アルカンシェル

プロローグ

 私はたぶん恵まれてるんだろうな、と思う。

 公爵家という高い身分に生まれ、お金持ちで、五体満足で健康そのもの。毎日お通じは当たり前。しかも美人。そのへんももちろんありがたいことなんだけど、「持って生まれた才能が周囲の期待と一致していた」ことが最大の幸運だと思うわけ。


 このウラヴォルペ公爵家の祖先は聖剣リ・レマルゴスを所持する剣の天才だと言われていて、何度も騎士団長を輩出した名門だ。この家に武術の才能を持って生まれた私は、そりゃあ努力はしたが、好きなことに好きなだけ打ち込んで、惜しみない援助を受け、周囲から評価されている。魔獣を倒せば感謝されるし、嫌いな人間をぶっ飛ばせるだけの腕力(と権力)があるのは、とても気持ちいい。


 一方で、弟レオニアスはこの家に生まれて苦労したクチだと思う。

 弟の剣士としての才能は、まさしく平凡。なまじっか家柄と顔がいいだけに「派手なのは見た目だけ」とか「ウラヴォルペの人間なのにこんなこともできないのか」と悪意のある評価をされることが多かった。まぁ、私に聞こえる範囲で言ったヤツは全員殴っておいたけど。

 一応あいつの名誉のために言っておくと、努力は惜しまなかった。自分には才能がないからと諦めず、騎士団の仲間とともに厳しい訓練を受けて育ち、最近はいい師匠に出会えたことで、上級騎士として認められる腕前にまで成長した。


 でも悲しいかな、達人級と呼ばれる境地に達することはたぶん難しいと思う。

 

 実力って、才能という土壌に努力という水を注いで咲く花なんだよね。

 つまり、才能のあるやつも努力しなきゃ開花しないし、逆に、いくら努力したって才能がないやつはそこそこ止まり。

 弟は、後者のほう。だからちょっと前までは、訓練場で剣を振ってるあいつを見て、微妙な気持ちになったりもしてたんだけど。


 先日、ウラヴォルペ公爵家に衝撃ニュースが走って、家族は目を点にした。

 弟が、現代にふたりといない特別な祝福シュエルテ『風霊の導き』を持っていることが分かったのだ。

 これは女神の工芸品アルカンシェルと意志疎通を図ることが出来る能力で、ヘムズヒュール公爵家の祖先がこの祝福シュエルテを具えていたらしい。

 本人は小さい頃から無意識に使っていたので、みんなが女神の工芸品アルカンシェルと会話できると思っていたらしい。まぬけというか、あいつらしいというか。


 そうしたら、今年に入ってまたしても衝撃ニュースが。

 今度は王立学園時代の悪友が、先祖返りの祝福シュエルテ『真実の瞳』を持っているんだとか。これも、初代の王が持ってたすごいやつ。すごすぎて、たぶん貴族たちが黙ってない。彼を王位継承者にしようと担ぎ上げたり、逆に現在の王太子の邪魔になるからって排除しようとするかもしれない。


 才能持ってるって、いいことばかりじゃないね。


 じゃあ、私はどうすべきなんだろう。

 少なくとも、身内の近況を「大変そうだね」とのんきに高みの見物してる場合じゃないよね。


 好きなことで身を立てる才能を持って生まれたなら、最大限の努力をして、最大限の成果を手に入れてやる。凡人がどんだけ頑張っても辿り着けない境地に、私は立ってやる。

 魔獣も、悪人も、理不尽も、全部ぶった切って、最高の未来を切り開いてやるさ!

 手の届く範囲の人々みんなを幸せにする力が、私にはあるんだから。


 そのついでに、弟や悪友を助けてやるのも、悪くはないかもね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る