第二王子 アルフェリム
第二王子であるアルフェリム・フォン・アルカンレーブは、自身の執務室でその報を聞いた。
「新たな神託が下った?」
部下からの返答は「下ったらしい」ということで、要領を得ない。神殿から正式な知らせがあったわけではなく、出入りしていた王宮関係者が噂を耳にしたのだという。そのわりには、視線が落ち着きなく空間をさまよう。
「言いたいことがあるなら、言ったらどうだ」
黒髪の部下は、少し間を置いた後、「あくまで噂ですが……」と前置きして始めた。
「どうやら、王国の未来に良くないことが起こるという……その、実は、まことに不吉ではありますが、滅亡するという神託が下ったと神殿が騒然となっているとかで……」
途中で王子に睨まれて、部下は聞いた情報を出来るだけ正確に報告せざるを得なかった。
アルフェリムは、羽ペンでトントンと紙を叩いた。
「それは……確かに穏やかな話ではないな。新たな情報が入り次第知らせてくれ」
部下を下がらせると、羽ペンを定位置に戻す。
(俺の知る限り、解釈の余地がある遠回しな神託が下ったことはない。しかし教皇はかなり癖のある人物だ。王家との関係は良好だが、一大権力集団の長である以上、何らかの意図があるのか?)
背もたれに体を預けて腕組みしていたが、ろくに情報のない段階で考えても無駄だと思い、アルフェリムは席を立った。
アルフェリムは21歳。現国王と現皇后の嫡子であり、王位継承権は第二位。明るく輝く『蒼天の瞳』は、彼が紛れもない王家の一員であることを示している。
首筋にかかる金髪はつややかで、面長の端正な顔立ちは母親譲り。身長は平均的だが手足がすらりと長くバランスの良い体格をしている。当然のことながら女性たちの熱烈な視線を浴びているが、今のところ婚約者はいない。一本の花を守るより多数の花を愛でるのに忙しいのだろう、と世間は言う。アルフェリムがそれを否定したことはない。
季節は冬。とはいえ王都は比較的温暖な気候なので過ごしやすく、北方の貴族の避寒地としても名高い土地だ。
アルフェリムは厚手の外套を羽織り、庭園に面する廊下を歩いていた。朝餐会に出席するためである。家族の交流を目的とした小さな集まりで、月に一度くらい開催されており、王族のみが参加することになっている。今日は、国王夫妻、兄である王太子、そしてアルフェリムの4人が集まる予定だ。国王の母である太后は気まぐれに出席する。半年前までは妹王女もいたが、四大家門の一つに降嫁した。
(ヘムズヒュール公爵家とは、なかなか人間関係が複雑そうな嫁ぎ先だが。しっかりしている妹姫のことだ、なんとかやっていけるだろう)
緑の庭園にしとしと降り注ぐ冬の雨を見ながら、妹の行く末を思う。
しかし他人の心配ばかりもしていられない。兄にはすでに婚約者がいるが、アルフェリムはそうではない。朝餐でも話題にされるだろう。覚悟しておいたほうが良さそうだ。
「第二王子殿下がお見えになりました」
執事が食堂の扉を開けた。アルフェリムはゆったりとした足取りで入室し、視線を上げた。
白を基調とした明るい部屋だ。あいにくの雨でも、大きな窓から光が差し込んでいる。食卓には青と白の花が飾られ、いくつかの燭台で、小さな黄色っぽい炎がゆらゆらと揺れている。
自分の席に着いたアルフェリムは、隣に座っている王太子に挨拶をした。
「おはようございます、兄上。ご機嫌はいかがですか?」
水を飲んでいた皇太子――オライアス・フォン・アルカンレーブは、銀縁眼鏡の奥の両眼をわずかに細めた。清らかな水を閉じ込めて宝石にしたような薄い青色の瞳と、一分の隙もなく整えられた月光のような金髪は、初対面の相手に冷たい印象を与える。口調もかなりそっけないため、機嫌を悪くしているのではと誤解されることも多いのだが、淡々と必要なことしか話さず時間を有効に使うのがこの兄のやり方だ。
「私の機嫌などどうでもいいが、お前はそろそろ婚約者の候補ぐらい決めた方が良いのではないか」
「おぉっと、いきなりその話題できましたか」
アルフェリムはおどけて肩をすくめ、グラスの水を喉に流し込んで少し時間を稼いだ。
「王宮には美しい花が多すぎて、とても一本に絞ることはできません。私はもうしばらく身軽でいたいのです」
「花たちのほうでは選ばれたいと思っているのではないか。いずれにしても、お前ももう成人したのだ。一度真剣に考えておくといい」
現在28歳の兄は、2年前に王太子の座を受けると同時に婚約を発表した。王族の結婚としてはかなり遅いが、出来るだけ本人の意志を尊重したいという国王夫妻の意向で、年月をかけて信頼関係を育んだ中堅貴族の令嬢と婚約。現在、結婚に向けて準備が進められている。
軽く雑談をしているところへ、国王夫妻が到着し、兄弟は席を立ってふたりを迎えた。
朝餐会の雰囲気はなごやかだ。少なくともアルフェリムにはそう思われた。
国王夫妻である父と母は、それなりに政略が絡みながらも互いに思い合って結婚した。今でも夫婦仲は良好であり、父は毎年母の誕生日に緑の宝石をあしらった宝飾品を贈っている。母の瞳が緑色であるためだ。
感じるところがあるとすれば、オライアスの方かもしれない。彼は、アルフェリムの異母兄である。国王である父と、先代王妃との間に生まれた子どもで、現王妃、つまりアルフェリムの母の実子ではない。母が兄を差別して育てたとは思わないが、さて、本人たちの心まではアルフェリムも知りようがない。
それなりに雑談を交わしながら食事を進め、食後の紅茶が出されたところで、アルフェリムは切り出した。
「そういえば、ご存じでしょうか。なにやら新しい神託が下った様子。いまだ神殿からの報告はないと聞きますが、父上も気をもんでいらっしゃるのではありませんか?」
国王ヘルディオル・フォン・アルカンレーブは、カップをソーサーに戻した。カツンと硬質な音が響く。
「うむ。滅びの神託とは穏やかでないが、予のもとにも正式な報せはない。誇張されて伝わったものだろう」
ヘルディオルは49歳。即位したのは40歳を過ぎてからであるが、皇太子として長年国政に携わってきた。不確かな情報で不必要な動揺を示す人物ではなかった。
外見は、淡い色の金髪を短く切りそろえ、引き締まった体格の武人のような雰囲気を持つ。若かりし頃は標準を超える丸みを帯びた体型だったが、王妃の心を掴むために剣の修練に明け暮れた――という噂があるが、息子たちは真偽を知らない。
同じくカップを置いたオライアスが「しかしながら」と声を上げた。
「不吉な内容であることは間違いないように思われます。大凶作や、病の流行に関する内容かもしれません。早めに報告を受けた方が良いのでは?」
頷いた国王は、侍従長を呼び、直近の予定を確認した。
「予は難しそうだ。オライアス、アルフェリム。明日にでもふたりで公国へ行き、教皇と面談してくれ。先ぶれは出しておく」
「かしこまりました」
オライアスが答え、アルフェリムは同意を示して頷いた。
「なんだか、雲行きが怪しいですわね」
焼菓子にナイフを差し込みながら王妃が呟いたが、それが神託に関してなのか、単純に冬の不安定な天気のことを言ったのか、男たちには分からなかった。
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