれ魔獣であれ常識であれ――。
アルフェリウムの左隣では、レオニアスが立ち上がった。彼は美しいが、弱々しさはなく、大きな背中には無駄のない筋肉がついている。高身長でありながら相手を威圧することもない物腰の柔らかな青年だ。
「
姉弟の言葉を受けて、教皇は薄く微笑みながらアルフェリムを見下ろした。
「王太子は言った。より良い死を求めて足掻くと。それを人類の総意と受け取ったのだが、違ったか?」
アルフェリムは軽く頭を振った。金糸の髪がわずかに揺れる。祭壇に両手をついて立ち上がる。
意を決し、頭を下げた。
「フォアスピネ様のお言葉どおり、我々人類は生存のために力の限りを尽くします。七色の導きに感謝いたします」
「そうか。ならば存分に抗うがよい、運命に」
その言葉を残して、
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