公国訪問
翌日。王室騎士団、通称『蒼穹の騎士団』を護衛に引き連れて、王太子と第二王子は出立した。中央神殿のある公国へと向かう。
それほどたいそうな旅ではない。王都から公国へは、
アルフェリムは、兄とともに青い馬車に乗り込んだ。それを護衛する騎士たちは、白い衣服に金の装飾を施し、青い外套をひるがえしている。
そう、青色こそ王家の象徴。直系の王族ならば必ず持って生まれる青い瞳は『蒼天の瞳』と呼ばれ、これを王族以外に使うことは許されない。新聞や演劇などで、王族を示す独占表現となっている。
「連日お前と顔を合わせるとは珍しい」
オライアスは言った。
「王太子殿下は忙しくていらっしゃるので」
アルフェリムが返すと、「皮肉か?」と睨まれたので、両手を上げる。
「気楽な弟のひがみですよ。陛下をはじめ、王族の方々が熱心に職務を遂行なさるから、非才な私には仕事が回ってきません」
馬車がガタンと揺れる。窓枠に垂れるカーテンの隙間からわずかに石造りの町並みが見える。接触事故を避けるため、混雑する
「確かに、職務熱心かもしれないな。特にエレニーヴ叔父上などが」
兄の口から、朝餐会に数年出席していない叔父の名前が出て、アルフェリムはやや驚く。
「今朝、外宮でお会いした。神殿が強い発言権を持つ現状を快く思っておられないようだ。王太子自ら公国に赴く必要はないと遠回しにおっしゃったが、これも陛下の命だとお答えした」
「そうですか……」
アルフェリムとしては、ほかに答えようがなかった。ここで叔父、つまり国王の弟であるエレニーヴ・フォン・コルジア侯爵の名前が出てくることに違和感を覚えたが、その感覚が頭の中で思考の形を持つ前に、馬車が関門へ到着する。
アルフェリムは開いた扉からするりと地面に降り、冗談めいた笑顔で兄に手を差し出した。
「ひとまず降りましょう。不肖の弟がエスコートいたしますよ」
オライアスは冗談を好む性質ではなかったので、人差し指で眼鏡の縁を押し上げると、弟を無視して黙々と馬車から降り立った。
目の前に、背の高い半透明の建物がある。
しかし当然、公務で利用する王族を邪魔する不届き者はおらず、アルフェリムはオライアスと数名の護衛とともに結界の真ん中に立つ。
灰白色の素材で造られた床材には複雑な模様がびっしりと描かれており、それは四方を囲む石柱とつながっている。石柱の先端はいびつな三角錐のように鋭利で、作動時に強烈な光が発生する。
「結界を作動します」
錬金術師の機械的な声が鼓膜を打つ。
アルフェリムは静かに瞼をを閉じた。
しばらくして、天と地が消失し、宙に放り出される浮遊感、もしくは生ぬるい水の中に埋没していく感覚が生じ、まぶたの裏に光の洪水が広がる。
それらは長くは続かず、徐々に正常な感覚を取り戻していく――。
空気が変わった。王都の湿った空気ではなく、冷たく乾いた風が頬を叩く。
建物の出口から見える景色の眩しさに、右手を上げて目を細めるアルフェリム。
その隣に、オライアスが並んだ。アルフェリムよりやや長身だ。
「久しぶりに訪れたが……さすがは『不凍の水の都』と呼ばれる公国だ」
「はい。気温は王都とそう変わらないように感じますが、これほど豊かな水と緑にあふれているとは」
神殿を象徴する色は銀であるが、中央神殿を祀る公国の景色は、無彩色とは程遠い。
白い石造りのメインストリートの両脇には水路。白い町並みの奥には、水色の空を背景に緑豊かなルピウス山脈がそびえたつ。その手前の山の中腹に白い神殿があり、水晶のような半透明の壁に神殿を表す『森に月と星』のタペストリーが掲げられている。この町は、神殿の庭にある『女神の泉』から絶えず水が提供されており、町のいたるところに水路が走り、豊かな花と緑がアパートの窓辺を飾る。規模としては小さいが、四季を通して種々の花が咲く楽園のような場所だ。
駅の広場に、二頭立ての馬車が到着した。車体には『森に月と星』の紋様。神殿からの使いだ。
アルフェリムは、再びオライアスとともに馬車に乗り込む。護衛の騎士たちは馬上の人となり前後を守る。
公国に住んでいるのは、ほとんどが神殿の関係者とその家族だ。活気にあふれているのは、観光客が多いからだろう。町を行き交う人々の顔つきは穏やかに見える。
しかし、神殿の敷地に入った途端、肌がひりつく感覚を覚えたアルフェリム。
その感覚は、出迎えの神官の表情を見た時、さらに強まった。
(今回の神託は、本当に王国に危機をもたらすものかもしれない)
オライアスの後に続いて神殿に足を踏み入れながら、緊張の高まりからわずかな頭痛を感じた。
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