女神の芸術品アルカンシェル
「そのユニコーンが私だ」
作業の手を止めずに教皇が言った。目の前にはどこから出してきたのか大量の砂糖とミルクポーションがあり、それらをせっせと開封してコーヒーに流し込んでいる。出来上がりつつある液体は、もはやコーヒーとは言い難いだろう。
「それを信じろっての?」
「ちょ、姉上!」
レオニアスがアルナールのジャケットを引っ張るが、アルナールは
実のところ、もうほとんど彼の言葉に納得している自分がいることに、アルナールは気付いていた。
初めて会った時から、違和感があった。それが人ならざるものが発する気配であることを、一流の武芸者の勘が告げる。それも討伐遠征で倒した魔獣たちとは比べ物にならない強大な存在であることを。
派手なビーチチェアの上で、
「『真実の瞳』が映したものが真実だ。これを伝えておかねば、話が進まんのでな。前置きはさておき、本題に入ろうか」
聖教皇は軽く右手を上げた。その手の平の中に、渦を巻くような光が現れ、それはほどなく細長い線の形に収束する。
それは錫杖だった。蒼い柄に白銀色の金属。角度によって虹色の光を反射する。石突は四角錐。頭部は正円で、円を取り巻く装飾には八個の遊環、柄から突き出すように月と星のモチーフがある。聖教皇だけが持つ
「リ・レマルゴスは連れてこなかったんだな。あれもこれと同じく、特別なアルカンシェルだ」
ウラヴォルペ公爵家が代々継承している聖剣も国宝級の
「さて、ウラヴォルペのこわっぱ。こいつらの共通点を言ってみろ」
「……今度は僕ですか」
名指しされたレオニアスは、「ちょっと失礼」と椅子から立ち上がり、聖教皇に近づいて『月と星の錫杖』をしげしげと眺めた。そして「はぁ」とか「それはどうも」とか相槌を打っている。奇妙な光景だ。
やがて席に戻ったレオニアスは、困惑した表情で話す。
「共通点……と言いますか、まぁよく喋りますよね」
アルナールとアルフェリムにはまったく分からないが、聖剣や錫杖が喋るらしい。
これが、去年、世間を騒がせたレオニアスの
始まりの錬金術師として名高いヘムズヒュール公爵家の始祖以来の天才と呼ばれ、記録上、レオニアスのほかにこの
武のウラヴォルペに生まれ騎士として生きていた彼だが、今は王都にある王都総合学院に在籍し、錬金術と剣術の両方を学んでいる。
ここで重要な話がある。
それは女神の慈悲と、人間の知恵が創り上げた、奇跡を宿す工芸品。
例を挙げると、まず人類にとって最も重要な女神の芸術品アルカンシェルは、太古の建造物である『虹の神殿』だ。九つある神殿が魔境と人間の生存圏を隔てることで、人類は繁栄を極めることが出来た。そしてこの神殿と連動して、王国を守る結界を張ることができる
このあたりは有名なものだが、他にも人類の発展に寄与する女神の
そのうちのひとつが、
また、工業用アルカンシェルと呼ばれるものも広く普及する。たとえば、神殿を灯す熱のない明かり、浄水が流れる公共の水飲み場など。これらの
これらに共通して使用されているのが、
「……と、人間は解釈しているようだが、事実は異なる。『月と星の錫杖』と『聖剣リ・レマルゴス』のほかはすべて単なる模造品に過ぎないのだよ」
聖教皇のこの言葉に、アルナールたち三人は驚愕した。
ウヌ・キオラスだけが、ひとつあくびをして、退屈そうに来訪者の様子を見守っている。
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