希望の神託

 祝福シュエルテ。それは、女神が人間に授けた奇跡のひとつ。


 魔界の中に人間の領土を築いた女神は、安全と発展のために四人の人間を選び役割を与えた。それを遂行できるように授けたのが祝福シュエルテであり、神話に登場する最初の王が授かった祝福こそ『真実の瞳』である。

 視線を合わせた相手の言葉の真偽を見抜く――混乱する創世紀において、円滑に王国を築くために必要な力だった。


 『真実の瞳』は王族にのみ発現する祝福シュエルテであるが、必ずしもその時代に保持者が存在するわけではない。他の祝福シュエルテを持って生まれる場合もあるし、そもそも祝福シュエルテの所有者は貴族の中でも2割程度にとどまる。持っていなくても何ら問題はない。

 しかし『真実の瞳』は象徴的な意味でも特別だ。

 これを持って生まれた王族は、歴史的に必ず次代の王に選ばれるからだ。


「まさか、第二王子殿下が祝福を具えていると……?」

「そんな話は聞いたことがないぞ」

「しかも王族固有のシュエルテならば、王位継承権の順位に変更が生じるのでは?」

「あ、いや。過去の歴史に照らし合わせるとそうなるという話で……」

 神官たちは小さくもない声で囁きあっていたが、さすがに王太子であるオライアスの存在を思い出し、不自然な咳払いで会話を終わらせた。

 会議室に重い沈黙が下りる。


 顔を上げられずにいるアルフェリムの隣で、オライアスは小さく息を吐いた。人差し指で、銀縁眼鏡を押し上げる。

「第二王子のシュエルテのことは、今は置くとしよう。我々が知りたいのは、何故この王国が滅ぶのかということだ。原因が分かれば対処も可能だろう。また、我々にはどの程度の猶予が残されているのか。フォアスピネ様、お答えいただけますか」

 オライアスの低い声は、窒息しそうな会議室に新たな風を吹き込んだ。

 全員が、オライアスと聖教皇フォアスピネのやり取りに注目する。

「この王国は、女神の加護を受けて建国された。しかし、その加護がもう尽きようとしている。近い将来、九つの虹の神殿は崩れ落ち、結界は消滅する。魔境から魔獣たちの侵入を許すことになるだろう。騎士団だけで王国を守り抜くことは不可能だ」

 聖教皇フォアスピネの言葉を受けて、司祭長は叫んだ。

「千年以上も続いた加護が尽きるですと……!?」

 この場の全員を代表するかのような一言だったため、王太子と聖教皇フォアスピネの会話に割り込んだ無礼は黙殺される。

 聖教皇の声は、穏やかであり厳かであった。。

「千年も続いたからこそだ。まさに神話の時代が終わりを迎えようとしているのだ。受け入れられぬか、王太子よ」

 オライアスはいったん沈黙すると、呼吸をととのえて話し始めた。

「……なるほど。生を受けたものとして、死は避けらぬものでしょう。しかしより良い死を迎えるために足掻くのもまた、人間の性です。私たちに七色の導きを賜りますよう」

 王太子の返答は、聖教皇フォアスピネの意にかなったようだ。アルフェリムの目には、ベール越しの青い瞳に好奇心の光が宿るのが見えた。

 トントンと二度、彼は指でテーブルを叩いた。

「ならば、ウラヴォルペの小娘たちも連れてくるがよい。聖剣もともにな。祝福こそ女神の慈悲。祝福を宿した幾人かの若人たちが、人類に希望を与えるであろう」

 この言葉は、滅びの神託と対になる希望の神託として、王国全土に駆け巡ることになる。

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