月と星の錫杖セルティアの提案

 まぁまぁ、そんな言い方をしては、人間の皆さんがお困りじゃありませんか。

 あたくしですか? 貴方がたが『月と星の錫杖』と呼ぶ存在です。それでは可愛げがないので、セルティアとでも呼んでいただければ。

 話を戻しましょう。人類の滅亡についてですね。それはまぁ、いずれは滅ぶかもしれませんが、生き延びる手立てがないこともないのですよ。だから教皇が貴方がたを呼び出したのです。


 まずは、虹の貴石エリストルの耐用年数の問題ですね。

 えぇ、新しいものに交換すればようござんす……足りない? 貴方がたがおっしゃるのは「国内に」という意味でしょう? そこにないなら、外の世界へ行けば良いではありませんか。そう、魔境です。未知なる世界へ、人類未踏の地へ踏み出すのです、それが救国の英雄たる者の務め。

 きゃー、あたくし好みの展開になってきましたわ!


「いやいや、後半、あなたの趣味全開じゃないですかーい」

 ウヌ・キオラスが朗らかにツッコミを入れた。しかし誰も笑ってくれないので、「どうせ私なんて……」と落ち込む。

 かろうじて、最も精神の平衡を保っているアルナールが、

「あんたは空気を読まない予感がするから黙ってて」

と、ウヌ・キオラスを睨みつけた。彼は嬉しそうに口を閉ざす。


 『月と星の錫杖』もといセルティアも会談への参加を希望したため、聖教皇フォアスピネが彼女と人間の意志疎通の仲立ちをしている。正確には、レオニアスを拡張機スピーカーに仕立てて、彼が感じ取ったセルティアの声が全員に伝わるように小規模な結界を張ったのだ。

 なお、結界とは「奇跡の効果が及ぶ範囲、またその範囲の境界」と定義されており、種類によっては人間でも使用可能である。


「セルティアとはまたずいぶん可愛らしい名を……まぁそれは良い。あれの言う通り、魔境へ赴けば、エリストルの質量を確保出来よう。なんといっても未開拓の土地。手つかずの鉱山がある」

 これまた「醤油がないならお隣の家に借りに行けばいいじゃない」ぐらいの気楽さで聖教皇フォアスピネが発言するが、千年以上の間誰も辿り着けないから未踏の地なのであり、開拓が進まないのである。


 アルカンレーブ王国においては、一部の例外を除き、五つの勢力だけが土地を保有する。王都直轄領、公国、三大公爵家が所有する領土。それだけだ。

 それは、人類の生活圏は虹の神殿に守られた一部の土地に限られ、その外側には魔界が広がっているという地理の関係上、土地が増えることはないからだ。他の貴族は、貸与されるという形で、その土地を管理運営している。その方式を領国と呼ぶ。一般的には「領主」という名称が用いられ、国法の範囲内で自治が認められるほか、品位維持費や年金などの供与がある。代わりに税金を納めなければならない。

 優れた武芸者ならばアルナールのほかにも過去に複数存在した。単に対魔獣の戦闘能力だけでは魔界に進出出来なかったため、このようにややこしい支配形態を取らざるを得なかったのだ。


「まぁ、皆さんお顔が怖いですわ。ですから、教皇に策があると申し上げているではありませんか」

 きゃぴきゃぴと明るいセルティアの声は場違いなようでもあるし、全員が求める希望に満ちているようでもある。

 一同の視線を受けた聖教皇フォアスピネは、「はぁ」とため息をつきながらも方策を示した。

「人間が魔境で生き残れない主な原因は二つ。ひとつ、魔界においては人間が食物連鎖の下方に位置すること。人間のニオイは、蜂にとっての花蜜と同じ。いくらでも寄ってくる。これは、上質なエリストルを提供するなら、私が常時結界を展開するアルカンシェルを作ってやってもいい。ふたつめは水と食糧の問題。魔獣は特別なシュエルテを用いて解体し加工していると思うが、魔境ではこのシュエルテがないと水すら飲めない。だから、ウヌ・キオラスを貸してやろう」

 名前の出たウヌ・キオラスが、にこやかに手を振った。

「どうもー。魔獣を浄化するシュエルテ『闇夜の抱擁』が使えます。あと、この人の弟子ですから、『女神の息吹』も使えますよ。どう、優秀でしょ?」

 『闇夜の抱擁』はディビエラ公爵家に多く発現する祝福シュエルテで、魔性を取り除く。土地や水に用いれば穢れをはらい、魔獣に用いれば毒素を取り除いて食用にすることが可能だ。

 また、『女神の息吹』は聖教皇フォアスピネの直弟子十一名のみが使える特別な祝福シュエルテで、錫杖の力を借りて魔性を寄せ付けない結界を張ることが出来る。アルカンレーブ王国を支える九つの神殿には、ひとりずつ聖侍者(聖教皇の直弟子、教皇に次ぐ高位聖職者)が常駐し、結界の維持に務めている。


 ある程度、茫然自失の淵から回復したアルフェリムが疑問を呈する。

「魔獣を遠ざける女神の結界は、『虹の神殿』を基盤に効力を発揮する大掛かりなものでは?」

 これに答えたのはウヌ・キオラスだ。

「王国全体を覆う規模だとそうですね。でも一定の範囲なら私でも使えるんです。なんといっても、私は半精霊ですからね」

 アルナールはこめかみを押さえた。

「また新しい単語が出てきた。もうお腹いっぱい」

「姉上。今、人類を救うための話し合いの途中だから。もうちょっと真剣によろしく」

 レオニアスが集中力のなくなってきた姉をたしなめる。


 アルナールだって別に不真面目にやっているわけではない。

 ただ、あまりに人間の理解を超えたスケールの話が続くので、脳の処理範囲を超えようとしているだけだ。たとえば、聖教皇フォアスピネが精霊であるという事実ひとつとっても、王国を震撼させる大ニュースになるだろう。

 ちらりと横目でアルフェリムを伺えば、汗の滲んだ拳を固く握りしめていた。愚痴もこぼさず、聖教皇フォアスピネの話を嚙み砕き消化して、なんとか事態解決の糸口を掴もうとしている姿勢は尊敬に値する。


「まぁ私の話は置いておいて。皆さん思い出してください。エリストルの確保のほかに、もうひとつ問題があったでしょう? はい、ウラヴォルペ公爵令息どの、お答えくださーい」

 レオニアスは軽く顎に手を当てたが、すぐに「あっ」と声をあげた。

「新しいエリストルを入手しても、女神様や精霊様にしか加工できない……?」

「はい、正解です。では教皇、説明の続きをお願いします……うぐぐぐ?」

 聖教皇は、錫杖でウヌ・キオラスの頬をぐりぐりと小突き回した。

「話すつもりではあったが、お前の振り方が非常に腹立たしい」

「えー、場を和ませようとまじめにボケてるのにー」

 アルナールは師弟まとめて殴ってやりたくなったが、同行者に止められそうなので自重した。

(精霊って、こんな連中しかいないのかしら)

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