王太子 オライアス
オライアスは王宮のレストルームにある大きな鏡の前で、身だしなみを整えることにした。国王へ重大な報告をするにあたり、気を引き締める儀式のようなものだ。
色の薄い金髪を丁寧に撫でつけ、首の後ろでひとつにまとめ、青いリボンできっちりと縛る。襟の詰まった厚手の白い上着にブラシをかける。寒がりなので、上着の前面と背面に発熱素材が使われており、温かみのある灰色の雲龍紙のような模様が描かれている。白いズボンにはピシッと折り目がついており、濃い茶色のブーツにも汚れはない。銀縁の眼鏡を外し、曇りを取り除く。最後に、裏地が灰色の白い厚手のマントについた埃を軽く払って顔を上げた。
鏡の中には、「一分の隙も無い冷静な王太子」と呼ばれる面白みのない男が映っていた。
「国王陛下のお呼びです」
控えの間で待つこと数分。すぐに国王からお呼びがかかり、オライアスは国王の執務室へと入室した。
正面の机に国王が座している。入り口近くの机には秘書官がおり、茶髪の彼は立ち上がって礼をする。軽く手を挙げてそれに応えると、まっすぐに国王のもとへ進んだ。
先に声を発したのは国王だ。
「騎士から簡単には聞いたが、滅びの神託が下ったというのは事実なのだな」
「はい。そして同時に、それを回避するための神託もございます。詳しくはこちらをご覧ください」
オライアスは数枚の紙を差し出した。神殿でのやり取りを記した議事録だ。
国王が読み終えたころを見計らい、話を進める。
「まずはウラヴォルペ公爵領に使いをお出しください。神殿で待機している第二王子とともに、さらに詳しい神託を聞く必要があります」
国王は机の上で指を組み、重いため息を吐いた。
「祝福を受けた若人たちか……アルフェリムもその一人というわけか。親にまでこんな重大なことを隠しているとはな」
オライアスは返答しなかった。
アルフェリムにとっては、父である以上に国王という認識なのだろう。自分と同じように。
王太子の座ついては、貴族たちの思惑もあり永らく宙に浮いていたが、現王妃の実子であるアルフェリム推す声は大きかった。しかし王立学園に入学以降彼の浮名が目立つようになると、堅実なオライアスの姿が評価された。実母である前王妃の身分が高いことも影響しているだろう。健康な王子がふたりいるのにいつまでも空白には出来ないとして、二年前にオライアスが王太子となった。しかし、その時にアルフェリムが『真実の瞳』という祝福シュエルテを持っていることが知られていれば、結果は違ったものになっていたはずだ。
オライアスは国王へ頭を下げた。
「どうかあまり第二王子をお責めになりませんよう。彼はおそらく、生涯隠し通すつもりだったのでしょう」
しかし、その言葉を聞いて、国王は小さく笑った。
「シュエルテは女神が人類に与えたもうた知恵であるという。滅亡の迫った今こそ人類みなに必要な力だ。個人が隠しおおせるものでもないだろう」
「ウラヴォルペの小公爵は稀に見る武芸の達人ですし、その弟のシュエルテは神話の再来と言います。彼らが同世代に生を受けたこともまた、人類の危機に対抗するための女神のご高配なのかもしれませんね」
国王といくつかの打ち合わせを済ませると、オライアスは退室した。続いて、王太子の執務室にこもり、貴族会議招集の手配に追われる。
秘書官らと会議の問答集を作成しながら、頭痛がするのを表面に出さないよう苦労した。
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