女神の遺産 エリストル

 新たな女神の工芸品アルカンシェルを生み出すことは非常に難しい。天才と呼ばれる錬金術師が、最上級の虹の貴石エリストルを用い、生涯をかけてひとつ生み出す、というレベルの貴重品だ。

 虹の貴石エリストルを材料の一部にするとはいえ、量産型の工業用アルカンシェルと一緒にするのは、確かにおかしいのかもしれない。

 しかし、そのすべてが模造品であるとは、一体どういう意味だろうか。


 聖教皇フォアスピネは、元コーヒーを飲み干すと、ウヌ・キオラスにカップを渡した。新しいものを淹れろと要求しているようだ。そしてテーブル代わりに使用している祭壇に頬杖をつき、気だるげに話し始める。

「弟子を取ると、最初にこの話をするんだ。ウヌ・キオラスに話したのが最後だら、およそ80年ぶりだな。まぁ人間はよくやっている。珍しい効果を発揮する模造品もあるし、ここまで社会機構を発展させるとは、正直思っていなかった。しかし、決定的な違いがある。アルカンシェルとは、元来、精霊が自身の体の一部を用いて作った品を指す言葉だ」


 『聖剣リ・レマルゴス』は、蒼狼の牙を鍛えたもの。

 『月と星の錫杖』には一角獣ユニコーンのたてがみを用いた光と影の精霊の合作である。

 いずれも結界の維持を補助する目的で作られたもので、本来の意味は『女神の装身具』。上記のほかに三つのアルカンシェルが存在する。


 九つ虹の神殿は、厳密にはアルカンシェルではない。これらは女神が、自身のの上に最上級の虹の貴石エリストルを用いて建てられた結界の維持装置兼、女神の力の増幅装置だ。


 さて、ここまでの話で分かる通り、原初のアルカンシェルは、創世の時代から存在するもの。制作から優に一千年は経過している古美術品アンティークである。

 そんな古い品物を、適切な維持管理メンテナンスもなく使い続ければどうなるだろうか?


「……それが、お前たちの言うところの『滅びの神託』だよ」

 ウヌ・キオラスから新たなコーヒーを受け取った聖教皇フォアスピネの言葉に、いつの間にか腕組みをして話に聞き入っていたアルフェリムが「うぅむ」と唸った。自分自身に確認を取るように言葉を紡いでいく。

「つまり、王国を守る結界は、あまりにも時間が経過したため存在の限界を迎えようとしている。それを補助するアルカンシェルも然り。そしてそれらを構成しているのは、女神様と精霊様の力であると……?」

「まぁ、そういうことだな」

 聖教皇の返答は他人事のようだ。

 アルフェリムが顔を上げる。

「では、結界やアルカンシェルを保つための適切な維持管理とは?」

 コーヒーに砂糖とミルクポーション、さらに透明のボトルから生クリームを絞り出しつつ、聖教皇が答える。

「お前たちが工業用と呼ばれるアルカンシェルに施している処理と変わらん。平たく言えば、耐用年数の過ぎたエリストルを新しいものに交換し、劣化した術式を刻みなおせばよいだけのこと」

 それは「眼鏡のレンズにヒビが入ったら新しいレンズと交換すればよい、眼鏡職人に頼んで」と言っているのと同じことだった。内容としては。

 しかしそれを聞いたアルフェリムが頭を抱える。

「……アルカンシェルを制作するためのエリストルは、年々産出量が減少している。虹の神殿は全体がエリストルで作られていると聞く。国内からかき集めれば足りるのかもしれないが、流通するエリストルは枯渇することだろう。しかも、原形は女神様と精霊様が作られたものなのですよね?」

 聖教皇フォアスピネはいじわるな笑みを浮かべた。

「ふむ、きちんと理解しているようだな、第二王子よ。現代においては、質量ともに十分なエリストルを賄うことは出来まい。加えて、女神や精霊が駆使した奇跡の術を人間の錬金術師に求めるなど、赤子に高等算術を解けと言うような無理難題だ。だから私は言ったのだ。滅びは千年の昔から約束されていると」

「……」

 アルフェリムは沈黙するしかなかった。聖教皇フォアスピネの言葉がすべて真実であると分かっているから。

 隣でレオニアスが、そろりそろりと手を挙げた。

「えぇと、ちょっとお尋ねしたいのですが。女神様や精霊様に、アルカンシェルの修復をお願いする、ということは出来ないのでしょうか。先ほどから『月と星の錫杖』が『うちの教皇が話をもったいぶってすみません』と語り掛けてくるのですが」

 生クリームを絞る聖教皇の手が止まった。

「……女神は、死んだよ」

「えぇ!?」

 一同の声が唱和した。今日は、一体何度驚けばいいのだろうか。


 アルカンレーブ王国は、女神の加護を受けた人間の国。その国に、女神が存在しない――?


「少し違うな。この世界のどこにでも存在するが、どこにも存在しない、とも言える。彼女は死に、その亡骸は世界中に飛び散って虹色の欠片となった……お前たちが当たり前のように消費するエリストルこそ、彼女が遺した最後の力だ」

 衝撃の重さ大きさに、一同は押し黙ることしか出来なかった。

 大概の物事には無神経なアルナールでさえ、額にじんわりと汗が滲むことを感じていた。

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