会談 告解の離堂にて

「それで馬に乗って来たのか? ふたりきりで? 格式の上からも護衛や使用人が必要だろうに」

 神殿で合流した第二王子アルフェリムが、呆れを隠さずに言った。

「だから礼服に着替えて来たんじゃない。それに、この私を護衛するなら騎士団長クラスの腕がいるわよ。まぁいざとなったら弟を盾に使うわ」

「遠慮しておく」

 レオニアスが即座に首を横に振った。


 この王国にアルナールを超える猛者は数えるほどしかない。アルフェリムの言うことも分からないではないが、アルナールにしてみれば足手まといが少ない方が動きやすい。レオニアスも上級騎士なので、いちおう自分の身は自分で守ることが出来るはずだ。


 アルナールとアルフェリムは王立学園時代の同期で、なにかにつけて悪縁の生じた関係だ。それは今なお健在であり、顔を合わせれば自然と会話が弾む。

「夕暮れってさ、憂鬱な気持ちになるわよね。あの堅苦しいオッサン連中と顔を合わせると思うとなおのこと」

「へぇ。夕暮れにアンニュイさを感じる情緒があったとは意外だ」

「王族って殴っちゃダメなんだっけ? まぁいいよね、誰も見てないし」

「ちょ待て待て、君の弟という立派な目撃者がいるぞ!」

「大丈夫、目撃者なんて消せばいいのよ」

 背後でレオニアスが「消されるのは困るんだけど」と小さな声でつぶやいたが、アルナールは聞いておらず、アルフェリムには返事をする余裕がなかった。

 結局、アルナールは軽くアルフェリムの脇腹をつねるにとどめた。なんだか大げさに「イタイ、ちょっと、自分の腕力考えて!」と騒いでいるが、おそらくアルフェリムが痛みに弱い体質なのだろう。レオニアスの顔に同情が滲んでいる気がするが、この弟もすぐに他人に感情移入する癖があるので困ったものだ。


 三人は、中央神殿の離れにある『告解の離堂』と呼ばれる建物に向かっていた。一般信徒ではなく主に貴族の告解のために建築された建物で、過去には罪を犯した貴族がここで許しを請い出家した、もとい実家と縁を切られ生涯を神殿で過ごすことを余儀なくされた、という話もある。

 白い建物には大きなステンドグラスがあり、尖ったふたつの屋根の先端にはそれぞれ「星」と「月」のシンボルが飾られている。外見は各地にある教会とそれほど変わらないが、特徴的なのがこの建物が広い泉の真っただ中に建てられている点だ。入り口は一か所しかない。渡れないほど深い水位ではないが、非常に目立つ。つまり、密談にはもってこいの場所なのだ。

「神殿側がここを指定してきたの? なんかきな臭いわね」

 誘いこんだ人間をまとめて始末するのに適した場所だと、アルナールは心中で眉をひそめた。

(ま、何かあれば剣で解決すればいいんだけど)

 表面的に、公国と王家は友好を保ち、各公爵家は王家に忠誠を誓っている。アルナールは貴族的な事情に詳しくはないが、水面下では色々あるようで、一言に貴族と言っても立場はそれぞれだ。神殿関係者も、ひたすら女神に祈りを捧げて生きている者もいれば、女神への信仰を金品という即物的な形で表現したい者もいると聞く。


 アルフェリムの後に続いて白い階段を下っていると、教会の入り口に神官服の人間がいるのが見えた。白っぽい長衣と、肩掛けに示された『星と月』の模様。何より、左手に銀色の錫杖を手にしている。これは高位神官にしか許されない聖物だ。

 アルナールの驚異的な視力は、他の二人よりもっと細部を捉えていた。高身長の若い男で、大きな帽子からはみ出している髪は銀色、三つ編みにして後ろに垂らしている。何より印象的なのは、右目が灰色、左目が青色という虹彩異色オッドアイを持っていることだ。

「ねぇ、確か教皇の直弟子とかいう偉いさんが、銀髪にオッドアイっていう話を聞いた気がするんだけど」

 アルナールが話しかけると、「私もそう聞いている」とアルフェリムが少し振り向きながら言った。

 アルナールは、視線で教会の入り口に立つ人物を指した。

「じゃあ、彼、たぶんそうね」

 アルフェリムは、一瞬歩みを止めた。

「……聖教皇とその直弟子まで参加するだと? この会談は、単に神託の続きを聞くだけのものではないのかもしれない」


 泉の中心に飛び石のように配置された歩道を渡ると、銀髪の神官が恭しく頭を垂れて三人を出迎えた。

「ようこそ、救国の勇者の皆さま方。フォアスピネ様が首を長くして待っておいでです」

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