滅びの神託

 会議室には二つの出入り口があり、中央には大きな円卓が座す。これは、どちらの入り口も上座でないことを表し、通例として北側に教皇、南側に賓客が腰かけることになっている。

 王族使節団は、南側の椅子に着席した。


 白っぽい部屋だ。天井が高く、大きな窓から光が差し込むため閉塞感を感じにくいはずだが、アルフェリムはブラウスのボタンを一つ外したい衝動をこらえた。

 北側には、すでに神殿関係者が着席している。ある者は腕を組んで眉を寄せ、ある者はイライラとテーブルを指で叩く。ある者は疲れ切った表情で肩を落とす――そのような雰囲気でくつろげるはずもなかった。

 初対面の人間には分かりづらいが、オライアスも眼鏡の奥でわずかに目を細めている。


 北側の正面の一席。教皇の席だけが主を迎えていなかった。

 しかし、神官たちに探りを入れる暇はなく、若い神官がロープの端をひいて、銀色のタペストリーをめくりあげた。

「月と星の使徒。スピネルの代理人であるフォアスピネ様のご入場です」

 一同は席を立ち、頭を下げた。

 王族であるアルフェリムたちも例外ではない。聖教皇フォアスピネの地位は国王と並ぶものであり、虹の女神スピネルの加護により長寿であるとされる。現在の国王より長くその地位にある人物に対して、敬意を示さねばならない。

「七色の導きがあらんことを」

 一同そろって挨拶を唱和した。


 聖教皇フォアスピネが片手を軽く上げ、それを合図にみな着席しなおす。


 アルフェリムが聖教皇フォアスピネを間近で見るのは、子どものころ以来だ。

 記憶と変わらぬ、銀色の長髪。そして、表情を覆い隠す白いベール。噂によれば、彼がベールを外すのは、最側近と11人の直弟子の前だけだという。ここに集まったのは神殿の重役ばかりだと思われるが、果たして彼らの幾人がその素顔を知っているのだろうか。


 使節団を代表し、オライアスが口火を切る。

「単刀直入に伺おう。この度、新たな神託が下されたと聞いた。それは事実か?」

「はい、その通りでございます」

 答えたのは、おそらく最年長であろう白いひげの神官だ。

 アルフェリムは彼の顔に見覚えがあった。確か、神官を束ねる司祭長であったはずだ。

 オライアスは重ねて尋ねる。

「事実ならば、何故王国に報せがなかったのか。私たちは建国の歴史以来、互いに助け合ってきた友であるはずだ」

「……その通りでございます」

 司祭長は重々しく答え、ちらりと聖教皇フォアスピネへ視線を投げた。

「この度の神託に関しましては、我々も解釈に頭を悩ませております。そこでフォアスピネ様には、この場で詳細を補足していただきたいのですが……」

 

 一同に降りた沈黙を払ったのは、聖教皇の吐息だった。微かに笑ったようだ。

「補足? 付け足す情報など何もない。近い将来に王国は滅ぶ、ただそれだけのこと」

 その声音に、悲壮感などひとつもない。夜になれば太陽が沈む、自然の摂理を語るように淡々と彼は言い放った。


「なんと、やはり間違いではないのか……!」

「いやしかし、この王国は女神の加護を受け、千年も栄えているのです。それが突然滅びるなどと……」

「その通り。千年を超える歴史のただなかに、我々はいるのです。一度くらい、神託に誤りがあってもおかしくはないのでは?」

 神官たちは、不安からか早口でまくしたてる。


 アルフェリムは、身じろぎせず座る聖教皇フォアスピネを注視した。ベールの向こうの表情は分からない。しかし、どこか小ばかにしているような、退屈そうな雰囲気を感じた。まっすぐに伸びた背中、テーブルの上に美しくそろえて置かれた指。どこにもそのような様子は見当たらないのに――。


 オライアスが声を上げ、いったん場を鎮める。

「王国の将来を憂慮する気持ちはみな同じ。滅びの神託があるのなら、それを回避する神託もまた存在するのではあるまいか」

 どよめきが起こる。

 しばしの間をおいて、神官を代表し、司祭長が聖教皇に語り掛けた。

「その通りです。フォアスピネ様、ぜひとも王国に降りかかる災いを退ける方法をご教示ください」

 期待に満ちた、というより希望に縋るような視線が聖教皇フォアスピネに突き刺さる。

 しかし、彼は平然と、あるいは冷然と告げる。

「そなたたちの言う災いが滅びのことならば、それを防ぐ方法はない。人間の生死と言い、栄枯の盛衰と言い、国の興亡と言う……滅びは約束されているのだ、千年の昔から」


 場は騒然となった。

 オライアスが呼びかけるも収集がつかず、王国使節団はいったん会議室を後にした。

 それは彼らが冷静であることを意味しない。むしろ混乱に背を押され、窮屈な場所から逃げ出したのだ。

「へ、陛下に急ぎお知らせを……」

 同行した騎士が言うのを、アルフェリムは押しとどめた。

「いや、待て。もう少し情報を仕入れてからにしよう。滅ぶというならその原因は? 時期は? 確認せねばならないことが多い」

 オライアスも頷いた。

「第二王子の言う通りだ。必要な情報が手に入り次第、国王陛下に伝令を送る。準備を怠るな」

「承知いたしました」

 騎士のひとりが速足で立ち去り、残された者たちも出口へと歩を進めた。


 その途中で、アルフェリムだけぴたりと足を止める。

 気付いたオライアスが視線で理由を問うた。

 アルフェリムは笑って、

「いやなに、小用ですよ。そこの神官どの。手洗いに案内してくれるかな」

と答えると、若い神官の後に続いてオライアスたちと別れた。

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